著者
金 木斗 哲
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.18, 2004

セマンゴム干拓事業をめぐる賛否両論は、従来の'開発か環境か'という対立の地域的な展開を越えて、直接的な利害関係をもたない人々をも巻き込んで全国的な展開を見せている。これを空間スケールでみると、'干拓事業の直接的な利害関係住民=生活基盤をなくすことなので反対だが,補償との関係で消極的;補償対象外の地元住民=地域振興への期待と環境悪化への不安;広域の地元(全羅北道)=地域振興への期待で賛成;全国=環境面への配慮からおおむね反対'という構図といえよう。実際に、広域の地元(全羅北道)のマスコミの論調は事業の早期完工を促すものばかりで,テレビの討論番組で反対を表明した地元大学の教員(とその所属大学)は地元住民の抗議電話で職務が中止されるほどであった。また、知事選挙を含む地方選挙では常に「複合産業団地」への用途変更を視野に入れた公約が表明されており,推進派、反対派を問わずセマングム干拓事業によって造成される土地が農地として利用されると考えている人はほとんどいない。(無論、このような図式は、理解のために単純化したものである。)このようにセマングム干拓事業をめぐる論争が全国的に拡大した背景には、セマングム干拓事業そのもののが従来の干拓事業とは桁外れに大規模であること以外にも、'地域感情'称される負の遺産を残している韓国の国土開発の展開と1980年代の民主化運動の過程で培養された市民の政治的交渉能力の向上が大きくかかわっている。したがって、セマングム干拓事業をめぐる対立構図を理解するためには、韓国における国土開発や1980年代の民主化運動に関する理解が不可欠となる。ここでは、セマングム干拓事業との関連のもとに韓国の国土開発の特徴と1980年代の民主化運動の経験を紹介し、それらがセマングム干拓事業をめぐる論争(または運動)とどのようにかかわっているかについて報告者の見解を述べたい。1.国土開発政策の展開とセマングム問題1962年に始まった第1次経済開発5ケ年計画(1962_から_1966)を契機に韓国は高度経済成長期に入り、1980年代まで華々しい経済成長と国土全体にわたる地域変動が続いた。第6次経済開発5ケ年計画(1987_から_1991)に至る過去30年間、その国土開発戦略は拠点開発(1960・70年代)、広域開発(1980年代)、地方分散型開発(1990年代)、均衡開発(2000年以降)と、地域間格差を縮小する方向へ変わりつつあると言われているが、1960年代から始まった国土空間の両極集中(ソウルを中心とする首都圏と釜山を中心とする東南臨海地域)は依然として解決に向かわず、国土面積の約25%に過ぎないソウル_から_釜山軸上に総人口の70%以上が住んでいる。このような過程で開発の恩恵から最も遠ざかっていたのが湖南地方と呼ばれる全羅南道と全羅北道であり、この地域における開発からの疎外感は、当地域出身の政治家である金大中氏への迫害への憤慨とも相まって,「抵抗的地域主義」を生み出した。セマングム干拓事業に対する地元(全羅北道)の執着には、このような国土開発からの疎外に対する補償心理も大いに働いており,複合産業団地のような地域経済への波及効果の大きい産業部門への用途変更がその前提となっている。2.1980年代の民主化運動の経験とセマングムセマングム問題の社会的な表様態が諫早のそれとと大きく異なる原因の一つは、1980年代の民主化運動の経験から蓄積された市民運動団体の組織力と高い政治的交渉能力から求められよう。韓国の民主化運動に参加した個人や組織は、リベラルな市場主義から社会主義までの多様な理念的なスペクトラムをもっていたが,「反独裁民主化」という共通の目標(戦術的であれ戦略的であれ)のもとで戦った。1990年代に文民政府(金永三政権)が誕生して以来、反独裁民主化戦線はほぼ消滅し,運動はそれぞれの専門領域ごとに細分化していった。こうした中で本格化したセマングム保存運動では、1980年代の民主化運動の過程で蓄積された連帯、連携、戦線の経験が存分に発揮され、環境運動団体のみならず宗教界、労働界など市民運動団体のほとんどが参加する国民的な運動へ発展しつつあり、「生命」という哲学的な概念で結ばれている。その結果,セマングム干拓事業をめぐる論争は、初期の「科学的なデータ」の解釈をめぐる部分的なものから、哲学的かつ全国的なものへと拡大しつつある。

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