著者
藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.117, 2007

【はじめに】立位を安定的に取り得る哺乳類が知られるが、殆どは極く短時間を除き自発的な歩行はしない。ヒトの祖先が如何に二足歩行を開始したのか、どの様なlocomotor habitat 或いはpositional behavior がその前適応として必要だったのかを考察する場では、この様な「立つ」と「歩く」の違いは何か、そしてこの違いをもたらす形態・機能的要因は何かを解明する事は有意義と考えられるが、この視点での研究は進んでいない。今回、シロテテナガザル及びレッサーパンダの動作をビデオ撮影し、骨格形状と併せ、ヒトの二足歩行能獲得に関するブラキエーション仮説を再検討したので報告する。<br>【材料と方法】高知県下の或る動物園にて2種をハイビジョン撮影し、レッサーの立位及び懸垂動作についてはTV放映された映像を参考にした。また2種の全身骨格像を参考にした。<br>【結果】テナガザルは活発なブラキエーション(腕渡り)の合間、時々地面に降り立って二足歩行を行う。ロープ渡りでは、姿勢を立てて前肢を交互に進めて上のロープをたぐり、後肢で二足歩行をして下のロープを渡る。一方レッサーは滑らかな動作で木登りを頻繁に行い、自発的に立位を取るが歩かない。懸垂(静的ぶら下がり)も行い、前肢の伸展度は高いが腕渡りは観察されない。<br>【考察】2つの動物の樹上並びに平坦地での動作性状の比較から、腕渡りvs.懸垂姿勢、二足歩行vs. 静止立位なる対位的、動静の組み合わせで1つの理解が可能である。この対比概念と骨格像の比較から、ヒト型 bipedalism がそもそも「前肢の歩行」であるまさに腕渡りに同期しての「下半身」の運動様式に由来することが強く示唆され、腕渡りに伴う胸郭並びに骨盤の、他に類例のない、体長軸周囲に関する左右交互の回転運動、並びに胸郭と骨盤の横幅の拡大こそがヒト型「歩く」の前適応条件であると考えた。

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