著者
佐藤 善輝 小野 映介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>I </b><b>はじめに: </b>伊勢平野は養老山地,鈴鹿山地,布引山地によって区切られた海岸平野である.同平野中部(鈴鹿川~雲出川)では,丘陵・段丘の海側に東西約1 ~2 km幅の浜堤列平野が発達しており,雲出川などの河口部にはデルタタイプの沖積低地が広がる.雲出川下流低地では,3千年前頃に&ldquo;弥生の小海退&rdquo;(太田ほか 1990)に対応して浜堤列が形成された可能性が指摘されているが(川瀬1998),当時の海水準を復元する直接的な指標は報告されていない.本研究では志登茂デルタと,その左岸の浜堤平野を対象として,2~4千年前頃の地形環境を復元するとともに,相対的海水準変動について検討した.<br> <b>II</b><b> 調査・分析方法: </b>計3地域において電動ドロップヒッター,ポータブル・ジオスライサー,ハンドコアラーを用いた掘削調査を行った.コア中の試料20点について,AMS法による<sup>14</sup>C年代測定を地球科学研究所およびパレオ・ラボに依頼して行った.珪藻分析は各試料200殻を目安に計数した.珪藻の生息環境は千葉・澤井(2014)などを参照した.<br> <b>III</b><b> 結果: </b>3地域の層相と堆積環境は以下のとおりである.<br><b></b> <b>(</b><b>1</b><b>)志登茂川デルタ </b>細粒砂~砂礫層とそれを覆う砂泥互層から成る.細粒砂~砂礫層はデルタ前置層堆積物と考えられ,同層上部から3,175-3,275 cal BPの年代値を得た.砂泥互層はデルタ頂置層で,標高0.0~-1.7 mでは平均潮位~平均高潮位の指標となる<i>Pseudopodosira kosugii</i>(澤井 2001)が優占し,同層準からは3,230-3,365 cal BP(標高-1.3 m),2,920-3,060 cal BP(標高-0.2 m)の年代値を得た.<br> <b>(</b><b>2</b><b>)浜堤</b><b>I</b><b>の後背地 </b>有機質泥層とそれを覆う砂層が認められた.有機質泥層は標高1.6 m以深に分布し,基底深度は不明である.この地層中の標高-0.1 m付近は<i>Tryblionella granulata</i>を多産し,潮間帯干潟の堆積物と推定され,5,985-6,130 cal BPの年代値が得られた.<br> <b>(</b><b>3</b><b>)浜堤</b><b>I</b><b>・</b><b>II</b><b>の堤間湿地 </b>海浜堆積物と推定される砂礫層とそれを覆う泥層から成る.砂礫層最上部と泥層下部(標高-0.5 m付近)では<i>P. kosugii</i>が優占的に産出し,同層準から3,245-3,400 cal BPの年代値を得た.標高-0.15 m以浅は有機質な層相を呈し淡水生種が卓越することから,淡水池沼あるいは淡水湿地の堆積物であることが示唆される.<br> <b>IV</b><b> 考察: </b>四日市港の平均高潮位を考慮すると,<i>P. kosugii</i>の優占層準の標高から3,000~3,400 cal BP頃の海水準は標高-1~-2 m程度と見積もられる.さらに,雲出川下流低地の海成層中から得られた年代値とその標高値から(川瀬 1998),3,400~4,000 cal BP頃に1~2 m程度,海水準が低下したと推定される.3,000 cal BP以降,遅くとも1,600 cal BP頃までには標高0 m付近まで海水準が上昇した. 海水準が低下した時期は浜堤IIの形成開始時期と対応する.雲出川下流低地でもほぼ同時期に浜堤が形成され始めており(川瀬 1998),海水準の低下が浜堤の発達を促進した可能性が示唆される. 当該期における海水準低下の要因の一つには&ldquo;弥生の小海退&rdquo;が考えられる.また,対象地域が安濃撓曲と白子-野間断層(ともに北側隆起の逆断層)との中間に位置し,両断層が連続する可能性もあることから(鈴木ほか 2010),断層変位によって海水準低下が生じた可能性もある.白子-野間断層の最新活動時期は5,000~6,500 cal BPとされるが(岡村ほか 2013),陸域への断層の連続性や活動時期については不明な点も多く,さらなる検討が必要である. 本研究は,河角龍典氏(故人・立命館大学)と共同で進められた.<br> <b>文献:</b>岡村行信ほか (2013) 活断層・古地震研究報告13: 187-232. 太田陽子ほか (1990) 第四紀研究29: 31-48. 川瀬久美子 (1998) 地理学評論76A: 211-230. 澤井祐紀 (2001) 藻類49: 185-191. 鈴木康弘ほか (2010) 国土地理院技術資料D・1-No.542. 千葉 崇・澤井祐紀 (2014) 珪藻学会誌30: 17-30.

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