せん (@senryusai)

投稿一覧(最新100件)

『京都〜大阪間方言グロットグラム』(1994)では、大阪市内では「行けへん」(行かない)が有力だが、市外では「行かへん」(行かない)も増えるとあったかな。ここにそのグロットグラムが載ってる論文があった。https://t.co/8KDaIvH3jn
https://t.co/ISBiFYI1tX https://t.co/321R58rTee 昭和初期の『岐阜県郷土研究』(1938)でもこれについて調べてるけど、ざっくりした感じ。
https://t.co/ISBiFYI1tX https://t.co/321R58rTee 昭和初期の『岐阜県郷土研究』(1938)でもこれについて調べてるけど、ざっくりした感じ。
https://t.co/YiOLFbbUkF 稲垣稜(2019)「奈良都市圈の変容に関する研究」 「一般に大都市圏郊外は、中心都市への通勤率によって定義されるため、郊外都市の通勤圏は看過されがちであるが、ここで明らかなように郊外都市の通勤圏もかなり広い」。
https://t.co/Ww5bo3HbjF 上林葵(2019)「関西方言における終助詞的断定辞「ジャ」の機能」 https://t.co/4f0JTqNwXD 森勇太(2019)「近世後期洒落本に見る行為指示表現の地域差─京・大坂・尾張・江戸の対照─」。
https://t.co/Ww5bo3HbjF 上林葵(2019)「関西方言における終助詞的断定辞「ジャ」の機能」 https://t.co/4f0JTqNwXD 森勇太(2019)「近世後期洒落本に見る行為指示表現の地域差─京・大坂・尾張・江戸の対照─」。

1 1 0 0 OA 山県郡志

https://t.co/N23bf8ZAl6 大正期の『山県郡志』にソレジャデと共にソレジャニヨッテが記述されてるから驚いたけど、山田敏弘「美濃方言の原因・理由表現」に明治後半生まれの話者の資料にニヨッテが登場すると記述されてた… https://t.co/t4UldgqDke

1 0 0 0 OA 緩急車

https://t.co/gVKo8SIqoB 桐生悠々(大正5-7)「緩急車. 第3集」。 「昔の江戸ッ児の気質は今や其隣県たる群馬、茨木、千葉県人の移住によつて、跡形もなく破壊された」

1 0 0 0 OA 福博誌

https://t.co/PbboSfvsz6 伊東尾四郎(1902)『福博誌』 「『さよーなら』と称するものも亦少なからず、『そーですたい』などいふ東京語と土地の語と混合したるものを聞くこと、敢て珍しからず、或は又『おまへん』流… https://t.co/hPPcMrLjDL
https://t.co/3EoEiERXt3 佐々木吉三郎『国語教授法集成. 上巻』。 「中国地方は、東京を唯一の中心と仰いでは居らないで、大坂とか、京都とかいふものを、中心として立てなければならぬ様になつて居り、つまり、東京語に対しては、陪臣の地位に立つといふ嫌がある」
https://t.co/PZtky7WyNv 徐茜「近代日本人が描く「中国」に関する研究」 たまたま見つけた。
https://t.co/yhrr6Hnz58 桐村喬(2019)「1930年代半ばの東京・京都におけるホワイトカラーの居住地分布 : 電話帳に基づく分析」。
あと、これとか。 https://t.co/MDnoDrUcgr 喜田貞吉「形式の上では、京都は依然として帝都であり、天皇の御即位や、大嘗祭の御儀式は、必ずここで御挙行相成るべく御規定になつて居るのである」。

1 0 0 0 OA 大礼眼目

https://t.co/IezT1PGolS 昭和初頭に三浦周行が(京都は)「永久に古帝都としての光栄を失はないことが出来たばかりか、ある意味においては、今なほ帝都の延長であるかの感を起こさせるに至つた」て書いてたんが思い出される。
中井幸比古さんの論文ではこう指摘されてたな。明治後半〜大正頃生まれの方言に馴染みがない世代が「擬古方言」を演出しようとして誤りが生じている例が発生している。京都の「擬古方言」も然り。 https://t.co/J5fCz8gZxS
カラについては、矢島正浩(2007)「五代目笑福亭松鶴落語における原因・理由表現の用法」で、明治後期から大正期の大阪落語でのカラの使用率が載ってんな。https://t.co/EiOH4kJ5eK
https://t.co/i6vULWTPr4 余健(2011)「方言調査の結果を授業に生かす」。「インジャン」は、淡路島、大阪、岐阜、愛知。組分けでは、「グーとパー」を使用する地域が多いが、北海道、東京、愛知、岐阜、長野、京都で… https://t.co/EBNfHpWyZI
https://t.co/jRdzUu28Vf 吉田達矢(2019)「外国人からみた明治時代の名古屋」。「名古屋は日本のバーミンガムである」て言う評があったとは知らなんだ。
https://t.co/jgGZB1sNhd 石川彦太郎(1902)「小学校用言文一致教範」。 「各地の小学教員は、如何にして此の東京語を調べるか、これは実に六ヶ敷いことで、一々東京へ出て調査しさへすれば、夫れでよい様なものの、事実然う云ふわけにも行かぬ、
https://t.co/C3c7CRY6W1 「首都圏における言語資料の高密度収集と言語動態分析 研究課題」 https://t.co/yrLaCzKdzp 「首都圏方言の古層の記述とその全国若年層への広がりに関する研究」… https://t.co/UKNZkhL9PI
https://t.co/C3c7CRY6W1 「首都圏における言語資料の高密度収集と言語動態分析 研究課題」 https://t.co/yrLaCzKdzp 「首都圏方言の古層の記述とその全国若年層への広がりに関する研究」… https://t.co/UKNZkhL9PI
https://t.co/C3c7CRY6W1 「首都圏における言語資料の高密度収集と言語動態分析 研究課題」 https://t.co/yrLaCzKdzp 「首都圏方言の古層の記述とその全国若年層への広がりに関する研究」… https://t.co/UKNZkhL9PI
https://t.co/5j1rikmifQ 「小林好日による東北方言通信調査資料の整備と分析」 東北地方は昭和初期に地方単位での方言調査をやってるんが凄い。近畿地方はLAJやGAJのような全国単位での調査を除いたら、2010年代の『近畿言語地図』まで無かったんとちゃうかな。
https://t.co/BrF0Q2LBSL 淡路方言の系統の解明と西日本方言の区画の再検討 「淡路方言はこれまで近畿方言に分類されてきたが、兵庫県や和歌山県の諸方言とともに、京都や大阪などの近畿中央部の方言よりも、むしろ中国地… https://t.co/PHYyhResz1

2 0 0 0 OA 布施町誌

https://t.co/hJEgRNXMjp 『布施町誌』(1929)。現東大阪市域。「近時交通頗る便利となり、大阪市より移住する者多きため言語も漸次矯正されつつある」。「か『め』へん」やなくて「か『ま』へん」。えらい(大層、困難な、労れた)。なんやとなんぢや。

1 0 0 0 OA 喜多読本

https://t.co/S4CT4Fe8bt 『喜多読本』(1940)。たしか愛媛って以前から否定辞ヘンが若干記述されてきた気ぃするけど、「〜やへん」が既に昭和初期に記述されてんねんな。
https://t.co/7tE8qHSAuz 村中淑子(2017)「公的場面における関西方言について―国会でなぜコテコテの関西方言が使われるのか―」。
https://t.co/b0v4qg86lT 山田里奈(2019)「近世後期江戸語における<行く・来る>の謙譲語」。
https://t.co/kWRGt4VTJC 郡千寿子(2019)「新潟県立図書館所蔵の往来物資料 ―出版地域別の観点から―」。 https://t.co/n4c8IigqSA 郡千寿子(2014)「秋田県立図書館所蔵往来物の出… https://t.co/0adqZhPSvD
https://t.co/kWRGt4VTJC 郡千寿子(2019)「新潟県立図書館所蔵の往来物資料 ―出版地域別の観点から―」。 https://t.co/n4c8IigqSA 郡千寿子(2014)「秋田県立図書館所蔵往来物の出… https://t.co/0adqZhPSvD
https://t.co/cohlqxBF0k 矢島正浩(2019)「近現代話し言葉資料における原因理由系の接続詞的用法について」。「近現代の東京語・大阪語」「落語は明治末〜大正期録音、談話は録音が昭和中期である」。
https://t.co/bgXhl6hmby 右田裕規(2017)「大正・昭和初期の祝祭記念商品の都市購買者像」
https://t.co/6mPBC6HMj7 木村知治(1889)『帝国議会衆議院撰挙人心得』。 語彙や音韻について若干取り上げられいる。「余が在京中方言を取調べ雑誌に揚げし事もありて」てあるけど、どういうことが書かれていたか若干興味がある。
https://t.co/t8K93F0hLz 友納友次郎(1919)『綴方教授の思潮と批判』。「世間の実状をながめますと、小説といひ新聞といひどしどし東京語を取入れています。尚又所謂知識階級の人の日常使用している言葉は悉く東京語であります」。

1 0 0 0 OA 読方教育要説

https://t.co/jFzy1xyHu6 千葉春雄(1926)『読方教育要説』。「一国の文化が、大要平等に発達し、生活の程度生計のための事業、教養の度合などが、均等になつて来れば、言語もある一つの標準的のものが普及し、それによつて一国語も統一されて行くだらう」。
https://t.co/2oFbJL5Ukc 坂喜美佳「動詞の音便の方言学的研究―サ行イ音便を中心として―」。
https://t.co/5eBXtivMF4 挽地佳恵(2014)「『長崎』イメージの形成と『私たち』」。 偶然見つけた。全く読んでへんけども。

2 0 0 0 OA 東京市民読本

https://t.co/dwtcZW4Zzu 「文明国の民は必ず高尚な上品な言語を有つている」「我々東京人士の一顰・一笑・一語・一黙が悉く七千万の同胞の見倣ふ所となるのであるから、我々は深く言語に動作に慎む所がなくてはならぬ」。
https://t.co/sgeNxgR0o8 『「評価」を持って街に出よう』(2016)に鑓水兼貴・三井はるみ「首都圏在住者の方言話者への評価意識」。 https://t.co/hDpSnYCPsb 共通語の基盤としての東京語の動態に関する多人数経年調査
https://t.co/XvHb3xqTlj 田島優(2018)「オーキニ考(補説)」。 https://t.co/G1yfYibTh4
https://t.co/OKv06ghS1T 岡田慶夫(1983)「地方生活圏構造に関するシステム分析」。 この当時の鳥取市民の各都市に対する身近さの度合いが大阪市>米子市>京都市>岡山市>姫路市>広島市。米子市民が松江市>京阪>岡山市>鳥取市=広島市>東京>博多。
https://t.co/QRkdA2ZVgX 「東海地域の言語実態調査(1) : 第一次計画と2018年度調査結果」。 西濃は当為表現の「〜ならん」は、上の世代の方が使用が活発な気ぃするな。
https://t.co/k3QnTsKt2Q 朝田康禎(2019)「関西における最近の人口移動動向」。
https://t.co/XW2HXcpEcq 大矢幸久(2017)「昭和戦前期の東京郊外における都市化と景観表象」。
https://t.co/70oyq184G6 清水昌人(2019)「東京都区部における国内移動者の転入地域とその変化」。
https://t.co/j9BpgYBGVn 明治末期の『涙と鞭 : 児童教育』。東京市内の「禁止矯正すべき言葉」の中に「きないか(来ないか)」がある。この時代の東京方言では「きない」も話されてたんかなあ。
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。… https://t.co/3WncmcfrZD
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。… https://t.co/3WncmcfrZD
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。… https://t.co/3WncmcfrZD
https://t.co/uraNcqwL6Q これに近いのは、物集梧水(1922)「唄はれたる自然」で、東京を「大根畑、芋畑の真中へ急拵えでしたホツタヤ小屋みたやうなもの」と書き、王子、浦和、蕨、青梅、八王子の名前を挙げて「肥桶… https://t.co/QB1FxpLqx3
https://t.co/jGDxGaz5da 『名賀郡郷土資料』(明治45年)。 「かまへんにや」「あかへん」「あらへん」「いはへん」「いやへん」「きやへん」「そうだす」「でやん」「みやん」など。 明治末期の三重県伊賀地方の方言。否定の助動詞ヘンやヤンも記述されている。

3 0 0 0 OA 地球一蹴

https://t.co/Go4SUPcznB 北村兼子(1930)『地球一蹴』。「大阪で純大阪弁を使ふものは、まづ全人口の三割とみられる。精選すれば一割もあるまい」「大阪弁は私たちに取つては廃語である、その大阪弁を弄ぶ東京人の物好きにも驚く」。
https://t.co/U1iesmDd9k 昭和9年の『教師より親たちへ』。 「九州や東北の端に行つてわからない道を尋ねるには子供に聞くとはつきり教へてくれる。年よりや女の人は駄目だといふことであります」「女の人も割合教育が普… https://t.co/kMwrOrNnp7

1 0 0 0 OA 鈍語

https://t.co/I2BWmKrctW 渋川玄耳(1914)『鈍語』 「何の県でも士人の真面目な応答の時には極端な方言は使はれない」「可成りの町の可成りな旅館に泊つて歩けばおもしろい方言は聞かずに了ふものである」。
https://t.co/runiMHMuf2 第14回 日本人類学会・日本民族学協会連合大会(1959) このシンポジウムの内容。紀事に載っているか。 甲田和衛、佐古慶三、宮本又次、宮本常一、小浜基次、楳垣實、篠田統、梅棹忠夫の大阪についてのシンポジウム。
https://t.co/7tE8qHSAuz 村中淑子(2017)「公的場面における関西方言について―国会でなぜコテコテの関西方言が使われるのか―」は、まだ未読やけど、抄録見ると、なかなか興味深そう。
https://t.co/Uxji1b9Opk 谷内達(1995)「東京大都市圏・京阪神大都市圏の都市人口分布図の作成1883〜1985年」。

4 0 0 0 OA 東成郡誌

https://t.co/K3SjvBKxZP 同じく古市村。「土着民千五百三十六人に対し、千三百二十人の移住者を有する村落なれば其言語極めて多種多様にして、容易く統括するを得ざれども、概して移住者は耳障り少き大阪市流にして、土着者は発音不正、呂律曖昧にして、粗野なるものあり。

4 0 0 0 OA 東成郡誌

https://t.co/rXtyYKVbvR 『東成郡誌』(1922)の城東村。本村は附付近村と同じく地方的方言訛言の弊を脱せず、殊に本村の東部天王田・左専道・水田に於て然りとす。例えば「ダ行」「ザ行」をラ行に言ふが如し。又「行… https://t.co/r1o8RvTP7n
https://t.co/459ut6GY0u 高橋俊也 , 渡辺菊眞 , 布野修司(2007)「京都における墓地の立地と市街地の変遷に関する考察」 https://t.co/NYHFahX1X3 増田知子 , 佐野智也 , 佐野… https://t.co/QUv6AXCSOh
https://t.co/459ut6GY0u 高橋俊也 , 渡辺菊眞 , 布野修司(2007)「京都における墓地の立地と市街地の変遷に関する考察」 https://t.co/NYHFahX1X3 増田知子 , 佐野智也 , 佐野… https://t.co/QUv6AXCSOh
https://t.co/Nik8zK2H8K 杉本容子 , 鳴海邦碩(2001)「大都市市街地内における『古集落』の変容に関する研究」 https://t.co/zYzWsN9NJR 多治見左近 , 三浦要一(2001)「住宅地… https://t.co/Cp5nriYRBn
https://t.co/Nik8zK2H8K 杉本容子 , 鳴海邦碩(2001)「大都市市街地内における『古集落』の変容に関する研究」 https://t.co/zYzWsN9NJR 多治見左近 , 三浦要一(2001)「住宅地… https://t.co/Cp5nriYRBn
https://t.co/MeWvTVMIS3 中澤誠一郎(1940)「大阪近郊開發状態の調査に就て」 https://t.co/T55kGMQeUl 天野光三 , 前田泰敬 , 二十軒起夫(1983)「東大阪地域における鉄道網の発展過程について」
https://t.co/MeWvTVMIS3 中澤誠一郎(1940)「大阪近郊開發状態の調査に就て」 https://t.co/T55kGMQeUl 天野光三 , 前田泰敬 , 二十軒起夫(1983)「東大阪地域における鉄道網の発展過程について」
https://t.co/xafV9Zbvdb 坂野鉄也(2018)「明治・大正期滋賀県における人の移動」。 近代の滋賀県の人口移動。
https://t.co/E9ji67VSaB 「明治後期から大正期に録音された落語音声の書き起こし資料に触れる機会を得た」。「落語の音声が当時の方言資料として貴重であるのはもちろん、落語家が聴衆に話しかける『地』の部分は明治期以… https://t.co/dSC8uAQ2XN
https://t.co/bdFQ3tq7wA 平成初期とはどういうことかと思たけど、「平成元年(1989)から平成4年(1992)にかけて調査された東京都下のデータが収集されたままになっていた」ていうことやった。話者の生年は、明… https://t.co/dxu5VThUSJ

1 0 0 0 OA 国語の規準

https://t.co/Eei5kDddGu 新村出は「標準語の論」(1942)で「京都方面は天子さんとか宮さんとか申上げるのが普通であつて、宮様天子様と申上げるのは異様に感じられるのではないかと思ひます」。

1 0 0 0 OA 方言覚書

https://t.co/n8Fsykyasq 柳田国男(1942)『方言覚書』より「故郷の言葉」。 柳田国男の回想。東京語や大阪方言の存在や近隣地域の方言について。
https://t.co/cGDCWMOGHa 岡崎哲二(2017)「戦前日本における経済発展と所得分配 府県別所得上位集中度の推計と分析」 1890年と1925年と1935年。
https://t.co/itYTyTDgtY 岡田洋司(2012)「近代日本における"郷土意識"と社会的統合についての覚書き : そのかたちと先行研究の整理」。 「地方中小都市と統合原理としての"城下町"意識―一九一〇-二〇年代の愛知県岡崎市を例として―」(1999)と
https://t.co/uDqcNCS3lr 北原糸子(2012)「関東大震災における避難者の動向 : 「震災死亡者調査票」の分析を通して」。 https://t.co/fHajanmUGN 奥井正俊(1988)「大正・昭和戦前期における自動車の普及過程」。
https://t.co/uDqcNCS3lr 北原糸子(2012)「関東大震災における避難者の動向 : 「震災死亡者調査票」の分析を通して」。 https://t.co/fHajanmUGN 奥井正俊(1988)「大正・昭和戦前期における自動車の普及過程」。
https://t.co/zF5L7LDqVZ 中内寛(1978)「都市相互の影響を考慮した都市成長パターンの地理的分析-明治期以降の九州内諸都市を対象として-」。
https://t.co/a4PES8EzQS 福田崚・城所哲夫・瀬田史彦(2016)「企業間ネットワークに基づく経済圏域間の結合関係」
https://t.co/vUKjzt1TH9 中島茂「近代工業地域の形成をみる視座ー近代大阪おける工業化を中心に」要旨。
https://t.co/AXPkJEpEtD 昭和16年の『国民学校私の国民科読方の研究授業』。「一時我が国の経済力が東京から大阪に移り、鎌倉や軽井沢の旅館が大阪人の手で経営されるやうになつた。
https://t.co/MRNO7MKFcK 橋尾直和(2000)「高知市方言の関西弁化に関する社会言語学的考察」。 https://t.co/9PKc9CQ46i 橋尾直和(2002)「高知市若年層方言におけるネオ方言」。… https://t.co/FpNCk5PjnN
https://t.co/MRNO7MKFcK 橋尾直和(2000)「高知市方言の関西弁化に関する社会言語学的考察」。 https://t.co/9PKc9CQ46i 橋尾直和(2002)「高知市若年層方言におけるネオ方言」。… https://t.co/FpNCk5PjnN
https://t.co/MRNO7MKFcK 橋尾直和(2000)「高知市方言の関西弁化に関する社会言語学的考察」。 https://t.co/9PKc9CQ46i 橋尾直和(2002)「高知市若年層方言におけるネオ方言」。… https://t.co/FpNCk5PjnN
https://t.co/lDjXon6Idr 明治22(1889)年の「山城国京都方言表」。公開されてるんやな。「ソートチガヒマス」が収録されている。「ラチガアカン」が「方言」で「ラチアカナイ」が「通語」になっている。等。基本的には語彙を集めたもの。

1 0 0 0 OA 国語の規準

https://t.co/lzmmmxVfek 新村出(1943)『国語の規準』で京都方言への想いを述べた箇所。
https://t.co/fyAnU84uMu 長谷川泰志(2018)「厳島合戦と軍記物語─毛利氏関係軍記を中心に─」。
https://t.co/VhSK4t65Ow 鏑木昌博(1994)「大阪市都心部方言のアスペクト」でもこの現象への言及はされてるけど、突っ込んだ考察はされてへん。90年代時点で気ぃ付いてた人は気ぃ付いてたわけやな。
https://t.co/lGqkks1uL0 私自身が「ちゃうかった」の方が馴染んだ言い方になってるのがあれやけど、佐藤虎男(1986)「大阪府方言の研究-9-大阪市域方言の方言地理学的調査-3-」で「ちゃうかった」についても言… https://t.co/maFFcbHdpi
https://t.co/PpJ6d47pPi 井上史雄(2000)「日本語方言学(<特集>音声研究の課題)」 「戦後すぐにGHQは日本人の意識を探るために全国で世論調査を行い, すべてを隠しマイクで録音した。 コピーのテープが東京の図書館に所蔵されており, 研究書が出版された。
https://t.co/LsnLWvsi1Q 1953年の「關西地方の流しと給水設備に關する調査報告」は、名古屋や岐阜も範囲に含めて記述されている。戦後の用例。
https://t.co/2JIraSqia0 野高宏之(2015)「近世大坂の言説に関する一考察」 https://t.co/wKJM21WUwO 野高宏之(2016)「浪花男の男伊達(1)」
https://t.co/2JIraSqia0 野高宏之(2015)「近世大坂の言説に関する一考察」 https://t.co/wKJM21WUwO 野高宏之(2016)「浪花男の男伊達(1)」
https://t.co/SumNDb5RiV 大野仁美(2011)「和歌山県南部方言における文末以外で用いられる『ノ』と『ヨ』に関する覚え書き」。
https://t.co/1dhKGqYCij 加藤貴(2006)「17世紀における江戸の巨大都市化と都市像」。公開されるようになったんやな。
RT @Fuon_P: 富山県の東西における地域差 : 富山市と高岡市のサーベイ調査から - 高山 龍太郎 https://t.co/AfiNCdyhqw 呉西と呉東の地域差が実際にどの程度あるのかを調べた面白いレポートを見つけた。
https://t.co/op4kZThPRL 渡邊秀一(2017)「17世紀初期京都における地域意識 : 17世紀初期板行絵図の分析から」。
https://t.co/mg0tCFI9xl 野邊政雄(2011)「中国地方山村における人口移動の動向--岡山県苫田郡富村の事例」。
https://t.co/twWdodyjhb 鈴木脩平(2017)「名古屋と第三師団 : 濃尾地震での活動に見る地域への影響」 「東春日井郡で起きた地租改正反対運動では住民と政府の間に立って交渉したのが、前藩主の徳川慶勝だった」。
https://t.co/lJMY5aC9QT 竹中亨(2014)「『近しい国ドイツ』の神話 : 明治期日独関係の再考に向けて」 https://t.co/rfzhOzG4vh 竹中亨(2015)「『近代化の模範』から『生活大国』へ : 近現代日本におけるドイツ像の展開」。
https://t.co/lJMY5aC9QT 竹中亨(2014)「『近しい国ドイツ』の神話 : 明治期日独関係の再考に向けて」 https://t.co/rfzhOzG4vh 竹中亨(2015)「『近代化の模範』から『生活大国』へ : 近現代日本におけるドイツ像の展開」。

お気に入り一覧(最新100件)

1946-47年撮影の「モージャー氏撮影写真資料」は名古屋の写真が多い。この写真は広小路通側から堀川越しに北西の非戦災地区を撮ったもの。https://t.co/KDDTDc6XpQ https://t.co/xAFwLz7Umb
長谷川亮一博士論文「十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策 : いわゆる「皇国史観」の問題を中心として」(2006年度)https://t.co/ZDOFi7hvaW 全文公開されてた興味深い博論。読まなきゃなあ。
「士農工商」がえらく話題になっていたので,大島真理夫「「士農工商」論ノート」(『経済史研究』(大阪経済大)2号,1998年)を読み直してみた。その中で大島氏は,早くは西川如見が「士農工商」という言葉を用いていることを指摘する。→ https://t.co/2O8wrJ1X8g

127 0 0 0 OA 夢二絵手本

竹久夢二が大正時代に刊行した『夢二絵手本』(1923)の少年の絵に「あんまり沢山柿がある」と書いてあります。今なら「すごく沢山ある」、または条件節で「あんまり多すぎたので」としか言わない。90年経つと日本語は変わるね、という例です。https://t.co/GroHdPC5L2
CiNii 論文 -  長州藩尊攘派の形成及び抬頭に関する一考察 https://t.co/rVlSjeus9W #CiNii ↓の文久元年の産物方関連で探していた論文見つけたので #メモ https://t.co/An6ekfPWRt
落合弘樹「幕末政局と木戸孝允」(『明治大学人文科学研究所紀要』76、2015年)は、木戸孝允が、幕末期に政治家としての資質や立場を確立させていく過程を分析。長井雅楽の航海遠略策や島津久光の率兵上京などの動向を見据えて論じる。 https://t.co/iMTeMjJYxq
安岡昭男「井上馨論」(『国際政治』33、1969年)は、明治12年から20年まで外務卿・外務大臣を務めた井上馨の、外交の特質などを論じる。古い論文なので、安岡氏の著書に再録されているかもしれないが、未確認。 http://t.co/XqE25lDPjm
石坂尚武「黒死病でどれだけの人が死んだか 現代の歴史人口学の研究から」http://t.co/PjnPo9Kr7r 実に162頁。イタリアの地域ごとでのペストの死亡率とかも出てくる。 「≪峻厳な神≫とペスト的心性の支配」とか「イタリアの黒死病関係史料集」シリーズとかも長いけど。
木村洋(2002)"第二次世界大戦期に於ける日本人数学者の戦時研究 (数学史の研究)"  http://t.co/woT1svhLLf
中央協和会編『内地在住半島同胞銃後美談第1編』(昭和16年)がデジタル化され国会図書館で公開されている http://t.co/BZLqLd56Wn 「内鮮一体」とはかくも残酷なものだったのかとあらためて思い知らされた。これは怒りなくして読めない。まじで。
あと、頭脳警察もびっくりの『日本百年戦争宣言』(高嶋辰彦著、世界創造社、昭和14年)も近デジにあった。http://t.co/q4eIm2IAdO
奇書『支那人は日本人なり』(アジア問題研究所編、世界創造社、昭和14年)が、近デジで読めるなんて!! http://t.co/9wCep5Mr1m
川島四郎先生は、戦後もやらかしていた: 「「人間の肉」を食う栄養学的観察」桜美林短期大学紀要, 家政学編 , 1974年  http://t.co/29Boq5Je
『小学校長講習会講演録』(長崎県西彼杵郡教育会、1918年, p. 195.)「我国に於て体罰をやつたのは西洋カブレの為めであつた 独逸に行わるゝ体罰を崇拝した為めではあるまいか」 http://t.co/tDAAnT1s
日本の近代教育法では、体罰は1879年の教育令で禁止、1885年の教育令改正で禁止事項削除、1890年の小学校令改正で再び禁止(渋谷徳三郎『教育行政上の実際問題』敬文館、1922年, pp. 100-101.) http://t.co/xnm1asqL

40 0 0 0 OA 世界人の横顔

敗戦一年後に出た世界の偉人列伝。「戦勝国」の人間ばかり、かつヨイショが凄いw:「世紀の偉人マツクアーサー元帥」、「天才政治家チヤーチル」、「新生中國の"太陽”蒋介石」、「巨人スターリン」>「世界人の横顔 」(西日本新聞社外信部, 1946)http://t.co/2Tjhk9WD
軍隊生活と大陸での日本軍の活動を、ほのぼのタッチの一齣漫画で説明。最後は「皇軍南京入城」の場面で終わっている。>「輝く無敵陸軍 : 軍隊教育漫画」(軍事普及会/1938年) http://t.co/lVJCRq1d
そのころ古文書の研究者養成のことも含めてさんざん文句を書いたのだが、結局だめだった。「日本の史料地震学研究の問題点と展望」(PDF)https://t.co/ykIbGfRV

フォロー(251ユーザ)の投稿一覧(直近7日間)

RT @dgk_nkym: 『南鐐』のお話が載っているとされるのはこちらです CiNii 図書 - 石川正西聞見集 https://t.co/zCARSC5MRe #CiNii
RT @Cristoforou: こんなものがリポジトリに。教科書や地政学本の地図間違いについての発表で有名な先生の論文。『防衛白書』の地図がめちゃ間違ってるそうな。/近藤暁夫「掲載地図の誤りにみる『防衛白書』の資料的価値と防衛省の地理的知識―『平成29 年版 日本の防衛―防衛…
RT @haifi2ch: CiNii 論文 -  公共空間における女性の彫像に関する一考察 https://t.co/XbWL6lKhuH #CiNii
RT @quiriu_pino: こんな論文が出てたようです 渡邉 裕美子「宇都宮泰綱の和歌活動」 和歌文学研究 (119), 28-43, 2019-12 https://t.co/T38aNPoSIw

6 6 6 0 OA 放送史料探訪

RT @BungakuReportRS: 放送史料探訪 『外地放送史資料・満州編』 「外地」放送史料から(4) 宮川 大介 https://t.co/cSBBVkWkyl
@ssmufler 副題を入れるとかして分野一般にどう貢献するかも見据えたタイトルにするという手段をどっかのかえるさんは使いました https://t.co/zOO1hTbwy4 あと狭めのトピックなら疑問文にするのもいいんじゃ… https://t.co/WsZeQEtD42
CiNii 論文 -  公共空間における女性の彫像に関する一考察 https://t.co/XbWL6lKhuH #CiNii
板垣哲夫「維新後における大久保利通の政治上の人間関係」(『史学雑誌』86-11、1977年)は、慶応3年10月〜明治10年3月、大久保がどんな人物と接触していたか、日記を分析。大久保の政府内での地位上昇に伴い、薩長土肥以外の出身者… https://t.co/zxRRTvUDo7
RT @TR_727: 「敵に母国の秘密を売る利敵行為/《売国奴》、国家転覆を目論む反国家/的な/《国賊》、徴兵拒否・敵前逃亡など指す《非国民》といった/語が、国民精神総動員/―大政翼賛会運動のなかで原義の差異を失い、国民の不満抑圧を代弁する言葉として/溶かし込まれていく」原田…
RT @itounoi: 幕末に黒住教は大きな広がりをみせます。 とは言っても、どんなふうにと客観的な資料はなかなか見えづらいですが、法学の視点から研究されたのかこのリンク。丹後田辺藩領における裁判記録に当時の様子が垣間見えます。 https://t.co/6iQFgSjerY
RT @BungakuReportRS: 久保田 昌子 -  『常陸国風土記』における土蜘蛛伝承の検討 https://t.co/SmHBTI55OK
RT @BungakuReportRS: 瀧音 能之 -  記・紀と『出雲国風土記』の相克 : 黄泉国の記載をめぐって https://t.co/QcLm5H99Eg
(メモ)郷土史家の中村良之進は、青森師範学校第十三回生? https://t.co/7JOru4lrVJ
内務省総務局1888『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』 国会図書館デジタルライブラリ https://t.co/bjkPWx6nKR https://t.co/tDxtjCbzbi
RT @washou3956: PDF公開。竹中友里代「石清水八幡宮神人家文書にみる連歌師紹巴と細川幽斎」(『京都府立大学学術報告.人文』71、2019年12月)旧石清水八幡宮寺神人の橋本家に伝わる連歌資料を、地域の歴史に位置付ける試み。https://t.co/dkEG0lB…
幸田国広先生のこの論文とか読むといろんな情報が伝わってくるのかしら>CiNii 論文 -  国語教育情報レーダー 大学入学共通テスト導入に向けた試行調査(プレテスト)とその結果をめぐって https://t.co/GOHvUbfqnk #CiNii
RT @zasetsushirazu: 明治41年2月16日、建野郷三が死去。幕末の小倉藩士で、第2次長州征伐で小倉城が落城した際、赤心隊を結成した。明治期に大阪府知事、米国公使などを歴任。銭国紅「洋上の対話」(『日本研究』15)は、明治3年に英国留学した建野と、清国人・張徳彝…
明治41年2月16日、建野郷三が死去。幕末の小倉藩士で、第2次長州征伐で小倉城が落城した際、赤心隊を結成した。明治期に大阪府知事、米国公使などを歴任。銭国紅「洋上の対話」(『日本研究』15)は、明治3年に英国留学した建野と、清国人… https://t.co/gKVR7l9ksv
拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として」(神田外語大学日本研究所紀要、2017年3月予定)。幕末期の黒田清隆を、ここまで扱った論文を知らない。https://t.co/qtxOT4vv0S

フォロワー(498ユーザ)の投稿一覧(直近7日間)

RT @dgk_nkym: 『南鐐』のお話が載っているとされるのはこちらです CiNii 図書 - 石川正西聞見集 https://t.co/zCARSC5MRe #CiNii
@JUMANJIKYO 『当て字当て読み/漢字表現辞典』は、古例を求めたものではありませんしね。 『遊字典』を見たら、島崎藤村「破戒」・石川淳「佳人」・三島由紀夫「仮面の告白」が挙がっていました。 https://t.co/0HjgfEsr1Y

3 3 3 1 OA はやり唄

@JUMANJIKYO 小杉天外「はやり唄」(明治35年)の例など、「伝染る」は、結構あります。 https://t.co/GKNaz6jI6K 松本隆より少し前のところでは、司馬遼太郎「燃えよ剣」の中で、沖田総司が自らの病気を… https://t.co/Jm8sPuvlkg
羽賀祥二「宝暦治水工事と〈聖地〉の誕生」(『名古屋大学附属図書館研究年報 3』、2005) https://t.co/tcOkt6TV5G 中西達治「今宝暦治水に学ぶこと : 史実と顕彰の歩みをたどる」(『金城学院大学論集 人文… https://t.co/ABVyJqJqO1
羽賀祥二「宝暦治水工事と〈聖地〉の誕生」(『名古屋大学附属図書館研究年報 3』、2005) https://t.co/tcOkt6TV5G 中西達治「今宝暦治水に学ぶこと : 史実と顕彰の歩みをたどる」(『金城学院大学論集 人文… https://t.co/ABVyJqJqO1
RT @haifi2ch: CiNii 論文 -  公共空間における女性の彫像に関する一考察 https://t.co/XbWL6lKhuH #CiNii
RT @quiriu_pino: こんな論文が出てたようです 渡邉 裕美子「宇都宮泰綱の和歌活動」 和歌文学研究 (119), 28-43, 2019-12 https://t.co/T38aNPoSIw
@IIMA_Hiroaki 「冥途の飛脚」ですかね、さかのぼれば。 「今日も今日とて島屋にて、理屈をつめて ねだれごと」 https://t.co/ygmf5LDHfP 1行目 (大近松全集)

3 3 3 0 OA 維新史八講

【維新史八講】 #吉田東伍 https://t.co/Vj6QhVQqKi 幕末・明治について解析された、明治維新の思想的・政治的な問題点が語られた著書『維新史八講』の閲覧ページ。 #幕末 #明治維新
@uger_san https://t.co/yMfVWmerUg 佐賀県方言辞典 つんなむ ツレナフ
詩経の小雅の北山之什の「上天同雲 雨雪雰雰 益之以霢霂」のあたりについて、中村惕斎の『詩經示蒙句解』で、「こさめふる時は、土脉うるほひて、よく物を生す」と注があるのを見つけましたが、もう、これは、この元を探したりはしません。… https://t.co/mQLaGecKMJ

1 1 1 0 OA 日用便覧

明治24年の『日用便覧』では、 https://t.co/XPiV2N0ilT 「つちうるほひおこる」と読んでいますが、これなどは、「土脉」を「つち」と読んだのでしょうか。
「獺祭魚」が「土脉潤起」に変わったことは、深沢眞二「獺の祭見て来よ:七十二候と俳諧」https://t.co/k81ZwCvFcM で纏めてくださっていて、「渋川春海は貞享暦の構築にあたって、日本の風物や気候に適った新たな「七十二… https://t.co/qRtMBLHDBY
七十二候の「土脉潤起」を「ツチのショウ ウルオイ オコル」と読む習慣があるのを知って、脉(脈)をショウと読むとはどういうわけだ、と思いました。 まず、明治11年の懐中要便七十二候略暦に「ツチノシヤウ 」とあることが見え、… https://t.co/byLOCSRquV

6 6 6 0 OA 放送史料探訪

RT @BungakuReportRS: 放送史料探訪 『外地放送史資料・満州編』 「外地」放送史料から(4) 宮川 大介 https://t.co/cSBBVkWkyl
CiNii 論文 -  公共空間における女性の彫像に関する一考察 https://t.co/XbWL6lKhuH #CiNii
RT @lm700j: ドクターヘリの歴史を見てると、自衛隊のヘリ救難体制を構築した軍医が消防に移って始めたとのことで、乗り物を持ってる組織の部内の医師じゃないと始められないのが分かる。 https://t.co/wff9b026Pw
山口仲美『日本語の古典』岩波新書 2011 いいタイトルだと、改めて思います。 https://t.co/GtMnDvBisg
板垣哲夫「維新後における大久保利通の政治上の人間関係」(『史学雑誌』86-11、1977年)は、慶応3年10月〜明治10年3月、大久保がどんな人物と接触していたか、日記を分析。大久保の政府内での地位上昇に伴い、薩長土肥以外の出身者… https://t.co/zxRRTvUDo7
RT @TR_727: 「敵に母国の秘密を売る利敵行為/《売国奴》、国家転覆を目論む反国家/的な/《国賊》、徴兵拒否・敵前逃亡など指す《非国民》といった/語が、国民精神総動員/―大政翼賛会運動のなかで原義の差異を失い、国民の不満抑圧を代弁する言葉として/溶かし込まれていく」原田…
RT @itounoi: 幕末に黒住教は大きな広がりをみせます。 とは言っても、どんなふうにと客観的な資料はなかなか見えづらいですが、法学の視点から研究されたのかこのリンク。丹後田辺藩領における裁判記録に当時の様子が垣間見えます。 https://t.co/6iQFgSjerY
RT @BungakuReportRS: 久保田 昌子 -  『常陸国風土記』における土蜘蛛伝承の検討 https://t.co/SmHBTI55OK
RT @BungakuReportRS: 瀧音 能之 -  記・紀と『出雲国風土記』の相克 : 黄泉国の記載をめぐって https://t.co/QcLm5H99Eg
RT @nekonoizumi: 『議会政治研究』92年9月号の前田英昭「国会審議と議事妨害」がとても面白い。PKO法案の13時間8分の牛歩直後なので冒頭はその話だけど、その後に議事妨害の先例として、先日の↓のダイジェスト版があり…続 「床次の小選挙区制法案と議事妨害」http…
RT @kitsunekon2: @mori_arch_econo 《セントラル方式の空調システムが適用されており,[中略]調整された空気がエアハンドリングユニット送風機によりダクトを経由して各室へ分配され,その一部が排気,残りが還気される2次ループにより構成されている(図2)…
(メモ)郷土史家の中村良之進は、青森師範学校第十三回生? https://t.co/7JOru4lrVJ
【イングランド法学提要 第2部「マグナ・カルタ註解」】 コーク https://t.co/KQw0wQ00vT イングランドのコモン・ローの法思想を理論化した、法律家エドワード・コーク氏の代表作『英国法提要』第二部の、一部翻訳ページ。 #コーク #Coke
@syaberinsky2020 古典文法についての理解(あるいは吟味)が不足している古典文学研究は、小田勝氏が指摘するように実在しますが。 https://t.co/WByKMPv2rO
RT @washou3956: PDF公開。竹中友里代「石清水八幡宮神人家文書にみる連歌師紹巴と細川幽斎」(『京都府立大学学術報告.人文』71、2019年12月)旧石清水八幡宮寺神人の橋本家に伝わる連歌資料を、地域の歴史に位置付ける試み。https://t.co/dkEG0lB…
『和漢遊女容気』(享保2年刊)巻3に、 https://t.co/XAf8oTilE9 https://t.co/7vJlwOhrIR "驪山宮の温泉を爰にうつし手廻りの女共を裸になして見るべしと俄に二間にあまる湯舟をこしらへさせ… https://t.co/fb1KmhVsZt
『和漢遊女容気』(享保2年刊)巻3に、 https://t.co/XAf8oTilE9 https://t.co/7vJlwOhrIR "驪山宮の温泉を爰にうつし手廻りの女共を裸になして見るべしと俄に二間にあまる湯舟をこしらへさせ… https://t.co/fb1KmhVsZt
RT @zasetsushirazu: 明治41年2月16日、建野郷三が死去。幕末の小倉藩士で、第2次長州征伐で小倉城が落城した際、赤心隊を結成した。明治期に大阪府知事、米国公使などを歴任。銭国紅「洋上の対話」(『日本研究』15)は、明治3年に英国留学した建野と、清国人・張徳彝…
RT @zasetsushirazu: 明治41年2月16日、建野郷三が死去。幕末の小倉藩士で、第2次長州征伐で小倉城が落城した際、赤心隊を結成した。明治期に大阪府知事、米国公使などを歴任。銭国紅「洋上の対話」(『日本研究』15)は、明治3年に英国留学した建野と、清国人・張徳彝…
明治41年2月16日、建野郷三が死去。幕末の小倉藩士で、第2次長州征伐で小倉城が落城した際、赤心隊を結成した。明治期に大阪府知事、米国公使などを歴任。銭国紅「洋上の対話」(『日本研究』15)は、明治3年に英国留学した建野と、清国人… https://t.co/gKVR7l9ksv
RT @Fransisco1530: #麒麟がくる 今日は将軍家がテーマのようだから、これは何度でも宣伝します 足利一門再考 : 「足利的秩序」とその崩壊 谷口 雄太 https://t.co/2DO0nvaaGa 戦国期の足利将軍家の果たした役割を考える上で非常に参考にな…
RT @Fransisco1530: #麒麟がくる 今日は将軍家がテーマのようだから、これは何度でも宣伝します 足利一門再考 : 「足利的秩序」とその崩壊 谷口 雄太 https://t.co/2DO0nvaaGa 戦国期の足利将軍家の果たした役割を考える上で非常に参考にな…
RT @machi82175302: 拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として」(神田外語大学日本研究所紀要、2017年3月予定)。幕末期の黒田清隆を、ここまで扱った論文を知らない。https://t.co/qtxOT4vv0S
拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として」(神田外語大学日本研究所紀要、2017年3月予定)。幕末期の黒田清隆を、ここまで扱った論文を知らない。https://t.co/qtxOT4vv0S