- 著者
-
貝沼 良風
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2019, 2019
<はじめに>本研究では,山形花笠まつりを事例に,近代以降に生まれた祭りの存立要因を,祭りの参加者のアイデンティティに着目して検討する.日本においては,近代以降,とりわけ高度経済成長期以降,地域活性化などのために新たに祭りが生み出されていった.そうした祭りの中には,地域を代表する祭りに成長したものもみられる.祭りの参加者に注目すると,このような新たな祭りでは地縁的共同体によらずに参加者を募ることが少なくなく,参加者はそれぞれのきっかけや理由によって祭りに参加している.既往の祭り研究においても,祭りの参加者に着目して検討したものは存在する.そこでは,参加者個人の意識に注目したものもあるが,参加者個人は所属する団体の構成者の一人として捉えられる傾向にある.しかし,現代の祭りの在り方を解明するためには,参加者を特定の所属団体の一人としてだけでなく,参加方法や役割を変えながらも祭りに参加し続ける主体として捉えて分析する必要があるだろう.<研究方法と研究対象の位置づけ>以上を踏まえ本研究では,山形花笠まつりを事例に,祭りの参加者の参加のきっかけや理由と,参加者が形成するアイデンティティを明らかにし,現代の祭りが存立する要因を考察した.分析に用いるデータは,運営組織である山形県花笠協議会と,祭りに踊り手として参加している46人への聞き取り調査から収集した.また,山形花笠まつりに関する書籍や,各団体の資料等も適宜使用した.山形花笠まつりは高度経済成長期に観光誘致のために生み出された,花笠踊りという踊りを中心市街地で踊るパレードが目玉の祭りである.当初は地縁団体やその地域で活動する企業を中心としてパレードが執り行われていた.近年では企業の参加が多い一方で,学校や病院による団体,祭りへの参加のために結成された自主的な団体の参加が増加している.そして花笠踊りは県内外の祭りやイベントで披露されるなど,山形花笠まつりは山形市や山形県といった地域を代表する祭りとなっている.<結果>山形花笠まつりの参加者は,所属組織の一員であることや,知人からの紹介,個人の交流や踊りへの関心といったものを参加のきっかけや祭りに参加し続ける理由としていた.また,子供の頃に踊りを覚えた,あるいは過去に祭りに参加した経験者が,ライフコースの変化に伴い他団体で祭りに参加するケースも目立った.調査対象者の語りからは,団体や祭り,踊り,地域に対するアイデンティティが形成されていることが明らかとなった.まず,多くの参加者が,祭りへの参加は団体のメンバーとの楽しみ,あるいは団体の一員の義務であると語っており,団体に対するアイデンティティを形成している様子が読み取れた.また,沿道の観客との一体感や,踊り・ダンスの経験について語る様子から,祭りや踊りに対するアイデンティティが形成されていることも読み取れた.さらに,参加者は,県外の知人との会話で山形花笠まつりが話題になることなどについて語っており,山形県に対するアイデンティティを形成していることもまた読み取れた.山形花笠まつりを地元の祭りと区別しながら,山形県民としては参加したいと語る様子からは,地元に対するものとともに,山形県に対するアイデンティティも形成されていることが読み取れた.他方で,継続的に参加する参加者は,一参加者という認識から団体のまとめ役や祭りの盛り上げ役という認識へと変化しており,こうした点から,それまで形成されていたアイデンティティが変質する様子が読み取れた.また,様々な団体から祭りに参加することにより,踊りや団体に対するものだけでなく,祭りや地域に対するものといった新たなアイデンティティが形成されていた.様々なアイデンティティは個別で成立しているわけではなく,複数のものが重なり合うものと捉えられる.<考察>山形花笠まつりへの参加を通し,参加者は複層的なアイデンティティをライフコースの変化に沿って形成していた.また,そのようなアイデンティティは,参加者が祭りに参加し続ける動機の一つとなっている.このことから参加者のアイデンティティと祭りへの参加との間には,決して一方向的ではなく,相互に影響しあう関係があると考えられる.参加者のアイデンティティに基づく行動には,団体の一員としての参加の継続や様々な団体への参加,新たな団体の結成などが挙げられる.このような行動によって祭りへの団体の参加が維持されていると考えられる.またそのような参加者の行動は団体を越えた祭りへの参加のネットワークを生みだしている.そのネットワークの中での新たな個人の参加や,経験者の継続した参加が,祭りの存立の要因の一つといえるだろう.そしてそのようなネットワークの軸となるのが,祭りへの参加の志向に繋がる参加者の複層的なアイデンティティであると考えられる.