著者
仲田 公輔
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.125, no.7, pp.40-63, 2016

ビザンツ皇帝レオン6世(在位886-912)は、帝国東方のアルメニア人有力者に対して交渉を持ち、彼らを利用して新たな軍管区の設置も行ったとされる。この政策はJenkinsらの従来の研究においては、9-10世紀にかけてのビザンツ帝国の積極的東方進出政策の文脈に位置づけられ、後の大規模な拡大の土台だと解釈されてきた。しかし本稿は、近年のHolmesやShepardが10世紀以降の「再征服」本格化の時期について行った、ビザンツ帝国の東方に対する一貫した戦略の想定を見直す研究に鑑み、その始点とされるレオン6世の政策の意義についても再考を試みる。その際に、従来は十分に議論されてこなかったアルメニア人勢力側の主体性にも着目し、彼らの動向のビザンツの政策への影響についても考察することで、新たに境域での両者の双方向的な関係性の実態の一端を明らかにすることを目指す。<br>そのため本稿では第一に、イスラーム勢力の動向や、アルメニア人有力者間の関係も視野に入れ、レオン6世期のアルメニアの状況・政治構造について整理して考察し、その中でのアルメニアの諸勢力の動向とその背景について議論する。その過程で、アルメニア人勢力側にも主体的にビザンツに働きかけうる状況が存在することも確認できる。第二に編纂物を中心とするギリシア語史料に目を向け、ビザンツ帝国がそのようなアルメニアをどのように位置づけていたのかを再検討する。そして最後にそれらを踏まえた上で、レオン6世期のアルメニア境域政策の個別事例の詳細について再検討し、ビザンツ=アルメニア境域における政治秩序の再編の実態を明らかにする。<br>こうした考察を経ることで、レオン6世の政策からは、ビザンツ帝国側が一貫して主導権を握っていたわけではなく、アルメニアの諸勢力が彼らの側の事情に基づいて帝国側に対して行う様々な働きかけを行い、それに対する反応として帝国側が対策措置を講じていくという、相互交渉の実態が明らかになるのである。

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