著者
崎田 誠志郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>1.目的</b>&nbsp;<br> ギリシャは操業漁船数においてEU最多を誇る一方で,一隻当たり漁獲量はキプロスやマルタに次いで少なく,国内では小規模漁業を中心とした漁業構造が形成されている.しかし,直近の約20年で国内漁獲量は6割近く減少しており,近年の経済危機も相まって,小規模漁業の漁家経営は困難な状況に立たされている.こうした状況を反映してか,EU諸国の中でもギリシャは特にIUU(Illegal, Unreported, Unregulated)操業の横行が深刻とされている.<br> ミクロかつローカルに営まれる小規模漁業に対する適切な漁業管理のあり方を考えていくためには,まず小規模漁業の実態を実証的に明らかにしたうえで,管理体制や規制内容との整合性を検討しなければならない.しかし,ギリシャの漁業統計は著しく断片的かつ信頼性が低いため,漁業実態は研究者自身による操業の直接観察から導く必要がある.そこで本調査では,ギリシャでも特に小規模漁業の盛んな一地域を事例として,直接観察を中心に小規模漁業の基本的な特徴と傾向の把握を試みた.発表では,漁業実態と規制内容との関係についても予察的に検討する.<br><b>2.対象地域と手法</b> <br> カロニ湾は,エーゲ海北東部に位置するレスヴォス島の南部に形成された面積約112 km<sup>2</sup>の半閉鎖性内湾である.沿岸には8か所に漁港があり,いずれも湾内を主漁場として,網漁業を中心とした小規模漁業が盛んに営まれている.その中から本調査では,島内で登録漁船数が最も多いスカラカロニスを事例漁港に選定した.現地調査は2015年11月3日から11月21日にかけて,計19日間実施した. <br> 漁場利用の調査では,バルブニ<i>Mullus surmuletus</i>と呼ばれるヒメジ科の魚を主な漁獲対象とする冬季の刺網漁(以下,バルブニ漁)に着目した.現地調査では,協力の得られた漁船の操業に計12回同行し,ハンディGPSを用いて操業の航跡および活動内容・時間を記録した.また,12回中10回の操業について,揚網時および漁獲物の選別時に,漁獲物の魚種,尾数,サンプルの体長・重量,漁獲物の用途,販売高を集計した. <br> 漁家経営を把握するにあたっては,質問票調査を実施した.対象は集落としてのスカラカロニスに住居を有する漁家とし,全世帯(56世帯)から回答を得た. <br> <b>3.結果と考察</b> <br> バルブニ漁の操業において,潮流や潮汐といった漁場の物理的環境は基本的に考慮されておらず,操業を空間的に制約するような規制も一部を除き存在しない.日々の操業漁場は,主に1) 前日までの漁獲実績,2) 他の漁業者からの情報,3) 漁場における他の漁船との操業調整にもとづいて決定されており,そのうえで,漁船はカロニ湾内を縦横に利用していた.ただし,日の出とともに活動を開始するバルブニの生態や仲買人の来港時間などが時間的制約として存在しており,この制約によって,操業可能な空間的範囲や網の数・長さの限界などもある程度規定されていた.結果的に,操業で用いられる網の長さは,EUの共通漁業政策(Common Fishery Policy, CFP)で定められた上限よりも2 km前後短いものが主流となっていた. <br> バルブニ漁の総漁獲尾数に占めるバルブニの割合は約33 %で,バルブニの次に販売尾数の多いマリザ<i>Spicara smaris</i>と合わせると全体の6割以上を占めていた.一方,総漁獲尾数に対する放棄尾数の割合は約12 %であったが,放棄の大半はスペインダイ<i>Pagellus bogaraveo</i>で占められており,非販売漁獲物はもっぱら自家消費や知人への分配に回されていた.こうしたことから,バルブニ漁において漁業資源は比較的無駄なく利用されているといえる.他方で,漁業者の間でバルブニ漁の漁獲・操業効率はさほど追求されていない様子もうかがわれた.設備投資に必要な資金の不足に加えて,選別にかかる時間と労力の増加を避けていることが理由として考えられる. <br> カロニ湾で営まれる漁業はむろんバルブニ漁に限らないが,上述したバルブニ漁の小規模性は,漁家経営の零細性とも無関係ではないと考えられる.質問票の集計結果では,漁業収入が3万ユーロを上回る世帯は存在しないばかりか,6割以上の漁家は漁業収入が1万ユーロに満たなかった.<br> 個々の漁船におけるバルブニ漁の操業実態はCFPや国内法の規制を下回っていたことから,漁業規模の拡大や漁獲効率の向上を図る法的余地は存在する.しかし,バルブニ漁の小規模性は地域の生態・社会・経済的要因に規定されている側面が強く,漁家経営の改善には漁業者間の温度差もある.加えて,漁協役員や行政関係者からは,現状において,すでにカロニ湾ではバルブニなどの漁業資源が乱獲状態にあるという懸念がしばしば示された.

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ギリシャ・カロニ湾における小規模漁業の漁場利用と漁家経営 https://t.co/OqXe1Ady3s

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