著者
崎田 誠志郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.4, pp.300-323, 2017 (Released:2022-03-02)
参考文献数
45
被引用文献数
4 1

本研究では,第1種共同漁業であるイセエビ刺網の自主的管理を共同体基盤型管理(CBM)ととらえ,和歌山県串本町の11地区を事例として,同一地域内におけるCBMのミクロな多様性とその形成要因を検討した.イセエビ刺網のCBMを構成する手法は,空間管理,時間管理,漁具漁法管理,参入管理の4類型に分類される.イセエビ刺網の実態や傾向がある程度地理的なまとまりを伴いつつも地区間で異なっていたように,CBMのあり方もまた,地区間・手法間でさまざまな異同がみられた.これらの事例の比較検討から,CBMのミクロな多様性は,地区の自然的・社会的諸条件とその変動に対する漁家集団の応答の積み重ねによって形成されてきたことが明らかとなった.また,CBMが改変・維持される目的にも地区間・手法間で多様性がみられ,漁家集団の性質や意向を反映しながら,CBMの多様化を方向づけていた.
著者
崎田 誠志郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.439-451, 2018 (Released:2018-10-04)
参考文献数
24
被引用文献数
2

ギリシャの水産物流通をめぐっては,漁業経営の小規模性や,長大な海岸線と多くの島嶼から成る国土の地理的特徴により,流通システムの断片化やインフラ整備の遅れが生じている.本稿では,ギリシャにおける水産物流通の現状を把握するため,各地の水産物が集積する首都アテネの水産物市場に着目し,流通水産物の内容や鮮魚店の経営形態,水産物の流通経路などについて報告する.調査の結果,アテネ市内において計42科60種の水産物の取扱いを確認した.産地は国内の広範囲にわたっており,海外からの輸入水産物も多くみられた.水産物は大半がアテネ近郊のケラツィニ港を経由していたが,鮮魚店によっては個別に流通ルートを有していた.市場における取扱水産物の傾向と多様性には,生産現場における漁獲魚種・漁法の多様性だけでなく,産地の広がり,鮮魚店の経営戦略,国内経済の動向,ギリシャ社会の文化・宗教的側面などが反映されていた.
著者
崎田 誠志郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>1.目的</b>&nbsp;<br> ギリシャは操業漁船数においてEU最多を誇る一方で,一隻当たり漁獲量はキプロスやマルタに次いで少なく,国内では小規模漁業を中心とした漁業構造が形成されている.しかし,直近の約20年で国内漁獲量は6割近く減少しており,近年の経済危機も相まって,小規模漁業の漁家経営は困難な状況に立たされている.こうした状況を反映してか,EU諸国の中でもギリシャは特にIUU(Illegal, Unreported, Unregulated)操業の横行が深刻とされている.<br> ミクロかつローカルに営まれる小規模漁業に対する適切な漁業管理のあり方を考えていくためには,まず小規模漁業の実態を実証的に明らかにしたうえで,管理体制や規制内容との整合性を検討しなければならない.しかし,ギリシャの漁業統計は著しく断片的かつ信頼性が低いため,漁業実態は研究者自身による操業の直接観察から導く必要がある.そこで本調査では,ギリシャでも特に小規模漁業の盛んな一地域を事例として,直接観察を中心に小規模漁業の基本的な特徴と傾向の把握を試みた.発表では,漁業実態と規制内容との関係についても予察的に検討する.<br><b>2.対象地域と手法</b> <br> カロニ湾は,エーゲ海北東部に位置するレスヴォス島の南部に形成された面積約112 km<sup>2</sup>の半閉鎖性内湾である.沿岸には8か所に漁港があり,いずれも湾内を主漁場として,網漁業を中心とした小規模漁業が盛んに営まれている.その中から本調査では,島内で登録漁船数が最も多いスカラカロニスを事例漁港に選定した.現地調査は2015年11月3日から11月21日にかけて,計19日間実施した. <br> 漁場利用の調査では,バルブニ<i>Mullus surmuletus</i>と呼ばれるヒメジ科の魚を主な漁獲対象とする冬季の刺網漁(以下,バルブニ漁)に着目した.現地調査では,協力の得られた漁船の操業に計12回同行し,ハンディGPSを用いて操業の航跡および活動内容・時間を記録した.また,12回中10回の操業について,揚網時および漁獲物の選別時に,漁獲物の魚種,尾数,サンプルの体長・重量,漁獲物の用途,販売高を集計した. <br> 漁家経営を把握するにあたっては,質問票調査を実施した.対象は集落としてのスカラカロニスに住居を有する漁家とし,全世帯(56世帯)から回答を得た. <br> <b>3.結果と考察</b> <br> バルブニ漁の操業において,潮流や潮汐といった漁場の物理的環境は基本的に考慮されておらず,操業を空間的に制約するような規制も一部を除き存在しない.日々の操業漁場は,主に1) 前日までの漁獲実績,2) 他の漁業者からの情報,3) 漁場における他の漁船との操業調整にもとづいて決定されており,そのうえで,漁船はカロニ湾内を縦横に利用していた.ただし,日の出とともに活動を開始するバルブニの生態や仲買人の来港時間などが時間的制約として存在しており,この制約によって,操業可能な空間的範囲や網の数・長さの限界などもある程度規定されていた.結果的に,操業で用いられる網の長さは,EUの共通漁業政策(Common Fishery Policy, CFP)で定められた上限よりも2 km前後短いものが主流となっていた. <br> バルブニ漁の総漁獲尾数に占めるバルブニの割合は約33 %で,バルブニの次に販売尾数の多いマリザ<i>Spicara smaris</i>と合わせると全体の6割以上を占めていた.一方,総漁獲尾数に対する放棄尾数の割合は約12 %であったが,放棄の大半はスペインダイ<i>Pagellus bogaraveo</i>で占められており,非販売漁獲物はもっぱら自家消費や知人への分配に回されていた.こうしたことから,バルブニ漁において漁業資源は比較的無駄なく利用されているといえる.他方で,漁業者の間でバルブニ漁の漁獲・操業効率はさほど追求されていない様子もうかがわれた.設備投資に必要な資金の不足に加えて,選別にかかる時間と労力の増加を避けていることが理由として考えられる. <br> カロニ湾で営まれる漁業はむろんバルブニ漁に限らないが,上述したバルブニ漁の小規模性は,漁家経営の零細性とも無関係ではないと考えられる.質問票の集計結果では,漁業収入が3万ユーロを上回る世帯は存在しないばかりか,6割以上の漁家は漁業収入が1万ユーロに満たなかった.<br> 個々の漁船におけるバルブニ漁の操業実態はCFPや国内法の規制を下回っていたことから,漁業規模の拡大や漁獲効率の向上を図る法的余地は存在する.しかし,バルブニ漁の小規模性は地域の生態・社会・経済的要因に規定されている側面が強く,漁家経営の改善には漁業者間の温度差もある.加えて,漁協役員や行政関係者からは,現状において,すでにカロニ湾ではバルブニなどの漁業資源が乱獲状態にあるという懸念がしばしば示された.
著者
崎田 誠志郎
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.283-305, 2015
被引用文献数
5

<p>Fishery cooperatives (FCs) in Japan have long managed coastal fishing grounds based on a fishery rights system, particularly common fishery rights, which are derived from old local community customs. However, merging of the FCs has been promoted nationwide for half a century to improve deteriorating business. Consequently, common fishery rights are now managed by a large-scale FC, whereas micro-scale fishing grounds related to common fishery rights are still managed by the former area FC. Thus, the aim of this study was to reveal the structural aspects of micro-scale fishing ground management by the local area under the large-scale FC.</p><p>The study site was Kushimoto-cho, Wakayama Prefecture, located at the southernmost part of the Kii Peninsula. Fifteen areas in and around Kushimoto-cho, which had former FCs, now fall under the jurisdiction of the large-scale Wakayama-Higashi FC. Three of these areas were analyzed in this study. The three areas have different fishing characteristics, primarily dependent on local environmental conditions within the fishing grounds. These local environmental factors also affect fishing ground management within the areas.</p><p>After merging of the different FCs, micro-scale fishing grounds have been managed by voluntary organizations separate from the area. Each area has various voluntary organization-led structures according to the number of participating fishermen and the economic dependence of each common fishery right-based fishery.</p><p>Meanwhile, the autonomy of the areas alone was insufficient to retain their conventional and independent fishing ground management. The legitimacy of fishing ground management in the areas is reinforced by their association with official institutions. That is to say, the areas demonstrate their initiative to manage the fishing grounds through some obscure official institutions that reflect the area's customs. In contrast, independent fishing ground management has been replaced in some areas by restrictive official institutions through legal force.</p><p>Moreover, the fishing ground management structures in these areas are neither well-established nor declining. Various methods of transition have been used, such as reductions, restructuring, or strengthening, and these are related to the dynamics of various factors, such as shifting fishery status and the intentions of local fishermen.</p><p>The results of this study show the current multilayered fishing ground management structure and explain that the fishing ground management structure in the areas has changed in various ways in parallel with the FC merger and that reciprocal relationships with official institutions have been built. Such recognition will provide important insight for discussing the future of micro-scale fishing ground management considering the domestic trend towards decreasing the size of the fishing industry and expanding the FCs.</p>
著者
崎田 誠志郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

<b>1.目的</b><br><br> ギリシャはEUでも特に小規模沿岸漁業が盛んな国であるが,それゆえに,近年はローカルな小規模漁業の実態とナショナルスケール以上の施策との齟齬が問題となっている.本発表では,ギリシャにおける海洋保護区(Marine Protected Area,以下,MPA)を例に取り,漁業者をはじめとする関連主体がどのように内外の関係性を構築しているかについて,MPAおよび漁場利用の空間性に着目しながら予察的に検証する.<br><br><b>2.対象地域と調査手法</b><br><br> 調査対象地は,ギリシャ西部のイオニア諸島ザキントス県ザキントスとした.ザキントス島の南部にあたるラガナ湾は,アカウミガメ<i>Caretta caretta</i>の産卵地として重要な役割を担うことなどが評価され,1999年に湾内がMPAに指定された.湾内のMPAは複数のゾーンに分かれており(図1),湾東部のゾーンAのみ,5~10月の季節限定で禁漁区となる.その管理は,独立行政法人であるNational Marine Park of Zakynthos(以下,NMPZ)が中心となって実践されている.<br><br> ザキントスの漁業に関する正確な統計は得られていないが,ラガナ湾では主に延縄と刺網が営まれており,湾内の操業漁家数は専・兼業あわせて50世帯前後と見込まれる.漁業者組織としては,1970年代に結成されたFisherman's Unionが唯一のものである.<br><br> 現地調査では,2017年3月~4月にかけてラガナ湾沿岸のリムニ・ケリウおよびアギオス・ソスティスに滞在し,正規漁業者,地域住民,Fisherman's Union代表,NMPZ代表及び所属研究員らに聞取り調査を実施した.<br><br><b>3</b><b>.結果</b><br><br> ラガナ湾におけるMPAの設立・維持においては,一貫してNMPZが主導な役割を果たしてきた.また,近年注目を集める参加型MPAの実践として,2012年にはNMPZ,ザキントス漁業局,港湾警察,およびFisherman's Unionの代表からなるFishing Committeeが発足した.一連の取り組みでは,特にNMPZ職員の専門知識と仲介の努力がMPAの維持に貢献していた.<br> 一方で,伝統的に海域利用の主役であった漁業者は,ラガナ湾の利用と管理をめぐる近年の議論から後退しつつある.2017年現在,Fishing CommitteeではゾーンAの通年禁漁化について議論と交渉が始められており,少なくともFisherman's Unionの代表は全面禁漁化に同意する見込みである.これは合意形成の成功というよりも,ラガナ湾内における漁業規模の縮小が大きな要因として挙げられる.すなわち,全面禁漁化の実現は,必ずしもNMPZや他主体との協調性やMPAに対する漁業者の理解が高まったことを意味するものではない.近年はゾーンAの境界線近くに操業が集中する傾向(edge fishing)が生じており,全面禁漁化によってこの傾向が強化される可能性も否定できない.