著者
小林 護
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<p>伝統的建造物群保存地区(以下、伝建地区)とは、1975年の文化財保護法改正によって生まれた町並み保存を目的とした制度である。翌1976年に指定が始まり、2018年4月1日現在43道府県97市町村117地区が指定された。伝建地区制度とそれまでの町並み保存の取り組みとの違いは、建造物の群体である町並みを丸ごと一体として保存するべき文化財して定義した点と国からの指定ではなく市町村からの選定であるという点にある。伝建地区を扱ったこれまでの多くの研究は、対象地域を一つに絞った個別分析であり、さらにいずれの研究においても、伝統的町並みの保存活動が行われるようになった1970年代以後の事象を扱っている。このことは、対象となる地域の歴史や伝建地区が保存の必要が語られるようにになる以前の状況から現在までの経年変化や、周辺の関係性についても考察されていない。そこで発表者は、伝建地区を見る上では、その地区がなぜ残存したのかについて地区がもつ地理的要素から伝建地区を理解する必要があるのではないかと考えた。つまり、伝建地区は単独で存在するのではなく、地域の歴史や都市化の影響を受けながら残存してきたと考える。よって特に市街地内伝建地区と、その周囲地域も含めたフィールド調査と文献調査から、近代化した市街地の中にあって古い町並みを残すこととなった要因を考察することが重要であると考える。本研究は市街地内に立地する伝建地区(以下、市街地内伝建地区)の成立とその残存要因(市街地内において伝統的な街並みが残存するに至った要因)を地域の地理的特性を複合的に分析することで明らかにすることを目的とした。</p><p></p><p>調査・解析の結果。以下のことが明らかになった。市街地内伝建地区の成立と残存の主要件として3つが考えられる。それは文献資料調査による(1)対象地域の経済力、(2)非戦災・非災害、GIS解析によって明らかになった(3)対象地域を含む周辺地域の中心市街地の移動。</p><p></p><p>(1)経済力:市街地内伝建地区の多くは、「小江戸」と呼ばれ栄えた川越市川越地区などの商業物流の中心地として経済的に発展した町であったことがあげられ、他の武家町や寺町もまた特権的な立場の町として経済的に富が集積した地域であったと言える。</p><p></p><p>(2)非災害・非戦災:残存要因としては震災や大火といった偶発的な自然災害を免れたことや戦災による被害を被らなかったことがあげられる。現在残存する市街地内伝建地区とはこういった諸要因が重なった場所であると考えられる。</p><p></p><p>(3)中心地の移動:伝建地区が鉄道の敷設と駅の建設に伴い都市の中心地が移動し、結果として遺存的に残った町が含まれることを指摘できる。この例として、かつては港湾都市として栄えた倉敷市倉敷川畔地区があげられる。明治期以降、交通の主役は街道から鉄道へ短期間に交代した。それに伴い中心市街地がこれまでの街道沿いから鉄道駅前に移動たことにより、旧街道沿いの伝建地区を含む中心市街地は衰退し、鉄道駅周辺の新たな中心市街地が都市の中心となり発達した。結果として古い町並みを残す旧中心市街地が新しい中心市街地に隣接または内包される形で残されたといえる。</p>

言及状況

外部データベース (DOI)

Twitter (1 users, 1 posts, 0 favorites)

https://t.co/8HbCvykuGP 相羽康郎(2016)「伝統的建造物群の街並みから近代の沿道景観への変容」。 https://t.co/v6u9U3Tynm 小林護(2019)「市街地における伝統的建造物群保存地区の立地特徴の分析」。

収集済み URL リスト