著者
関戸 明子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.252, 2009

明治43(1910)年、群馬県が主催し、関東1府6県、甲信越3県、秋田を除く東北5県が参加した1府14県連合共進会が前橋市を会場に開催された。この連合共進会は、関東地方で開催されたものとしては過去最大規模であった。<br> この共進会に合わせて、群馬県教育品展覧会が開催された。この展覧会は、群馬県教育会の前身である上野教育会が主催したもので、会場は高崎中央尋常高等小学校、開催期間は57日間、入場者は11万人を超えた。展覧会には、教具・器具・資料など25,689点が出品された。<br> 教育品展覧会の出品物は「十の八九は教育者の熱心なる考案製作蒐集施設研究調査の結果にして、従来往々諸処の展覧会が生徒の成績品を以て場の大部分を填めたる如きと頗る其の趣を異にせり。……本県全町村の郷土誌は学校職員と役場員との共同の編纂に成れるものにして、多大の労力と時間とを要せしものなり」(下平末蔵「明治四十三年が与へたる活教訓」上野教育278、1910、pp.1-5)と位置づけられている。<br> 郷土誌は、修身・国語・算術・歴史・地理・理科といった初等教育に設けられた19のカテゴリーの一つとして展示された。『群馬県教育品展覧会目録』には、市町村単位の郷土誌119点が記載されている。10月21日と23日の『上毛新聞』に掲載された記事「展覧会場一巡」によれば、156点の郷土誌が出品されていたことが確認できる。こうした点数の違いは、郷土誌の完成が遅れて追加出品されたことなどで生じたと思われる。<br> これらの郷土誌は、明治42(1909)年9月の県知事の訓令によって編纂されたもので、当時208あった市町村のうち、半数以上で所在が確認されている。この訓令には、市町村長・小学校長は別紙目次により明治43(1910)年6月30日までに郷土誌を調製して市町村役場と市町村立小学校に備え付けることとあるだけで、目的などは明記されていない。郷土誌の目次としては、自然界が地界・水界・気界・動物・植物・鉱物の6章と14節、人文界が戸口・教化・郷土ノ沿革・官公署・風俗習慣・村是規約条例等・経済の7章と29節39目を掲げている。<br> この目次のうち、人文界の第7章「経済」・第8節「郷土ノ公経済」には、地租・耕地・小作料・生産額・消費額・基本財産などに関して15目のデータの収録を求めており、編纂当初より単なる教授資料の調製だけを目的に、この事業が企図されたとは考えにくい。郷土誌は、県レベルや郡レベルでも作られてきた。そのなかで、この編纂事業が町村を範域としたことは、地方改良運動の展開期に行われたことと結びついていると考えられる。このことは、郷土誌を県に提出するのではなく、小学校と役場に備え付けるように命じた点からも推察される。<br> 日露戦争後、地方の疲弊が顕在化するなか、明治41(1908)年10月に戊申詔書が発せられた。これは、国運の発展のために、上下一致して勤勉倹約することなどを説き、地方改良運動を支える精神的な柱となった。これを受けて群馬県では、翌年3月に戊申会が結成され、詔書の奉読が各地で行われた。戊申会成立の準備段階で作られた「群馬県斯民会準條」には、精神教育の奨励、道徳と経済の調和、教育産業の発達、地方自治の向上を目的とすると記されている(『雑事綴(戊申会庶務係)』群馬県立文書館所蔵)。明治42年9月に始まる郷土誌編纂事業もこうした流れを受けたものであろう。<br> その後、明治45(1912)年6月に、郷土誌を初等教育と自治民育とに活用するため県知事の訓令が出された。この訓令は、群馬県報で27頁にも及ぶ詳細なもので、郷土誌の利用方法として7点を掲げている。そのなかには、市町村自治行政上の方針を立てるには資料を郷土誌に採ること、市町村民の指導教化の材料として郷土誌を十分に利用することなどとあり、教育だけでなく地方自治にも活用することを求めている。さらに、「郷土ノ公経済」の項目には、町村の富の程度を他町村と比較し、生産・消費の額を明らかにし、輸出入の過不足を調査し、町村民の自覚と発奮を促し、富の増加を計るべしとある。<br> 郷土誌の編纂とその展覧は、その出来不出来を一覧する機会となった。そこで、町村相互の競争を求めつつ、郷土に役立つ人材の育成を期待したものと考えられる。この時期、国家を支える基盤となる地方行財政の強化を急務としていたため、郷土は町村という具体的な範域をとったといえる。

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こんな論文どうですか? 明治43年の群馬県教育品展覧会と郷土誌編纂事業(関戸 明子),2009 https://t.co/UO7AWXPsG2 明治43(1910)年、群馬県が主催し、関東1府6県、甲信越3県、秋田を除く東北5県が参加した1府14県…
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