- 著者
-
田上 善夫
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2010, pp.233, 2010
<B>I はじめに</B><br> 全国各地の神社で行われる風の祭祀は二千数百余を数えるが、災害除けが祈願されることが多く、地域の自然、生産などとの深いかかわりがみられる。祭祀は名称や形態等、地域によりさまざまであり、そこでの風の捉え方や意味などを明らかにすることは、こうした記事を含む史料にもとづいて気候を復元する場合などに資するものと考えられる。もとより各地の気候にまつわる行事の分析には多面的な検討を必要とし、さらに災害除の祈願といえ、台風常襲地域や豪雪地域でも、それらは祭祀の対象とされないことも多く、自然現象とその記録との関係について、詳細な検討を必要とする。さきに神社において行われる風の祭祀について特色を明らかにしたが、風の祭祀は神社のみならず、寺院において、集落や個人宅においても行われる。全国の自治体史などから新たに、風の祭祀にまつわる千件余りの行事を収集し、先の風の祭祀のデータベースに加えた。ここではこれらも含めて、風の祭祀にかんして多少の再検討を試みる。<br><br><B>II 風の神の呼称</B><br> 風に対しては一般的な神名のみならず、民間にさまざまな呼称がある。その例に「風の三郎」があり、それに類した名称を用いる地域が新潟、福島、山形などにみられる。また長野や、岐阜、静岡から伊豆諸島にもみられる。風の三郎と呼ぶのは、山麓に多く、会津から流れる阿賀野川と米沢からの荒川の間にそびえる飯豊山の麓や、またその山麓から離れた島嶼、海岸部にも、風の三郎の例がみられる。信濃川の北岸、信越国境にそびえる菱ヶ岳山麓付近、また上越国境にそびえる谷川岳の山麓付近にも、風の三郎がみられる。<br> 風の三郎は、山上や山麓などに祀られることが多く、狩猟あるいは漁労とかかわりが深い。ここでは強風に限らず、さまざまな風が含まれる。海上では順風も必要であり、風は生産に必要なものとしても捉えられる。<br><br><B>III 風の祭礼の特色</B><br> 社寺また集落などで行われるにせよ、風の祭礼には、五穀豊穣祈願や厄払いなどの要素が含まれる。それらは相互にかかわりあい、地域的差異や時代的変容も大きい。その例として風の鎌立(風切鎌)があげられるが、広域に分布する(図)。山間地に多いが平野部にもあり、そこには農耕や田の神とのかかわりがみられる。風塞ぎ、風の神送りなど災害除けとしての風の祭祀も多い一方、鎌はその設置の状態、位置、代替の御幣、強風の中での呼び声など、風が必ずしも厄払いの対象でないことを示すものも多い。<br> 風の祭礼では、田の神、山の神、風の神などに対する豊作祈願、豊猟・漁祈願、鎮風祈願などが主であるが、こうした祭日は春や初夏にもみられる。一方とくに鎌立てにまつわる風の祭礼は八月二十七日や二百十日ころに多く行われる。これらは稲の開花期の後の登熟期にあたり、収穫を前にして催される行事とみることができる。 <br><br><B>IV 風の祭礼の分布と地域的な風のかかわり</B><br> 豊作予祝や豊猟・豊漁祈願として、山地や山麓周辺での春や初夏での風の祭礼は、基本的なものである。こうした地域には、地形による局地的強風が含まれる場合もあり、それらは春の嵐などに伴いもたらされることが多く、風の神のみならず田や山や神への祈願が結びつくものと考えられる。なお古代以来、風祭は龍田の祭として行われるが、この風も台風とは性格の異なるものと考えられる。<br> さらに風の祭礼は八月下旬から九月上旬に行われるものが多く、とくに二百十日の祭とされる。これらは山地に限らず、平野部の農村地域にも広くみられる。盆ともよばれて収穫を前にした農村の行事であるが、八月二十七日は諏訪の祭で鎌はその神器のひとつでもあるため、そこでの習合も考えられる。