著者
三柴 淳一 Vincent Pullockaran 那須 嘉明 増田 美砂
出版者
日本森林学会
雑誌
日本林学会大会発表データベース
巻号頁・発行日
vol.114, pp.35, 2003

1. 背景および目的森林資源を有する開発途上国は現在,開発と保全の両立という問題に直面している。これまで多くの国では政府主導による管理が行われていたが,地域住民の協力が保全の鍵となることが明らかになるにつれ,森林管理における住民参加が急速に普及しつつある。こうした世界の潮流に先駆けて共同森林管理(Joint Forest Management,JFM)に着手したのがインドである。インドの人口は10億を超え,さらに拡大しているにもかかわらず,FAOによると過去10年間の森林面積は0.1%とわずかながら増加に転じている。そこで本研究では,実際にどのような人々がJFMに参加し,どのような活動を行っているのかを具体的な事例に則して明らかにし,その結果をもとに森林保全に果たす参加型森林管理の役割について考察したい。2. 研究の方法調査地としては,819人/km2(2001年)という全国平均の2倍以上の人口密度を抱えながら高い森林率(28.6%)を維持しているケララ州を選び,2002年9月__から__11月に現地調査を行った。まず森林官などキーインフォーマントへの聞き取りや二次資料による概況調査を行ったところ,ケララ州では近年になってJFMを応用した参加型森林管理が実施されるようになり,それらはParticipatory Forest Management(PFM)と総称されていることがわかった。次に比較的早くからPFMが導入されているトリシュール県ランドゥカイ村の事例を取り上げた。ランドゥカイの地理条件は,中規模都市からバスで1時間の距離,背後には保護対象の国有天然林とティーク人工造林を控える都市近郊の側面も有する農村地域である。地域住民で組織され,PFMを運営している森林保護委員会Vana Samrakshana Samithies(VSS)の構成員から無作為に抽出した40世帯を対象に,__丸1__家族構成,__丸2__土地所有,__丸3__農業活動,__丸4__農業・農外収入,__丸5__森林への依存についての聞き取り調査を行った。3. 結果および考察インドの森林をめぐる決定はトップダウン方式でなされ,中央政府の方針にしたがい州政府において具体的な行動計画が策定され実施されている。PFMにおいては画一的なモデルを避け,地域情勢を考慮した様々なヴァリエーションを設けている。ただし,モデルの設定は住民参加によるボトムアップではなく,現状では州政府レベルで開発した雛型を現地に適用する形式を取っている。ランドゥカイ村は,過去の森林解放と不法侵入によって形成されたという経緯を持ち,すべての住民が他地域からの移住者である。VSSには国有林周辺に居住する人々が概ね組織され,VSSの中心メンバーによって策定された5ヵ年計画,マイクロプランに基づき活動している。ただし2001年7月の実施以来行われた活動は,わずかな植林と現在区域の見回りが行われているのみであり,むしろ定期集会や実行委員会会議を通じた啓蒙活動が活動の中心となっている。参加住民への聞き取りによると主な参加の理由は,VSS実行委員による勧誘であり,次に職の機会を期待してであった。活動開始後の全体集会への参加状況については,参加理由に何らかの目的があった人々を除くとあまりよくない。しかし,ランドゥカイは小農村ながら人材豊富でVSS代表者は経済学修士,実行委員も短大卒以上が4割,また一般メンバーにおけるリーダー的存在には元小学校校長がいる。参加住民の生活状況は自らの農地でゴム園やココヤシを主体とするアグロフォレストリーを営んでいるが,家計は農外収入で補っており,出稼ぎや仕送りに依存する世帯も少なくない。国有林内では,管理協定で認められた薪炭材やわずかな非木材林産物の採集だけが行われ,禁止されている放牧は今も続いているが,地域内の家畜数自体が少ない。牛,ヤギとも調査対象世帯平均で0.5頭であった。またVSS活動開始後に林産物採集場所を変更したのは40世帯中1世帯のみであった。当該地域では林地の境界がすでに確定しており,その後の急激な森林減少は認められない。森林の行方を規定する要因はむしろ,森と住民という二者間の直接的関係ではなく,土地利用や就労機会など両者をとりまく地域の経済構造全体にもとめるべきである。PFMが森林保全に果たす役割としては,それまで少しずつ進行していたであろう資源の劣化を,同様に緩やかに回復に向かわせるという点,現在土地依存傾向の見られる地域情勢が今後変化した際,国有林に対するバッファーゾーンになり得る可能性および雇用創出の可能性に認められるが,それを直ちに州やインド全体に見られる森林増加という逆転現象の説明に用いるにはいささか無理がある。また森林管理のあり方を考えるに際しては,林地という限定された側面だけに注目するのではなく,地域の持つ様々な条件全体を考慮した設計を行う必要があると思われる。

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