著者
大石 太郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.32, 2006

複数の言語集団が存在する地域では、多くの場合人口規模に対応する形で優勢な言語と劣勢な言語が存在するという状況が形成されやすい。そして、劣勢な言語を母語とする集団の構成員が優勢な言語を習得し、二言語話者になることが多くみられてきた。 カナダは、複数の言語集団が居住する地域の一例であり、具体的には、多数を占める英語を母語とする住民(英語系住民)に対して、フランス語を母語とする住民(フランス語系住民)が少数言語集団として存在してきた。その当然の帰結というべきか、カナダでは言語社会研究が非常にさかんであり、地理学はそこに一定の地位を占めている。そして、言語の社会的側面に関心を寄せる地理学的研究を意味する地言語学(geolinguistics)という名称も、人口言語学(demolinguistics)と並んで一般的になりつつある。 ところで、英語系住民が多数を占めるカナダにおいて、あるいは南の巨人アメリカ合衆国とあわせれば英語が圧倒的に優勢な北アメリカにおいて、フランス語系住民が8割以上を占め、1970年代よりフランス語のみを州の公用語とするケベック州はかなり特殊な存在である。そこで、ケベック州に居住する英語系住民は国家スケール、あるいは大陸スケールでは圧倒的多数派ながら、州スケールでは少数派という複雑な立場におかれている。それでも、「静かな革命」とよばれる1960年代の政治的・経済的・社会的変化と、それに続くカナダからの独立派政党の台頭までは、数の上では少数ながらも、英語系住民の地位が脅かされることはなかった。というのも、カトリック教会の強い影響力の下で、フランス語系エリートが政治を支配し、当時のカナダにおける経済の中心地モントリオール(モンレアル)に住む英語系エリートが経済を掌握するというすみわけがなされていたからである。モントリオールの英語系エリートがいかにフランス語を無視できたかということは、1958年にモントリオールのダウンタウンに建設された鉄道会社系の高級ホテルが多くの反対を押し切って「クイーンエリザベスホテル」と名づけられたことからもうかがわれる(Levine 1990)。しかし、カナダからの独立を目指すケベック党が勢力を強め、ついに政権を奪取してフランス語の一言語政策が強硬に進められるようになった1970年代後半以降、大企業の本社のトロントなどへの移転が相次ぎ、それに伴って英語系住民のケベック州からの流出が顕著にみられた。そのため、2001年センサスによればケベック州において英語を母語とする人口はわずか7.9%にすぎない(単一回答のみ)。そして、現在ケベック州に居住する英語系住民は、とくに若年層を中心にフランス語を習得して二言語話者となる場合がふつうになりつつある(大石 2003)。ケベック州の英語系住民に関する研究は、さまざまな分野においてかなりの蓄積がある。しかし、英語系住民がケベック州の言語環境にどのように適応してきたのかは十分に解明されているといえない。そこで本報告では、報告者が実施した聞き取り調査に基づいて、モントリオールにおける人口言語学的状況と英語系住民の生態を明らかにすることを試みる。

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こんな論文どうですか? カナダ,モントリオールにおける人口言語学的状況と英語系住民(大石 太郎),2006 https://t.co/7MMwFD1M6N 複数の言語集団が存在する地域では、多くの場合人口規模に対応する形で優勢な言語と劣勢な言語が存…
こんな論文どうですか? カナダ,モントリオールにおける人口言語学的状況と英語系住民(大石 太郎),2006 https://t.co/7MMwFD1M6N

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