- 著者
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根本 達
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学
- 巻号頁・発行日
- vol.81, no.2, pp.199-216, 2016
<p> 本論は1956年の集団改宗と指導者アンベードカルの死去から60年が経過したポスト・アンベードカルの時代を生きるインドのナーグプル市の活動家、「半仏教徒・半ヒンドゥー教徒」、「改宗キリスト教徒」、仏教僧佐々井を研究対象とする。ここではポスト・アンベードカルの時代の反差別運動を 1 アンベードカルの思想や実践を引き継いでいる、2 アンベードカルの運動からズレながら展開し ている、3 まだ明確な名前で表現されていない、という三つの特徴を持つものと定義する。</p> <p> 現在の仏教徒による反差別運動の一つはアンベードカルの教えに従って仏教を「自由、平等、博愛」の宗教と定義付け、この仏教をインドに復興することで公正な社会の実現を目指すものである。これを通じて活動家は「平等と科学の仏教徒」としての自己尊厳を獲得し「アンベードカライト」になる。一方「半仏教徒・半ヒンドゥー教徒」は神の力を受け取る儀礼を戦術的に創出し、この力を病気や貧困に苦しむ近隣の人々に平等に分け与える。これはアンベードカルの教えでは「迷信」とされるが、活動家も神の力を認める既存の論理を完全に破棄できているわけではない。</p> <p> 複数の仏教徒組織が超自然的な力を求めてキリスト教に改宗する人々を仏教へ再改宗させる取り組みを行っている。これらの活動家は病気や貧困に苦しむキリスト教徒の声に耳を傾けず「改宗キリスト教徒」という被差別者の中の被差別者を創出している。このような中、佐々井は反差別運動を率いると同時に他宗教の信者を含む困難を抱える他者の声を聴き、この運動の論理が否定する祝福を授ける。佐々井の矛盾する実践により祝福を否定する活動家と肯定する仏教徒が同じ場所に集まり、同一の目標のもとで抗議デモに取り組むことになる。この実践を佐々井は「差別即平等、平等即差別」と表現する。これはまだ明確な名前を持たないポスト・アンベードカルの反差別運動に一つの名前を与えている。</p>