- 著者
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伊藤 葉子
鶴田 敦子
片岡 洋子
高野 俊
宮下 理恵子
- 出版者
- 日本家庭科教育学会
- 雑誌
- 日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.52, pp.9, 2009
<B>目的</B><BR>家庭科の女子のみ履修に抗して、家庭科の男女共学の実践に取り組んだ「源流」は京都府(1963年1校開始、1974年全面共修実施)の教師達であった。本研究では、ほぼ同時代(1970年代)に長野県の高校において、同じく自主編成の教育課程として男女共学家庭科の実現を導いた元家庭科教師たち5人のライフヒストリー研究に取り組む。元家庭科教師たちのライフヒストリーから、それぞれの人となりとその活動を明らかにしながら、なぜ各自が男女共学家庭科の実現に取り組んだのか、どのように男女共学実現を果たしていったのかを考察していく。また、その授業づくりにはどのような特徴がみられるのかを検討する。<BR><B>方法</B><BR>1960-70年代に長野県において男女共学家庭科の実現に関与した元家庭科教師5名に対して、一人約2時間のインタビュー調査を実施し、スクリプトを作成し、分析・考察を行った。この方法を用いることで、教師の価値観や動機および周囲の状況に対する理解が、その教師の実践にどのような影響を及ぼしたかを探求することが可能になる。加えて、同種の集団(ここでは、男女共学に取り組んだ教師たち)に属する複数のライフヒストリーは、互いに補い合うことができることから、個人史を超えて、社会状況の中での考察を可能にするものである。<BR><B>分析・考察</B><BR> <B>1</B> 当時の家庭科教育への疑問<BR>(1) 元家庭科教師たちは、その成長過程における家庭・社会環境の複合的な影響により、精神的な自立・自律心や、批判的に思考できる力を育くんでいった。これには、戦前からの伝統的性別役割観に基づいた女性の進路・進学の閉塞性への反発や、戦中・戦後の激動を中国で過ごした際の、差別と被差別の双方をみた経験に基づく、平等への志向が根底にあった。<BR>(2) この批判的思考力が、女子だけの家庭科履修や生徒たちの生活現実から遊離した当時の家庭科の教育内容への疑問につながっていった。<BR><B>2</B> 教師たちの学び合いと授業づくり<BR>(1) 元教師たちは、自主的な学習会や地域および全県的な研究会で出会い、個々に有してきた上記の疑問を、互いの学び合いの中で、単なる疑問から授業の創造の段階へと移行させ、自主編成の指導資料を作成するまでに至った。<BR>(2) 元教師たちの授業づくりには、大きく二つの特徴がみられた。一つは、女性への道徳教育の色合いが濃い、理論を有しない非科学的な家庭科の教育内容からの脱皮と、生徒の生活現実から出発し生活に帰結する家庭科の授業の創造である。<BR>(3) 個々の元教師たちの実践を支えたのは、家庭科を学びたいという男子学生の存在と、実際に男女共学を授業のなかで進める中で感じた手応えであった。<BR><B>3</B> 元教師達の根底にある教育観等<BR>(1) 男女共学家庭科の実現は、教師は教科書に書かれている知識・技術の伝達者であるという考え方から、教師が授業の創り手であるという考え方の転換だと捉えられる。<BR>(2) 家庭科の男女共学実現のための元教師たちの活動は、戦後の民主的な家庭を目指した男女平等実現への運動という側面と、家庭科が科学的理論体系を備えた教科となるための教科論の探求という側面を持っていると考えられる。<BR>