著者
安水 洸彦
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会学術総会抄録集 (ISSN:18801749)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.42, 2008

今日の産科医療の危機的状況すなわち産科医師の減少と、それに伴う産科医療施設の相次ぐ閉鎖は、「産科の崩壊」として社会問題にまでなって来た。この経過で重要なことは、産科崩壊が地方自治体病院から始まったという事実である。二次救急施設として地域医療を支えている自治体病院での産科診療の廃絶は、地域住民に与える影響が大きく、医療に対する不安と行政に対する不信を生じる。埼玉県草加・八潮地区の中核病院である草加市立病院も、医師の退職と大学からの医師派遣中止により、平成17年4月に産科診療と婦人科手術を停止した。産科再建の依頼を受けて、私が着任したのは平成19年4月であったが、草加市と病院当局の努力により順調に医師が確保でき、平成19年10月には産科診療を再開できた。現在は月50-60例の分娩を管理している。この経験をもとに本ワークショップでは、自治体病院の産科維持に最優先事項となる医師の確保につき私見を述べたい。<BR>産科医の雇用:従来、自治体病院の医師派遣は大学の講座(医局)に依存していた。しかし現在では、「大学は地域医療に対し何らの責任を有しない」というのが一般的見解となり、大学が優先的に教室員を派遣するセンター病院以外の病院では、医師の雇用は個人的人脈、人材派遣会社、雑誌やインターネットでの募集広告などに頼らざるを得ない。これらの方法による募集は医局依頼に比べてかなりの手間はかかるが、病院自体の判断で有能で持続性のある医師を雇用できるというメリットはある。ただし、勤務条件の明示は必須なので、自治体・病院当局との綿密な事前検討が肝要となる。<BR>産科医の維持:稀少職扱いでの産科医の給与増額が話題となっているが、高額な給与設定は、自治体病院ではまず不可能である。むしろ、勤務手当の適正化と労働環境の改善に配慮すべきである。前者の具体例としては、当直手当の増額、分娩手当、オンコール手当の支給、時間外勤務の上限撤廃などが、また後者としては就業、採用における年齢制限の撤廃、個人的事情を考慮した柔軟な勤務体制の設定、当直明け勤務の減免、学会出張や年休の確保、託児所の設営などが挙げられる。<BR>今後の展望:都立病院での産科医待遇改善、周産期医療費の増額、無過失医療保障制度の導入・異状死届出義務の改定への動きなど、行政面から産科医減少防止のための具体策が提示されているが、産科専攻志望者は増加していない。また産科医養成対策として医学部入学時の稀少科枠や奨学金制度の設置などが検討されているが、これらが実現したとしても、効力を発揮するのは早くて10数年後である。したがって、この10-20年間は乏しい人的資源の有効活用を図るしかない。その妙案として提示されている病院の集約化は、大学間協力の難しさと長距離通勤などの勤務者の負担増のため、未だ成功例は少ない(産科閉鎖による結果的集約は多数あるが、この場合は他病院医師に過剰負荷を与える)。そこで現時点では、医会と学会が協力し、産科診療に従事している医師の負担軽減案を案出するべきである。例として以下の方法が考えられる。<BR>(1)医会のリーダーシップのもとに、地域の二次医療病院のオープンあるいはセミオープン化を推進し、診療所経営医師の病院診療(当直も含め)への参加を奨励する。<BR>(2)学会(地方部会)のリーダーシップのもとに、産科診療を行っていない病院の勤務医に地域の産科診療機関での日当直を奨励し、紹介を行う。

言及状況

外部データベース (DOI)

Twitter (1 users, 1 posts, 0 favorites)

こんな論文どうですか? 本邦における産科救急の現状と対策:産科医確保について考える(安水 洸彦),2008 https://t.co/IetEMS8HoT 今日の産科医療の危機的状況すなわち産科医師の減少と、それに伴う産科医療施設の相次ぐ閉鎖は、「…

収集済み URL リスト