- 著者
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中村 努
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2009, pp.72, 2009
<b>I.はじめに</b><br> 日本の医薬品業界は2009年6月に改正薬事法が施行されたことでコンビニやスーパーで大半の一般用医薬品が販売可能となるなど、制度環境が激変しており、流通システムの再編が予想されている。そうした動きに流通の中間段階に位置する医薬品卸売業も対応を迫られている。1990年代以降、医薬品卸は大規模化し現在では大手4社で8割のシェアを占めるに至っている。この寡占状態は10年前の米国と同様の状況であり、両国の国民性や制度環境は異なるにもかかわらず、卸売業の再編成の方向性について共通点が多い。したがって、今後日本の卸売業の役割はいかに変化するのかを占ううえで海外の動向は示唆に富んでいる。<br> 本発表は、米国の卸売業のビジネスモデルや空間的展開を概観することで、日本の医薬品卸売業が業界において果たしている役割を相対化することを目的とする。<br><br><b>II.米国における医薬品卸売業の再編</b><br> 米国では日本と異なって、民間による医療保険制度が充実しており、薬価も一部公的に償還されるものを除いて市場で決定される。医薬品の価格交渉は製薬メーカーと保険会社から委託された医薬品給付会社(PBM=Pharmacy Benefit Management)との間でなされることが多い。しかし、PBMは配送機能をもたないため、医薬品卸が医薬品の配送を請け負っている。医薬品卸を経由する処方薬の割合は30年前に5割程度であったが、現在は8割にまで高まっており、流通システムにおける卸の存在感はむしろ高まっている。それにもかかわらず、利幅は縮小しており、規模の拡大と、定期配送を原則とした徹底した物流効率化が実現している。さらに、追加サービスを利用した分の料金を徴収する体系が確立しており、情報の付加価値利用を利益に還元する仕組みが整っている。米国の医薬品卸には日本のMSにあたる営業マンは存在せず、その存在価値を物流機能と情報提供機能でアピールせざるを得なかった。卸各社は自社の競争優位を獲得するため、情報化を活用した支援情報システムを調剤薬局に提供しており、1990年代半ばには受発注などの定型業務をはじめ、従業員教育、カード決済、経営戦略情報まで網羅したメニューを揃え、日本よりも早くからリテールサポートを充実させてきた。<br> 米国の医薬品卸は合併再編を繰り返して、物流や情報機能を強化するための投資余力を向上させるとともに価格交渉力を高める努力をしてきた。1980年に約140社あった医薬品卸は、現在では37社に集約され、大手3社(マッケソン、カーディナル・ヘルス、アメリソース・バーゲン)で95%のシェアを握る寡占市場が形成されている。<br> 米国の配送システムは1日1回の定期配送が基本である。その背景にはHMO(Health Maintenance Organization)やPBMが医師や薬局を指定することで、薬局の需要予測が容易になるという取引上の要因と、夜間に高速道路を利用して広範囲の配送圏をカバーできるという技術的側面が影響している。物流センターは1社平均5ヵ所であり、西低東高の分布傾向を示すが、その規模は年々拡大している。大手3社についてみると、本社の位置はそれぞれ異なるものの、物流センターの分布密度は各社とも2州に1カ所程度である(図)。30の物流センターが全米をテリトリーにすると、1センターが日本の面積とほぼ同程度の広範囲をカバーすることから、米国では日本の小規模分散型物流システムとは対照的な大規模集約型システムが浸透している。<br><br><b>III.日米における医薬品卸のビジネスモデルと空間的展開</b><br> 米国の医薬品卸は近年、単価が決まった在庫、営業、配送、棚割りといった各サービスに対して利用分を請求する出来高払い(Fee-For-Service)方式を採用している。これによって、薬局や病院の在庫管理、トレーサビリティの導入による医薬品の品質管理、薬局のフランチャイズ事業など付加価値を収益に結びつけつつある。翻って、日本では小規模かつ多数の顧客への営業機能を維持しながら、多頻度小口配送を実現してきた。また製薬事業や薬局事業への進出もみられる。しかし、米国のように付加価値を収益の柱とするビジネスモデルが確立しておらず、米国ほど物流拠点の集約化は進んでいない。日本の医薬品卸は取引先との力関係上、営業機能を残しつつ、物流拠点の集約化と分散化のバランスをとらざるを得ないのが現状である。