著者
ケネス・ M・クーノ
出版者
日本中東学会
雑誌
日本中東学会年報 (ISSN:09137858)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.5-20, 2017

イスラーム法(シャリーア)は、法学的な解説や注釈を通じて理解されるが、ファトワー(法的意見書)集とイスラーム法廷文書(記録)は、イスラーム法が日常生活においてどのように適用されていたかを明らかにする。だが法廷文書でさえ、社会生活のありのままの記録とはいえず、そこになにが書かれていないかを問いかけなければいけない。本論文は、ファトワー、法学書、近年の法社会史研究を用いながら、19世紀エジプトのシャリーア法廷に出現した故人の債権をめぐる訴訟が、原告の相続人としての地位を確立するための戦略であったことを明らかにする。相続人は、彼らの相続権が争われるときに、このような間接的な方策をとる。たとえば、家長や村長は、法廷外で財産を分割するときに、女性や年少者の正当な権利を奪い取ることができた。複婚(多妻)と生前の離婚のために、ひとりの男性の複数の妻と前妻と異なる母の子どもたちとの間で、紛争が生じることがあった。これらの訴訟は、それまで証人による証言が証拠とされてきたシャリーア法廷において、1856年と1880年の訴訟法によって、法廷文書や文書証拠があれば有効(勝訴あるいは提訴不受理)とするシャリーア法廷の新しい訴訟手続きの影響でもあった。故人の債権を請求する訴訟は、必然的に婚姻や親子関係を通した原告の相続権を法廷で確認し、文書記録を作成することになるからである。相続権をめぐる訴訟は、1860年代から90年代初頭に頻繁にみられたが、以後消滅する。1897年の訴訟法は、婚姻や離婚をめぐる死後の請求訴訟は、文書証拠がないかぎり受理しないと定めた。この時期に、エジプトでは、ハナフィー派の法理にもとづく、イスラーム法と法廷組織の一元化が進行する。1860-90年代の訴訟は、女性や子どものような不利な境遇にある人びとが、彼らの権利を法システムのもとで確立する可能性と、新たな訴訟法の規定を緩和する法的な戦略を示すものである。

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相続権を請求する:19世紀エジプトのシャリーア法廷における訴訟当事者の戦略 https://t.co/1dk4g89kMB

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