著者
日野 正輝 丹羽 孝仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.47, 2010

1.研究の背景と目的<br> 東南アジアの都市化の様相は1980年代後半に大きく変化した(田坂,1998).小長谷(1997)は,その変化を過剰都市化から「FDI型新中間層都市」への移行と概念化した.McGee & Robinson(1995)は急速に膨張した首都圏域を指してMega Urban Regionと呼んだ.また,労働力移動に関しても,新規学卒者などのフォーマルセクターへの就業を内容とする人口流入が人口移動モデルのなかで大きく描かれてきた(松薗,1998).この傾向は,急増した外資系企業を含めた大都市のフォーマルセクターが求める人材は中等教育以上の学歴を持った若年層であって,農村部の既就業者でないことを示唆するものであった.<br>本研究は,タイの都市化の構造変化に関する上記した状況認識から,タイ北部の中心都市チェンマイ周辺に立地する中高等教育機関を対象に新規学卒者の進路先調査を実施したものである.<br><br>2.調査地域および調査対象の概要<br>調査地域:チェンマイはタイ北部の中心都市である.2000年現在のチェンマイ郡の人口は238千人(2009年)である.同地域では卓越した規模を誇る.チェンマイの主要な都市機能は行政・教育,商業,観光業である.製造業の集積は小さい(遠藤,1991).調査方法:チェンマイ周辺に立地する中高等教育機関として,中学・高校一体の中等教育機関3校,職業専門学校3校,大学5校を選び,訪問調査により入学者および新規卒業者の就職先等について聞取り調査を実施した.<br> 調査対象:中高校3校,職業教育学校3校(国立2校,私立1校),大学5校(国立4校,私立1校)<br><br>3.調査結果<br>_丸1_高校卒業生の大半が大学および職業専門学校への進学者であった.進学先は地元大学を強く指向している. <br>_丸2_タイでは,普通教育とともに職業教育ははやくから実施され,現在も中卒段階で5年制の職業専門学校に進学する生徒が多い.専門学校への入学者は一部に全国から生徒を集める私立学校があるが,国立の専門学校の場合は自県内からの進学者がほとんどである.専門学校の後期課程修了者の半数が主に地元の大学に編入学している._丸3_大学入試は基本的にはクォーター入試と一般入試からなる.前者は受験生を北部地域に限定して行われる.全入学者に占めるクォーター入試合格者の比率は大学によって異なる.卒業後の就業先地も,チェンマイ地域に就業する者が卓越する.ただし,大学評価の相対的に高いチェンマイ大学やメーチョ大学ではバンコク都市圏に就職する卒業生は相対的に多く,その点では部分的ではあるが卒業生をバンコク都市圏に送り出す働きをしていると言ってよい.外資系企業が立地する東部臨海地域にあるチョンブリ,ラヨン県にも就職している.<br><br>4. 調査結果の含意<br> バンコク大都市圏への人口集中に関連して,地方都市から進学目的による流入者が描かれてきたが,北タイの場合には,大学進学者の多くは地元の大学に進学し,バンコク都市圏に転出する比率は低い.大卒者の場合も,地元に留まる者が多かった点は,タイの若年人口の地域間移動を理解する上で留意しておく必要がある.加えて,現在タイは「産業構造の高度化に先行する高学歴社会の到来」の状況にあると言ってよい.そのためタイ社会にとっては今後高学歴者の雇用創出が課題になると同時に,低賃金労働部門での外国人労働力への依存が高まることが予想される.他方,日系企業を含めた外資企業においては,安価な若年労働力を大量に確保することは大都市圏のみならず地方においても困難になると予想される.<br><br>参考文献<br>遠藤 元(1991):北タイ,チェンマイ市の人口成長とその要因.経済地理学年報,37,201-224頁.<br>小長谷一之(1997):アジア都市経済と都市構造.季刊経済研究,20,61-89頁.<br>田坂敏雄編(1998):『アジアの大都市 1:バンコク』日本評論社,335頁.<br>松薗祐子(1998):就業構造と住民生活.田坂敏雄編『アジアの大都市 1:バンコク』日本評論社,191-209頁.<br>McGee, T. G. & Robinson, I. M. eds. (1995): The Mega Urban Regions of Southeast Asia, UBC Press.

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