- 著者
-
藤野 健
- 出版者
- 日本霊長類学会
- 雑誌
- 霊長類研究 Supplement 第25回日本霊長類学会大会
- 巻号頁・発行日
- pp.78, 2009 (Released:2010-06-17)
<はじめに>新世界ザルのクモザルは樹上での枝渡りの際に前肢のみならず尾や後肢も動員してのアクロバティックな移動運動性(ロコモーション)を示す。一方オランの子供や雌個体でも律動性の欠如した,崩れたようなブラキエーションやぶら下がり動作が観察され,2者の運動性は一見類似する。 そこで動物園での観察並びにweb上で得られた動画を元にこれら動物の運動性の差について体幹の角運動性の違いを元に解析した。<結果>クモザルではテナガザルに見られる様な胸郭を左右に往復回転させるブラキエーションを時に示すものの,胸郭を無回転で前方に向けたまま,前肢を交互に進めて腕渡りをする運動が寧ろ頻繁に観察される。 この際,枝などの適当な媒体があれば尾を使用して媒体確保を行う。体幹の角運動性からは体幹を貫く背腹軸,左右軸,長軸の3軸回りの回転性がおおかた等しく行われる動物と理解可能である。これに対しオランでは,クモザル様の多軸性の回転性は有するものの,前肢での腕渡り時にはテナガザルに観察されるような体幹長軸回りの反復回転性が明確に観察される。<考察>祖先型霊長類が体幹を直立させて体幹長軸回りの回転運動性を新たに獲得した時,即ちブラキエーションと二足歩行を同時に開始した時が,我々ヒトの直立二足歩行に至る系列の誕生した瞬間である(藤野,ヒト二足歩行の起源仮説)。 この仮説に立つと,クモザルはおそらくは霊長類の原始的祖先が獲得していた多軸性の運動性を,尻尾の利用を伴い高度に独自の方向へと進化させた霊長類であり,一方オランは一度体幹長軸回りの運動性を得た祖先が,再び樹上性を強めて体幹運動性の多軸化を二次的に遂げた霊長類であると考えられる。 クモザルの地上二足歩行は腰の回転を殆ど伴わず短く単発的であるが,これはこの動物のロコモーションが体幹長軸周りの回転性を優勢のものとしていないことで説明が可能である。