せん (@senryusai)

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2 1 0 0 OA 布施町誌

https://t.co/hJEgRNXMjp 『布施町誌』(1929)。現東大阪市域。「近時交通頗る便利となり、大阪市より移住する者多きため言語も漸次矯正されつつある」。「か『め』へん」やなくて「か『ま』へん」。えらい(大層、困難な、労れた)。なんやとなんぢや。

1 1 0 0 OA 喜多読本

https://t.co/S4CT4Fe8bt 『喜多読本』(1940)。たしか愛媛って以前から否定辞ヘンが若干記述されてきた気ぃするけど、「〜やへん」が既に昭和初期に記述されてんねんな。
https://t.co/7tE8qHSAuz 村中淑子(2017)「公的場面における関西方言について―国会でなぜコテコテの関西方言が使われるのか―」。
https://t.co/b0v4qg86lT 山田里奈(2019)「近世後期江戸語における<行く・来る>の謙譲語」。
https://t.co/kWRGt4VTJC 郡千寿子(2019)「新潟県立図書館所蔵の往来物資料 ―出版地域別の観点から―」。 https://t.co/n4c8IigqSA 郡千寿子(2014)「秋田県立図書館所蔵往来物の出… https://t.co/0adqZhPSvD
https://t.co/kWRGt4VTJC 郡千寿子(2019)「新潟県立図書館所蔵の往来物資料 ―出版地域別の観点から―」。 https://t.co/n4c8IigqSA 郡千寿子(2014)「秋田県立図書館所蔵往来物の出… https://t.co/0adqZhPSvD
https://t.co/cohlqxBF0k 矢島正浩(2019)「近現代話し言葉資料における原因理由系の接続詞的用法について」。「近現代の東京語・大阪語」「落語は明治末〜大正期録音、談話は録音が昭和中期である」。
https://t.co/bgXhl6hmby 右田裕規(2017)「大正・昭和初期の祝祭記念商品の都市購買者像」
https://t.co/6mPBC6HMj7 木村知治(1889)『帝国議会衆議院撰挙人心得』。 語彙や音韻について若干取り上げられいる。「余が在京中方言を取調べ雑誌に揚げし事もありて」てあるけど、どういうことが書かれていたか若干興味がある。
https://t.co/t8K93F0hLz 友納友次郎(1919)『綴方教授の思潮と批判』。「世間の実状をながめますと、小説といひ新聞といひどしどし東京語を取入れています。尚又所謂知識階級の人の日常使用している言葉は悉く東京語であります」。

1 0 0 0 OA 読方教育要説

https://t.co/jFzy1xyHu6 千葉春雄(1926)『読方教育要説』。「一国の文化が、大要平等に発達し、生活の程度生計のための事業、教養の度合などが、均等になつて来れば、言語もある一つの標準的のものが普及し、それによつて一国語も統一されて行くだらう」。
https://t.co/2oFbJL5Ukc 坂喜美佳「動詞の音便の方言学的研究―サ行イ音便を中心として―」。
https://t.co/5eBXtivMF4 挽地佳恵(2014)「『長崎』イメージの形成と『私たち』」。 偶然見つけた。全く読んでへんけども。

2 0 0 0 OA 東京市民読本

https://t.co/dwtcZW4Zzu 「文明国の民は必ず高尚な上品な言語を有つている」「我々東京人士の一顰・一笑・一語・一黙が悉く七千万の同胞の見倣ふ所となるのであるから、我々は深く言語に動作に慎む所がなくてはならぬ」。
https://t.co/sgeNxgR0o8 『「評価」を持って街に出よう』(2016)に鑓水兼貴・三井はるみ「首都圏在住者の方言話者への評価意識」。 https://t.co/hDpSnYCPsb 共通語の基盤としての東京語の動態に関する多人数経年調査
https://t.co/XvHb3xqTlj 田島優(2018)「オーキニ考(補説)」。 https://t.co/G1yfYibTh4
https://t.co/OKv06ghS1T 岡田慶夫(1983)「地方生活圏構造に関するシステム分析」。 この当時の鳥取市民の各都市に対する身近さの度合いが大阪市>米子市>京都市>岡山市>姫路市>広島市。米子市民が松江市>京阪>岡山市>鳥取市=広島市>東京>博多。
https://t.co/QRkdA2ZVgX 「東海地域の言語実態調査(1) : 第一次計画と2018年度調査結果」。 西濃は当為表現の「〜ならん」は、上の世代の方が使用が活発な気ぃするな。
https://t.co/k3QnTsKt2Q 朝田康禎(2019)「関西における最近の人口移動動向」。
https://t.co/XW2HXcpEcq 大矢幸久(2017)「昭和戦前期の東京郊外における都市化と景観表象」。
https://t.co/70oyq184G6 清水昌人(2019)「東京都区部における国内移動者の転入地域とその変化」。
https://t.co/j9BpgYBGVn 明治末期の『涙と鞭 : 児童教育』。東京市内の「禁止矯正すべき言葉」の中に「きないか(来ないか)」がある。この時代の東京方言では「きない」も話されてたんかなあ。
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。… https://t.co/3WncmcfrZD
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。… https://t.co/3WncmcfrZD
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。… https://t.co/3WncmcfrZD
https://t.co/uraNcqwL6Q これに近いのは、物集梧水(1922)「唄はれたる自然」で、東京を「大根畑、芋畑の真中へ急拵えでしたホツタヤ小屋みたやうなもの」と書き、王子、浦和、蕨、青梅、八王子の名前を挙げて「肥桶… https://t.co/QB1FxpLqx3
https://t.co/jGDxGaz5da 『名賀郡郷土資料』(明治45年)。 「かまへんにや」「あかへん」「あらへん」「いはへん」「いやへん」「きやへん」「そうだす」「でやん」「みやん」など。 明治末期の三重県伊賀地方の方言。否定の助動詞ヘンやヤンも記述されている。

3 0 0 0 OA 地球一蹴

https://t.co/Go4SUPcznB 北村兼子(1930)『地球一蹴』。「大阪で純大阪弁を使ふものは、まづ全人口の三割とみられる。精選すれば一割もあるまい」「大阪弁は私たちに取つては廃語である、その大阪弁を弄ぶ東京人の物好きにも驚く」。
https://t.co/U1iesmDd9k 昭和9年の『教師より親たちへ』。 「九州や東北の端に行つてわからない道を尋ねるには子供に聞くとはつきり教へてくれる。年よりや女の人は駄目だといふことであります」「女の人も割合教育が普… https://t.co/kMwrOrNnp7

1 0 0 0 OA 鈍語

https://t.co/I2BWmKrctW 渋川玄耳(1914)『鈍語』 「何の県でも士人の真面目な応答の時には極端な方言は使はれない」「可成りの町の可成りな旅館に泊つて歩けばおもしろい方言は聞かずに了ふものである」。
https://t.co/runiMHMuf2 第14回 日本人類学会・日本民族学協会連合大会(1959) このシンポジウムの内容。紀事に載っているか。 甲田和衛、佐古慶三、宮本又次、宮本常一、小浜基次、楳垣實、篠田統、梅棹忠夫の大阪についてのシンポジウム。
https://t.co/7tE8qHSAuz 村中淑子(2017)「公的場面における関西方言について―国会でなぜコテコテの関西方言が使われるのか―」は、まだ未読やけど、抄録見ると、なかなか興味深そう。
https://t.co/Uxji1b9Opk 谷内達(1995)「東京大都市圏・京阪神大都市圏の都市人口分布図の作成1883〜1985年」。

4 0 0 0 OA 東成郡誌

https://t.co/K3SjvBKxZP 同じく古市村。「土着民千五百三十六人に対し、千三百二十人の移住者を有する村落なれば其言語極めて多種多様にして、容易く統括するを得ざれども、概して移住者は耳障り少き大阪市流にして、土着者は発音不正、呂律曖昧にして、粗野なるものあり。

4 0 0 0 OA 東成郡誌

https://t.co/rXtyYKVbvR 『東成郡誌』(1922)の城東村。本村は附付近村と同じく地方的方言訛言の弊を脱せず、殊に本村の東部天王田・左専道・水田に於て然りとす。例えば「ダ行」「ザ行」をラ行に言ふが如し。又「行… https://t.co/r1o8RvTP7n
https://t.co/459ut6GY0u 高橋俊也 , 渡辺菊眞 , 布野修司(2007)「京都における墓地の立地と市街地の変遷に関する考察」 https://t.co/NYHFahX1X3 増田知子 , 佐野智也 , 佐野… https://t.co/QUv6AXCSOh
https://t.co/459ut6GY0u 高橋俊也 , 渡辺菊眞 , 布野修司(2007)「京都における墓地の立地と市街地の変遷に関する考察」 https://t.co/NYHFahX1X3 増田知子 , 佐野智也 , 佐野… https://t.co/QUv6AXCSOh
https://t.co/Nik8zK2H8K 杉本容子 , 鳴海邦碩(2001)「大都市市街地内における『古集落』の変容に関する研究」 https://t.co/zYzWsN9NJR 多治見左近 , 三浦要一(2001)「住宅地… https://t.co/Cp5nriYRBn
https://t.co/Nik8zK2H8K 杉本容子 , 鳴海邦碩(2001)「大都市市街地内における『古集落』の変容に関する研究」 https://t.co/zYzWsN9NJR 多治見左近 , 三浦要一(2001)「住宅地… https://t.co/Cp5nriYRBn
https://t.co/MeWvTVMIS3 中澤誠一郎(1940)「大阪近郊開發状態の調査に就て」 https://t.co/T55kGMQeUl 天野光三 , 前田泰敬 , 二十軒起夫(1983)「東大阪地域における鉄道網の発展過程について」
https://t.co/MeWvTVMIS3 中澤誠一郎(1940)「大阪近郊開發状態の調査に就て」 https://t.co/T55kGMQeUl 天野光三 , 前田泰敬 , 二十軒起夫(1983)「東大阪地域における鉄道網の発展過程について」
https://t.co/xafV9Zbvdb 坂野鉄也(2018)「明治・大正期滋賀県における人の移動」。 近代の滋賀県の人口移動。
https://t.co/E9ji67VSaB 「明治後期から大正期に録音された落語音声の書き起こし資料に触れる機会を得た」。「落語の音声が当時の方言資料として貴重であるのはもちろん、落語家が聴衆に話しかける『地』の部分は明治期以… https://t.co/dSC8uAQ2XN
https://t.co/bdFQ3tq7wA 平成初期とはどういうことかと思たけど、「平成元年(1989)から平成4年(1992)にかけて調査された東京都下のデータが収集されたままになっていた」ていうことやった。話者の生年は、明… https://t.co/dxu5VThUSJ

1 0 0 0 OA 国語の規準

https://t.co/Eei5kDddGu 新村出は「標準語の論」(1942)で「京都方面は天子さんとか宮さんとか申上げるのが普通であつて、宮様天子様と申上げるのは異様に感じられるのではないかと思ひます」。

1 0 0 0 OA 方言覚書

https://t.co/n8Fsykyasq 柳田国男(1942)『方言覚書』より「故郷の言葉」。 柳田国男の回想。東京語や大阪方言の存在や近隣地域の方言について。
https://t.co/cGDCWMOGHa 岡崎哲二(2017)「戦前日本における経済発展と所得分配 府県別所得上位集中度の推計と分析」 1890年と1925年と1935年。
https://t.co/itYTyTDgtY 岡田洋司(2012)「近代日本における"郷土意識"と社会的統合についての覚書き : そのかたちと先行研究の整理」。 「地方中小都市と統合原理としての"城下町"意識―一九一〇-二〇年代の愛知県岡崎市を例として―」(1999)と
https://t.co/uDqcNCS3lr 北原糸子(2012)「関東大震災における避難者の動向 : 「震災死亡者調査票」の分析を通して」。 https://t.co/fHajanmUGN 奥井正俊(1988)「大正・昭和戦前期における自動車の普及過程」。
https://t.co/uDqcNCS3lr 北原糸子(2012)「関東大震災における避難者の動向 : 「震災死亡者調査票」の分析を通して」。 https://t.co/fHajanmUGN 奥井正俊(1988)「大正・昭和戦前期における自動車の普及過程」。
https://t.co/zF5L7LDqVZ 中内寛(1978)「都市相互の影響を考慮した都市成長パターンの地理的分析-明治期以降の九州内諸都市を対象として-」。
https://t.co/a4PES8EzQS 福田崚・城所哲夫・瀬田史彦(2016)「企業間ネットワークに基づく経済圏域間の結合関係」
https://t.co/vUKjzt1TH9 中島茂「近代工業地域の形成をみる視座ー近代大阪おける工業化を中心に」要旨。
https://t.co/AXPkJEpEtD 昭和16年の『国民学校私の国民科読方の研究授業』。「一時我が国の経済力が東京から大阪に移り、鎌倉や軽井沢の旅館が大阪人の手で経営されるやうになつた。
https://t.co/MRNO7MKFcK 橋尾直和(2000)「高知市方言の関西弁化に関する社会言語学的考察」。 https://t.co/9PKc9CQ46i 橋尾直和(2002)「高知市若年層方言におけるネオ方言」。… https://t.co/FpNCk5PjnN
https://t.co/MRNO7MKFcK 橋尾直和(2000)「高知市方言の関西弁化に関する社会言語学的考察」。 https://t.co/9PKc9CQ46i 橋尾直和(2002)「高知市若年層方言におけるネオ方言」。… https://t.co/FpNCk5PjnN
https://t.co/MRNO7MKFcK 橋尾直和(2000)「高知市方言の関西弁化に関する社会言語学的考察」。 https://t.co/9PKc9CQ46i 橋尾直和(2002)「高知市若年層方言におけるネオ方言」。… https://t.co/FpNCk5PjnN
https://t.co/lDjXon6Idr 明治22(1889)年の「山城国京都方言表」。公開されてるんやな。「ソートチガヒマス」が収録されている。「ラチガアカン」が「方言」で「ラチアカナイ」が「通語」になっている。等。基本的には語彙を集めたもの。

1 0 0 0 OA 国語の規準

https://t.co/lzmmmxVfek 新村出(1943)『国語の規準』で京都方言への想いを述べた箇所。
https://t.co/fyAnU84uMu 長谷川泰志(2018)「厳島合戦と軍記物語─毛利氏関係軍記を中心に─」。
https://t.co/VhSK4t65Ow 鏑木昌博(1994)「大阪市都心部方言のアスペクト」でもこの現象への言及はされてるけど、突っ込んだ考察はされてへん。90年代時点で気ぃ付いてた人は気ぃ付いてたわけやな。
https://t.co/lGqkks1uL0 私自身が「ちゃうかった」の方が馴染んだ言い方になってるのがあれやけど、佐藤虎男(1986)「大阪府方言の研究-9-大阪市域方言の方言地理学的調査-3-」で「ちゃうかった」についても言… https://t.co/maFFcbHdpi
https://t.co/PpJ6d47pPi 井上史雄(2000)「日本語方言学(<特集>音声研究の課題)」 「戦後すぐにGHQは日本人の意識を探るために全国で世論調査を行い, すべてを隠しマイクで録音した。 コピーのテープが東京の図書館に所蔵されており, 研究書が出版された。
https://t.co/LsnLWvsi1Q 1953年の「關西地方の流しと給水設備に關する調査報告」は、名古屋や岐阜も範囲に含めて記述されている。戦後の用例。
https://t.co/2JIraSqia0 野高宏之(2015)「近世大坂の言説に関する一考察」 https://t.co/wKJM21WUwO 野高宏之(2016)「浪花男の男伊達(1)」
https://t.co/2JIraSqia0 野高宏之(2015)「近世大坂の言説に関する一考察」 https://t.co/wKJM21WUwO 野高宏之(2016)「浪花男の男伊達(1)」
https://t.co/SumNDb5RiV 大野仁美(2011)「和歌山県南部方言における文末以外で用いられる『ノ』と『ヨ』に関する覚え書き」。
https://t.co/1dhKGqYCij 加藤貴(2006)「17世紀における江戸の巨大都市化と都市像」。公開されるようになったんやな。
RT @Fuon_P: 富山県の東西における地域差 : 富山市と高岡市のサーベイ調査から - 高山 龍太郎 https://t.co/AfiNCdyhqw 呉西と呉東の地域差が実際にどの程度あるのかを調べた面白いレポートを見つけた。
https://t.co/op4kZThPRL 渡邊秀一(2017)「17世紀初期京都における地域意識 : 17世紀初期板行絵図の分析から」。
https://t.co/mg0tCFI9xl 野邊政雄(2011)「中国地方山村における人口移動の動向--岡山県苫田郡富村の事例」。
https://t.co/twWdodyjhb 鈴木脩平(2017)「名古屋と第三師団 : 濃尾地震での活動に見る地域への影響」 「東春日井郡で起きた地租改正反対運動では住民と政府の間に立って交渉したのが、前藩主の徳川慶勝だった」。
https://t.co/lJMY5aC9QT 竹中亨(2014)「『近しい国ドイツ』の神話 : 明治期日独関係の再考に向けて」 https://t.co/rfzhOzG4vh 竹中亨(2015)「『近代化の模範』から『生活大国』へ : 近現代日本におけるドイツ像の展開」。
https://t.co/lJMY5aC9QT 竹中亨(2014)「『近しい国ドイツ』の神話 : 明治期日独関係の再考に向けて」 https://t.co/rfzhOzG4vh 竹中亨(2015)「『近代化の模範』から『生活大国』へ : 近現代日本におけるドイツ像の展開」。
https://t.co/PWTodiPKv3 杉山伸也(1986)「明治前期における郵便ネットワーク : 〈情報〉の経済史I」
https://t.co/FlGrW1kO9G https://t.co/sWOccg4hGf 1976年から2014年への滋賀県の土地利用分布の変化 https://t.co/yIPDDUJ16S 土地利用の変遷からみた琵琶湖湖岸域における景観変化(1997)
https://t.co/pnu4r3jAL0 谷謙二(2017)「1930年代の東京市における郊外化、工業立地および通勤流動の関係」。
https://t.co/BAumTwyJB8 有末武夫(1963)「わが国における旅客交通の地理学的研究〔抄録〕」。この頃は、こういうのよう出てた気ぃしてるけど。
https://t.co/B7E5kHgAKm 稲垣稜(2014)「大都市圏郊外における中心都市への通勤者数減少の要因に関する考察——1990年代後半以降の奈良県生駒市を中心に——」。
https://t.co/ICOnXS8Vuu 出身 兵庫か。高木千恵(2009)「関西若年層の用いる同意要求の文末形式クナイについて」のクナイかな。東京語に見えて実際に東京で殆ど用いられてへんという。

12 0 0 0 OA チビ君物語

RT @okjma: 「すみません」の変化した形「すいません」の古例として把握できているのは、由利聖子『チビ君物語』の「どうもすみませんネ」 https://t.co/brkyGyFAEn 単行本は1939年。 『少女の友』への連載は1934-36あたりとのことだが、これは未確…
https://t.co/zT1wttZRs3 長谷川香(2017)「近代東京における大喪儀の儀礼空間に関する研究 東京市西部の練兵場と御料地の利用について」
https://t.co/f2bxjJZKAO 李召熙 , 鈴木勉「1965-2000年における大都市圏の通勤距離の変化動向及びその要因に関する研究」 https://t.co/Jdx0LlCNBR 阿部和俊「経済的中枢管理機能からみた日本の主要都市(2015年)」
https://t.co/f2bxjJZKAO 李召熙 , 鈴木勉「1965-2000年における大都市圏の通勤距離の変化動向及びその要因に関する研究」 https://t.co/Jdx0LlCNBR 阿部和俊「経済的中枢管理機能からみた日本の主要都市(2015年)」
https://t.co/oTHyDYuYYm 見浪知信「両大戦間期日本の地域間分業構造-大阪市の貨物集散とその制度的基盤-」の要旨。 https://t.co/FA6yWOEdms 物流からみた戦間期日本の分業構造の分析-四大都市圏の形成・発展-
https://t.co/oTHyDYuYYm 見浪知信「両大戦間期日本の地域間分業構造-大阪市の貨物集散とその制度的基盤-」の要旨。 https://t.co/FA6yWOEdms 物流からみた戦間期日本の分業構造の分析-四大都市圏の形成・発展-
https://t.co/M4QcbcUoRk 高山知明(2017)「他方言と接することによる母語認識の変容」。 近世の話。
https://t.co/Nx3zzaaRIz 川野絵梨(2017)「中世東国文書の言語研究」。 越後。
https://t.co/lOi51lQxgc 「1873年刊ローマ字版ヨハネ福音書の表記法―ハイフンの用法と音便形の多様性を中心に―」。
https://t.co/SGXQZD5Zde 「東海地域における方言使用と印象」(2018) 「〜しろ」より「しやー」の方が「命令表現の強さ」が弱いという結果になってんねんな。
https://t.co/w5hVdX9a6O 福池秋水(2018)「日本語教科書における『ラ行の撥音化』の扱いについて」。 久野マリ子編(2018)『新東京都言語地図 音韻—平成初期の東京ことば—』か。
https://t.co/KFJ5Ozuaoc 酒井雅史,野間純平(2018)「大阪府八尾市方言の素材待遇形式ヤルの機能」 https://t.co/4WdxjZbiLN 上野智子(2018)「『武市瑞山獄中書簡 : 妻及び姉・妹あて』の中の高知方言」
https://t.co/KFJ5Ozuaoc 酒井雅史,野間純平(2018)「大阪府八尾市方言の素材待遇形式ヤルの機能」 https://t.co/4WdxjZbiLN 上野智子(2018)「『武市瑞山獄中書簡 : 妻及び姉・妹あて』の中の高知方言」

1 0 0 0 OA 黙魯庵漫録

https://t.co/sylfGGDrqa 「わけて大阪とは商業、取引、通勤、別居地等に就いて其の関係は非常に濃密で有る為め、言葉の移出入は当然な事で有る」。昭和6年の奈良。
https://t.co/ZV3S7WyGN3 松本隆(2018)「心学道話を加工した明治前期の日本語教材における上方語の扱い―言語規範の新旧交代に外国人はどう向き合ったか―」
https://t.co/mRSzfD0NAu 長谷川奨悟(2012)「近世上方における名所と風景―秋里籬島編『都名所図会』・『摂津名所図会』を中心に―」
https://t.co/G1yfYibTh4 田島優「発想法による挨拶表現の歴史的変遷と地理的分布の総合的研究」 「上方専用の表現だと思われていたオーキニが、江戸においても感謝表現として使用されている例があった。また、江戸におい… https://t.co/AltCpCoYBb
https://t.co/rADRdo7T0U リンク切れしとった。典型的な大阪の否定表現は、岸和田や泉佐野などで比較的根強いていうのは興味深いけど、南雅彦(2017)『社会志向の言語学』の四章て、これと重複した内容なんかなあ?

お気に入り一覧(最新100件)

2 0 0 0 OA 言論叢

西村茂樹「文章論」所収 pp.1-15 国会デジタルコレクションに自筆のものがありますが。 https://t.co/CJeaUyGHBO https://t.co/nRhrwpImGD
蝦夷地と近世北奥羽 : 多様な交流と蝦夷地観(2002) https://t.co/QCs7K8DH8K
近世初期北奥大名の領知高について(1983) https://t.co/ekmitYIWH6
奥羽仕置と東北の大名たち(2004) https://t.co/pd4dgEV414

11 1 0 0 OA 日本大辞書

https://t.co/xsMWvNFvfz 明治東京アクセントの資料である、山田美妙の『日本大辞書』には、「東海道」などは載ってない。
1946-47年撮影の「モージャー氏撮影写真資料」は名古屋の写真が多い。この写真は広小路通側から堀川越しに北西の非戦災地区を撮ったもの。https://t.co/KDDTDc6XpQ https://t.co/xAFwLz7Umb
せめて『神武天皇聖蹟調査報告』(文部省、1942年)(いちおう言及はある)の水準ぐらいは踏まえてほしい。1930年代の学者たちが国策で寄ってたかって神武東征のルートを調べて、結果的にそれがいかに正確に決定し難いかを示したものです。 https://t.co/7FOQ5NWRKs
生田澄江「幕末におけるフランス艦隊の琉球来航と薩琉関係」(『沖縄文化研究』19、1992年)は、1840年代のフランス船の琉球来航によって、琉球が薩摩と清国に両属していることの意味を、幕府が真剣に再検討する契機になったと指摘。 https://t.co/sthXNHKFom
日米和親条約は交易を認めず、薪水など欠乏品の支給を認めていた。だが実際は、欠乏品の名目で反物などの交易が行われた。山本有造「下田「欠乏品交易」とその貨幣問題-ペリーとハリスのはざまで-」(『経済史研究』19)は、その実態を分析。 https://t.co/GvR8rMvXCz
@asaokitan CiNii 論文 -  高さアクセントの記述 : 段、向き、契機、核など(<特集>アクセントの理論) https://t.co/Os3gMW21dx #CiNii
及川将基「日露領土交渉のなかの「是迄仕来」-条約文の解釈と領土観-」(『史苑』65-1、2004年)は、日露和親条約締結の経緯と条約文の解釈を通じて、日本とロシアの領土問題について考える。条約文を解釈する上での問題点も指摘。 https://t.co/rKIcq3w1FI
長谷川亮一博士論文「十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策 : いわゆる「皇国史観」の問題を中心として」(2006年度)https://t.co/ZDOFi7hvaW 全文公開されてた興味深い博論。読まなきゃなあ。
菊池勇夫「松浦武四郎と義経蝦夷渡り伝説」(『キリスト教文化研究所研究年報 民族と宗教』44、2011年)は、源義経と弁慶が生きていて、彼らがアイヌに文化を伝えたとする伝説が史実であるかのように流布されたことと松浦武四郎の関係を考察。 https://t.co/v7vfOnzrfR
「士農工商」がえらく話題になっていたので,大島真理夫「「士農工商」論ノート」(『経済史研究』(大阪経済大)2号,1998年)を読み直してみた。その中で大島氏は,早くは西川如見が「士農工商」という言葉を用いていることを指摘する。→ https://t.co/2O8wrJ1X8g
熊澤恵理子「幕末維新期福井藩政改革と藩校-地方教育史研究の視点から-」(『福井県文書館研究紀要』1、2004年)は、藩政改革において藩校はどのような役割を担ったか、福井藩の明道館を事例に考察。村田氏寿や横井小楠の動向にも言及。 https://t.co/oapbFzkCHG

127 0 0 0 OA 夢二絵手本

竹久夢二が大正時代に刊行した『夢二絵手本』(1923)の少年の絵に「あんまり沢山柿がある」と書いてあります。今なら「すごく沢山ある」、または条件節で「あんまり多すぎたので」としか言わない。90年経つと日本語は変わるね、という例です。https://t.co/GroHdPC5L2
高田祐介「明治維新「志士」像の形成と歴史意識」(『歴史学部論集』2、佛教大学、2012年)は、「志士」の明治25・26年の靖国合祀・贈位、贈位や叙位の慰労者問題を分析(旧土佐藩志士の事例を中心に)。「志士」顕彰の歴史意識を考察。 https://t.co/B1pffDuNYM
PDFあり。 思想戦と「日本地政学」 : 小牧実繁のプロパガンダ活動の展開とその社会的影響 https://t.co/uaDPR4tAbZ アジア・太平洋戦争期の戦略研究における地理学者の役割 : 綜合地理研究会と陸軍参謀本部 https://t.co/ajfnzNpfoi
PDFあり。 思想戦と「日本地政学」 : 小牧実繁のプロパガンダ活動の展開とその社会的影響 https://t.co/uaDPR4tAbZ アジア・太平洋戦争期の戦略研究における地理学者の役割 : 綜合地理研究会と陸軍参謀本部 https://t.co/ajfnzNpfoi
CiNii 論文 -  長州藩尊攘派の形成及び抬頭に関する一考察 https://t.co/rVlSjeus9W #CiNii ↓の文久元年の産物方関連で探していた論文見つけたので #メモ https://t.co/An6ekfPWRt
神崎直美「長門国の徒刑-藩政下および県政初頭までを対象として-」(『史学』72-2、2003年)は、近世後期から明治初期の長州毛利家における徒刑(犯罪者に強制労働を課す刑罰)を考察。神崎氏には『近世日本の法と刑罰』という著書がある。 https://t.co/LnTJHXvw4M
佐野真由子「持続可能な外交をめざして-幕末期、欧米外交官の将軍拝謁儀礼をめぐる検討から-」(『日本研究』48、2013年)は、幕末期に来日した各国外交官の将軍への拝謁儀礼が整備されていく過程を分析し、幕府の対外認識も考察。 https://t.co/OmjnEaCZj0
https://t.co/PK15KLPUmT 現在、「お茶する」などという表現がある。ただし、この類は、明治初期にも、明治政府に仕えることを「朝臣する」と表現する例がある。意外に古くからあるようだ。
及川将基「近世蝦夷地漂着者とアイヌ・松前藩」(『史苑』73-1、2013年)は、漂流民を相互に送還する近世東アジアの国際関係について、松前と蝦夷地への漂流に関しては研究が進展していないと指摘。研究上の留意点を論じる。 https://t.co/LfMTxnfeKs
廣田吉崇「明治前期の「貴紳の茶の湯」」(『日本研究』45、2012年)は、茶の湯の文化が文明開化によって衰退したが、やがて上層階級を中心に復興したとする。明治前期の喫茶文化を、有栖川宮熾仁親王及び東久世通禧の日記を素材に分析。 https://t.co/5v6L2bZhv1
小山直子「明治後期から大正期における紋付羽織袴の社会的地位 : 衆議院委員会で審議された礼服問題」『風俗史学』 (55), 73-107, 2013-11 https://t.co/DpX6h23XcD
山添博史「江戸時代中期に胚胎した日本型「近代的」国際秩序観」(『国際政治』139、2004年)は、寛政期からのロシア南下に対し、日本人が現状の国際秩序がどのようになっているのか関心を強めたことが幕末に活かされたのではないかと分析。 https://t.co/xJ0ayKOpHq
諸 洪一「近代東アジアの黎明に関する一試論」(『札幌学院大学人文学会紀要』96、2014年)は、日米和親条約における日本も日朝修好条規における朝鮮も、伝統社会の論理に従って条約交渉に臨んだことや、両条約交渉の共通点や相違点を検証。 https://t.co/27WuZb0vlM
落合弘樹「幕末政局と木戸孝允」(『明治大学人文科学研究所紀要』76、2015年)は、木戸孝允が、幕末期に政治家としての資質や立場を確立させていく過程を分析。長井雅楽の航海遠略策や島津久光の率兵上京などの動向を見据えて論じる。 https://t.co/iMTeMjJYxq
前田結城「姫路藩における版籍奉還への政治過程」(『Link : 地域・大学・文化 : 神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター年報』5)は、慶応4年から明治2年の版籍奉還建白までの姫路藩の状況や、建白の意図を分析する。 http://t.co/0StUkqoMR7
猪飼隆明「維新の激動と近代福井の成立」(『福井県文書館研究紀要』2、2005年)は、講演録。猪飼氏は福井県生まれだが、熊本の維新史を深く研究している方。福井の維新史を調べると、熊本とは成り立ちが全く違う、その違いが面白いと語る。 http://t.co/o3vrK5msvI
星原大輔「明治5年前後の井上毅」(『ソシオサイエンス』15、2009年)は、井上毅にとって明治5〜6年の渡欧がその後の活躍の足がかりだとした上で、それ以前の井上の事績や思想の研究が少ない状況の打開を目指し、また新史料を紹介したもの。 http://t.co/UEUQZ7EeHP
堅田智子「アレクサンダー・フォン・シーボルトの日本皇室観」(『上智史学』59、2014年)という論文があり、下記リンクから読める。表題の人物は、有名なシーボルトの息子で、アーネスト・サトウの幕末期の同僚にして、明治のお雇い外国人。 http://t.co/Z9W0gVxKIc
安岡昭男「井上馨論」(『国際政治』33、1969年)は、明治12年から20年まで外務卿・外務大臣を務めた井上馨の、外交の特質などを論じる。古い論文なので、安岡氏の著書に再録されているかもしれないが、未確認。 http://t.co/XqE25lDPjm
榎本浩章「文久の参勤交代緩和と幕政改革について」(『法学新報』121-1・2、2014年)は、政事総裁職・松平春嶽と将軍後見職・一橋慶喜による文久幕政改革で実現した参勤交代緩和の意義、実態、緩和のその後の状況などを分析する。 http://t.co/vHO8bddevr
星山京子「徳川斉昭と「有志」大名の情報ネットワーク」(『国際基督教大学学報 3ーA アジア文化研究』25、1999年)という論文がある。従来の徳川斉昭研究が、政治舞台での言動の分析や評価が中心だったことを指摘し、「私」の部分に着目。 http://t.co/AKMu4Iz1GH
下記リンクから、奥田晴樹氏の講演録「幕末政治と立憲政体」(『金沢大学サテライトプラザミニ講演記録』9-2、2008年)を読むことができる。奥田氏は、『立憲政体成立史の研究』(岩田書院)などの著書がある研究者。 http://t.co/gYXSkrjLrm
川口暁弘『明治憲法欽定史』(北海道大学図書刊行会、2007年)という、500ページを超える研究書がある。本書の詳しい内容については、下記リンクにある橋本誠一氏の書評(『法制史研究』58、2009年)参照。書評はかなり手厳しい。 http://t.co/zJJx0PctZk
荒野泰典「近世の日本において外国人犯罪者はどのように裁かれていたか?-明治時代における領事裁判権の歴史的前提の素描-」(『史苑』69)は、幕府が欧米との条約で領事裁判権を認めたことは、伝統的な紛争処理方法に則したものだったとする。 http://t.co/llsgm4uJSi
岡田精一「「佐佐木高行日記」と彼の人生観」(『東京音楽大学研究紀要』9、1984年)。 幕末の土佐出身者として、維新後は侯爵になった佐々木高行について、その日記などを通じて人生観を考察し、明治という時代を読み解く試み。 http://t.co/vDEjv23ukv
小川原正道「征韓論政変後の政府転覆計画」(『武蔵野学院大学研究紀要』3、2006年)は、明治7年1月1日に起きた、芝増上寺の放火事件を分析。小川原氏は別稿で、放火原因について宗教的側面を指摘したが、この論文では政治的側面を考察する。 http://t.co/XPxClkeMrF
吉田松陰を思想史の観点から分析した近年の研究書に、桐原健真『吉田松陰の思想と行動-幕末日本における自他認識の転回-』(東北大学出版会、2009年)がある。 下記リンクから、『年報日本思想史』12に掲載された、岩田真美氏の書評を読める。 http://t.co/kAaEhyBpvG
CiNii 論文 -  室町幕府と南蛮 : <足利の中華>の成立 (伊藤定良教授退任記念号) http://t.co/38B1tMpypN #CiNii
CiNii 論文 -  久住真也著『長州戦争と徳川将軍-幕末期畿内の政治空間-』 http://t.co/EtzKjSGMDj #CiNii
小野雅明「集団勤労作業の組織化と国民精神総動員 宮崎県祖国振興隊を事例として」http://t.co/bgBYmkhEf3
拙稿「禁門の変における薩摩藩の動向について」(『平成25年度神田外語大学第26号紀要』)は、以下からご覧いただけます。 https://t.co/AwuVqn9wdy
石坂尚武「黒死病でどれだけの人が死んだか 現代の歴史人口学の研究から」http://t.co/PjnPo9Kr7r 実に162頁。イタリアの地域ごとでのペストの死亡率とかも出てくる。 「≪峻厳な神≫とペスト的心性の支配」とか「イタリアの黒死病関係史料集」シリーズとかも長いけど。
CiNii 論文 -  光信一宏  フランス旧体制下の外国人の法的地位に関する覚書--「内国人」,「外国人」,「国籍」  『愛媛法学会雑誌』 23(2)、1996年、79-101頁。 http://t.co/x8pMhmkPBf
書評 石井三記「二宮宏之著『フランス アンシアン・レジーム論―社会的結合・権力秩序・叛乱』」『法制史研究』 58巻、2008年、376-386頁。https://t.co/9Z0V6Cbbl9
新着論文 -  田村理「1795年パリの憲法承認国民投票 : 反対票の意味」『専修法学論集』120, 2014年3月、69-101頁。http://t.co/IDaXIBcRYf

20 0 0 0 IR 尊攘論の時代

CiNii 論文 -  尊攘論の時代 http://t.co/Fk83YR0wvh #CiNii

1 0 0 0 OA 闢邪小言 : 4巻

@BlogJoseph 大橋訥庵『闢邪小言』あたりにあるかと思ってざっと見てみたが、http://t.co/WRKxENisCxない。そもそも大橋の大橋の西洋蔑視・排斥は、倫理と物理を連続したものとして捉える「朱子学的な合理的思考」に拠るものだから、(続
「徴兵忌避の手段」http://t.co/wMhlap954n in『兵役須知 : 適令者必携』(大正5年、兵事雑誌社)@近デヂ。一「逃亡または隠匿して行方不明」二「身体を毀傷し疾病を作為」三「検査場にて詐病を申立て・・」四「神仏に祈願」五「学力を偽り家計困難等の事故を作為」・・

2 0 0 0 OA 裁判医学

「徴兵忌避」http://t.co/ogiqMvvZDW in『裁判医学』山本善夫 編 (明治19年)@近デヂ。徴兵逃れのために液体注入で睾丸を膨張させたヒトの実例。スキャンが汚く読みづらかつたのっす。。
この論文を読むと、「インドすげえ!」ってなるけど、推測の領域が多いよう>。長谷川誠一「古代インドの經濟思想とギリシヤへの影響」(http://t.co/QF9n4DELYs)

32 6 0 0 OA 浅草経済学

石角春之助『浅草経済学』(1933)http://t.co/sLdvLqSxKCという本が面白い。観音様のお賽銭の相場から、飲食店、露天商、興業、売春…と言った浅草の各業種の昭和恐慌から立ち直る前の物価が克明かつ面白く描かれている。五銭から十銭が喫茶店の珈琲の相場だったとか…
…決して国民の意志などを眼中に措く必要は無いと心得て居るのである」(野間五造「立法一元論 : 貴族院無用論」1926)http://t.co/tiEsaGS6ea

46 0 0 0 OA 日本漫画史

巷間によく言われるところの「「鳥獣戯画」こそが日本マンガの起源である…」という日本漫画史のフレームワークは、漫画家の細木原青起が『日本漫画史』(雄山閣 1924)http://t.co/09HuXUgJPKで唱えたことに始まるようだ。

8 0 0 0 OA 戦争と貞操

アホ男根主義すぎる。:「戦争は人間を本能的にする。……戦争が女性の性的興奮を来すことはいふまでもないことで、そこに貞節の乱れるのを注意しなければならない」(島影盟『戦争と貞操』(大東京出版社、1937年)への諸岡存による序文)。http://t.co/ht1DIZ9iut

5 0 0 0 OA 厚生新編

ショメルの『家政百科辞典』。Noël Chomel, Dictionnaire oeconomique ( http://t.co/WKm6lGeeF1 )。そして、それの江戸時代の邦訳『厚生新編』( http://t.co/A6cwGviuTx )。
木村洋(2002)"第二次世界大戦期に於ける日本人数学者の戦時研究 (数学史の研究)"  http://t.co/woT1svhLLf
@hayakawa2600 調べましたが、長野県や和歌山県紀の川市、その他地方でも生活改善申し入れがありますね……。昭和11年の生活改善運動まんまの内容なので……http://t.co/gCYnqexLis
【備忘録】「公議政体派」と薩摩倒幕派―王政復古クーデター再考―http://t.co/ts4i1rOIwN あとで読もっと

8 0 0 0 OA 婦人問題

上杉慎吉は売春よりも買春の方を問題視していた。「(娼婦を)金銭を以て誘い、貞操を買う男子をこそ、人道の怨敵と為すべけれ」と断言している(『婦人問題』巌松堂書店、1910、147~148頁)。 http://t.co/cjC7u13Ryr

8 0 0 0 OA 婦人問題

かの上杉慎吉は『婦人問題』(巌松堂書店、1910)という著書の中で、「娼婦存在の原因は、経済的窮迫の状況と、男子の強烈なる性欲に在りと雖も、要するに、婦人の価値を認めず、その人格を無視するに在り」と述べている(136頁)。 http://t.co/cjC7u13Ryr
これか 「1930年前後における京大学生運動」http://t.co/zW29RlEsCp 「1920年代前期における学生運動の諸相(上)」http://t.co/nhhA1OY4ah 「1920年代前期における学生運動の諸相(下)」http://t.co/0dDcXTIBwL
これか 「1930年前後における京大学生運動」http://t.co/zW29RlEsCp 「1920年代前期における学生運動の諸相(上)」http://t.co/nhhA1OY4ah 「1920年代前期における学生運動の諸相(下)」http://t.co/0dDcXTIBwL
これか 「1930年前後における京大学生運動」http://t.co/zW29RlEsCp 「1920年代前期における学生運動の諸相(上)」http://t.co/nhhA1OY4ah 「1920年代前期における学生運動の諸相(下)」http://t.co/0dDcXTIBwL
やっぱり面白そうだな。 KAKEN - 保主主義・性・階級-20世紀初頭イギリス女性警察を通して-(17720196) http://t.co/GkRrvfo4vZ
@nekonoizumi 「レクチャー第一次世界大戦を考える」シリーズ、もうひとつは女性と「制服」の話。面白そう。「カーキ・フィーバー」ってなんだと思ったら、ここにあった。 http://t.co/h6J0mi8YCC
「アメリカにおける統一標準時の導入」http://t.co/laS9v5CpHG 「18世紀末まで、法は神の定めとする意識が強かったアメリカで、19世紀になると、次第に法を社会改革の手段とする考えが強まり始める。これは、以前は時間を神のものと考え、それを人為的に改めることに、(続
「大東亜戦争」以前の調査とはいえ、インドネシア民族運動についての帝国側の評価が知りたい。 南満洲鉄道株式会社経済調査局編『新亜細亜叢書第3 南方民族運動』(昭和17-18年) http://t.co/LrPxn0WRrt
中立売門を突破した長州兵は公卿門へ向かい会桑藩兵と戦闘。突破できず日野邸に籠り銃撃。そこに薩摩砲兵隊が大砲を放つが会桑兵の方に飛んでくるので旗を降って存在を示す(p 33-34)/近代デジタルライブラリー - 桑名藩京都所司代中の事情 http://t.co/SaJohLHKsL
幕府歩兵隊長からの教練。京都邸内で銃工を雇用し、小口径の二ツバンド・3ツバンド施條銃(←ライフル?)300挺位を作成。(p.68‐69)/近代デジタルライブラリー - 桑名藩京都所司代中の事情 http://t.co/SaJohLHKsL
鷹司邸付近には、本来、一橋家の大砲2門があったはずが、変事にはなぜか見当たらないため膠着状態になっていたのを、会津の砲隊が御花畑のほうから大砲を持ってきたようだ(p.36-37)/近代デジタルライブラリー - 桑名藩京都所司代中の事情 http://t.co/SaJohLHKsL
これが詳しそうです。維新史料編纂会による聞き書きですが。同じく加太。/近代デジタルライブラリー - 桑名藩京都所司代中の事情 http://t.co/SaJohLHKsL
震災からの雇用の復興(pdf)http://t.co/kY39vjaX4K「被災者雇用の仕組みを一時的な緊急支援と捉えるか、恒常的な中間的就労の仕組みに発展させるかという論点は、「中間的就労だから低賃金」でよいのかという今後の日本の労働市場の全体像を占う課題につながる」
中央協和会編『内地在住半島同胞銃後美談第1編』(昭和16年)がデジタル化され国会図書館で公開されている http://t.co/BZLqLd56Wn 「内鮮一体」とはかくも残酷なものだったのかとあらためて思い知らされた。これは怒りなくして読めない。まじで。
究極の服従=「自我奉還」! 一億総恍惚化計画とも言える。これだから日の丸はおっかねえ:大日本日の丸会『新体制と自我奉還』1943年 http://t.co/aI3JYYsiFZ 本文中には谷口雅春、石原莞爾への言及もあります。
あと、頭脳警察もびっくりの『日本百年戦争宣言』(高嶋辰彦著、世界創造社、昭和14年)も近デジにあった。http://t.co/q4eIm2IAdO
奇書『支那人は日本人なり』(アジア問題研究所編、世界創造社、昭和14年)が、近デジで読めるなんて!! http://t.co/9wCep5Mr1m
川島四郎先生は、戦後もやらかしていた: 「「人間の肉」を食う栄養学的観察」桜美林短期大学紀要, 家政学編 , 1974年  http://t.co/29Boq5Je
こっちもか。→KAKEN - 農林資源開発の比較史的研究-戦時から戦後へ- http://t.co/N7OiPyph 食肉開発(役牛から役肉兼用牛へ)とか満州移植馬事業とかをはじめとても面白そうなのも多いな。
国民精神総動員運動真っ最中の、教師向け尋常小学校学級経営指南書なんだが、タイトルからして怖い。「非常時尋四(=尋常四年)学級経営の根本義」とか、国会施政方針演説よりもガチガチにカタい。:緒方明吉『革新的尋四学級経営 : 長期建設』近デジhttp://t.co/hMyXlyRg
『小学校長講習会講演録』(長崎県西彼杵郡教育会、1918年, p. 195.)「臀部を手又は笞で打つ事も善くない殊に臀部を打つ事は性欲を興奮せしむる物であるから大に注意せなければならん」何を言ってるんだか。 http://t.co/tDAAnT1s
『小学校長講習会講演録』(長崎県西彼杵郡教育会、1918年, p. 195.)「我国に於て体罰をやつたのは西洋カブレの為めであつた 独逸に行わるゝ体罰を崇拝した為めではあるまいか」 http://t.co/tDAAnT1s
日本の近代教育法では、体罰は1879年の教育令で禁止、1885年の教育令改正で禁止事項削除、1890年の小学校令改正で再び禁止(渋谷徳三郎『教育行政上の実際問題』敬文館、1922年, pp. 100-101.) http://t.co/xnm1asqL

10 0 0 0 OA 官報

小学校令(明治23年勅令第215号、1890年10月7日公布)第63条「小学校長及教員ハ児童ニ体罰ヲ加フルコトヲ得ス」 http://t.co/0zEcnoub

6 0 0 0 OA 官報

小学校令(明治33年勅令第148号、1900年8月20日公布)第47条「小学校長及教員ハ教育上ト認メタルトキハ児童ニ懲戒ヲ加フルコトヲ得但シ体罰ヲ加フルコトヲ得ス」 http://t.co/1LkNFnU1

4 0 0 0 OA 官報

国民学校令(昭和16年勅令第148号、1941年3月1日公布)第20条「国民学校職員ハ教育上必要アリト認ムルトキハ児童ニ懲戒ヲ加フルコトヲ得但シ体罰ヲ加フルコトヲ得ズ」 http://t.co/kXGQUH2e
ホーリネス教会関連では、この香ばしい著書も中田本とともに発禁処分となっていた。:一宮政吉訳『ハルマゲドンの戦争 : 何時おこるか』ホーリネス教会出版部、1933年。国会図書館デジタル化資料 http://t.co/yDg0R3yg
幻に終わった昭和15年の東京オリンピックをあてにした、ダイレクト過ぎる題名のビジネス本w。>「オリンピック東京大会 - 三億円の金が落ちる!何をして一諸けするか!」(読書新聞社編/1936年) http://t.co/iWo8NqSg

40 0 0 0 OA 世界人の横顔

敗戦一年後に出た世界の偉人列伝。「戦勝国」の人間ばかり、かつヨイショが凄いw:「世紀の偉人マツクアーサー元帥」、「天才政治家チヤーチル」、「新生中國の"太陽”蒋介石」、「巨人スターリン」>「世界人の横顔 」(西日本新聞社外信部, 1946)http://t.co/2Tjhk9WD

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CiNii 論文 -  古往来から見た武家の教養 / 書を学ぶ・書で学ぶ https://t.co/4JRgUlX9hK #CiNii
CiNii 論文 -  永正の錯乱以降における細川氏の本庶関係―典厩家を軸として― https://t.co/eO7Jap24Et #CiNii
RT @tateita_HI: @HIRAYAMAYUUKAIN 失礼します。筆者のクレインス氏は、日文研でオランダ平戸商館の往復書簡を研究している方なので、注目するのはそちらかと。 https://t.co/YLuUD3WHio
CiNii 論文 -  『狗張子』注釈(一) https://t.co/QMVdcFCo6v #CiNii
CiNii 論文 -  光厳天皇 : その人と歌(第三十号記念) https://t.co/SouubGZ7dk #CiNii
CiNii 論文 -  『吾妻鏡』に見える地震記事をめぐって : 鎌倉武士の地震観 https://t.co/mWUiIKHJNr #CiNii
RT @Harita_arayshi: 「永遠のニシパ」の松浦武四郎が作った北海道の詳細な地図「東西蝦夷山川地理取調図」は国立国会図書館のデジタルアーカイブで見ることができます。貼り付けたのは室蘭の部分と八雲近傍を拡大したもの。内陸の川の注記がすごい! https://t.co…
CiNii 論文 -  二条良基の除目説(上) : 光明院・洞院公賢の批評の検討を中心に https://t.co/6DshttVLGA #CiNii
CiNii 論文 -  中近世文書にみる尼門跡寺院 https://t.co/pbrIw7ztyw #CiNii
CiNii 論文 -  『太平記』の少弐氏 https://t.co/ZZdn3rSQRZ #CiNii
CiNii 論文 -  北条氏照の領域支配 : 下野国小山領を中心に(駒沢史学会一九九五年度大会発表要旨,彙報) https://t.co/EnG1Gw5w79 #CiNii
CiNii 論文 -  唐船奉行の成立 : 足利義教による飯尾貞連の登用 https://t.co/wu4epqJFMt #CiNii
CiNii 論文 -  中世武士と祖師の生死観(第七部会,<特集>第六十七回学術大会紀要) https://t.co/qrDplRpKQT #CiNii
CiNii 論文 -  五山漢詩の「起源」に關する研究 https://t.co/tEPgwGSkxm #CiNii
CiNii 論文 -  鎮西探題の所在地について(人文・社会科学編) https://t.co/EX1D0uMPrr #CiNii
CiNii 論文 -  懸川開城後の今川氏真と後北条氏(戦国大名論集II,杉山博先生古希記念号) https://t.co/yX4QiZVCNO #CiNii
RT @akabishi2: 《自衛隊広報のエンターテインメント化・ソフト化は自衛隊の社会的イメージの向上には大いに貢献しているものの、自衛官募集にはほとんど影響していないといえるだろう》 エンターテインメント化する自衛隊広報—大規模広報施設フィールドワークからの考察(須藤2…
CiNii 論文 -  藤原氏の氏寺と天台宗の進出についてー法性寺と法成寺について https://t.co/OWwpYnuEG3 #CiNii
CiNii 論文 -  享保前後の新作曲 : 近世謡曲史考 https://t.co/rN2Gji3u3y #CiNii
CiNii 論文 -  『思ひのままの日記』 の成立 : 貞治・応安期の二条良基 https://t.co/zkZdxFwELB #CiNii
CiNii 論文 -  『難太平記』下巻 https://t.co/NVIK1GZbV6 #CiNii
CiNii 論文 -  「頼政」「鵺」、そして「通円」 : 謡曲(能)・狂言姉妹曲の一考察 https://t.co/nJVyngYTwD #CiNii
CiNii 論文 -  1930年代に発見される楠木的なるもの https://t.co/pOx6RWyoAy #CiNii
CiNii 論文 -  『和漢軍譚』と『和漢軍談』 https://t.co/17qYw5UZT9 #CiNii
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CiNii 論文 -  得宗被官による禅院寄進の背景 : 宿屋氏の筑前国芦屋寺の場合(葉貫磨哉先生追悼号) https://t.co/3x2UW9DDEZ #CiNii
@HIRAYAMAYUUKAIN 失礼します。筆者のクレインス氏は、日文研でオランダ平戸商館の往復書簡を研究している方なので、注目するのはそちらかと。 https://t.co/YLuUD3WHio
CiNii 論文 -  <論文>『伽婢子』論 : 乱世を語る方法 https://t.co/KRdkul7sFE #CiNii
CiNii 論文 -  琉球使節の北京滞在期間 : 清朝との通交期を中心に https://t.co/EByi3ArzZ6 #CiNii
CiNii 論文 -  有馬湯の鎮守社、湯泉神社について https://t.co/4Zl0RoyMH3 #CiNii
CiNii 論文 -  「香藏院珎祐記録」に見る鶴岡の供僧たち(駒沢史学会一九九五年度大会発表要旨,彙報) https://t.co/ddYMAM5RCs #CiNii
CiNii 論文 -  細川氏内衆の存在形態〔小特集 : 宝珠院文書から見る中世後期の尼崎〕 https://t.co/2Z7L0GO1fA #CiNii
CiNii 論文 -  藤原氏の氏寺と天台宗の進出についてー法性寺と法成寺について https://t.co/OWwpYnuEG3 #CiNii
CiNii 論文 -  大犯三箇条の成立について https://t.co/TEW41winuc #CiNii
CiNii 論文 -  史料紹介・上杉憲政文書集 : 山内上杉氏文書集3 https://t.co/DH8ls8FL9V #CiNii
CiNii 論文 -  『鎌倉年中行事』にみる鎌倉府の着装規範 : 鎌倉公方の服飾を中心として https://t.co/qx09cLocQr #CiNii
PDFあり。 ⇒君島彩子 「「平和の象徴」としての観音像 ―山崎良順による平和観音像の寄贈活動―」 『佛教文化学会紀要』25号(2016) https://t.co/62MgI3SQ3U
PDFあり。 ⇒大橋信行 「回峰行が修行僧の身体に与える影響について」 『佛教文化学会紀要』25号(2016) https://t.co/9FAUf0bsoZ
渡邊 麻里「歌舞伎イヤホンガイド前史―1960年アメリカ公演における同時通訳―」 『文化資源学』16巻 (2018) https://t.co/HdPABjcABf 「1975年、歌舞伎座において、日本人のための日本語による、同… https://t.co/btanXiLaNk
RT @BungakuReportRS: 渡邊 麻里 - 歌舞伎イヤホンガイド前史―1960年アメリカ公演における同時通訳― https://t.co/dPikEQJPNW
CiNii 論文 -  初期室町幕府における訴陳状の送達について https://t.co/z66LHNEPd5 #CiNii
明治2年6月6日(1869年7月14日)、鵜殿鳩翁(長鋭)が死去。幕臣で、日米和親条約交渉に携わり、文久3年に浪士組取扱。永井尚志は、「人材登庸を重んし、職掌を辱めす」と評した(河内八郎「伊達宗城とその周辺(続)」『茨城大学人文学… https://t.co/Xm5slYzUve
CiNii 論文 -  『今昔物語集』と『将門記』に見える兵[つはもの]像について https://t.co/rfNbcTq84G #CiNii
CiNii 論文 -  鎌倉武士と夢 : 吾妻鏡を中心に(第八部会,<特集>第六十七回学術大会紀要) https://t.co/5a3qkxZIT2 #CiNii
CiNii 論文 -  忠快小論 : 頼朝と慈円を繋ぐ人物として https://t.co/XyvF0riFJU #CiNii
CiNii 論文 -  「竹むきが記」人物考証 : 宰相典侍・妹の君・女院の御方・やうせいのことなど(冨倉徳次郎先生退任記念號) https://t.co/h1FcLula1X #CiNii
CiNii 論文 -  御伽草子『月林草』にみる室町期の食文化(上) : 擬人表現に嵌め込まれた食の実際 https://t.co/APtFz0a34K #CiNii
CiNii 論文 -  中世中期における「見懲らし」について https://t.co/zlbcEqMEKc #CiNii
CiNii 論文 -  続『大友記』の写本考 https://t.co/FiziWS6TXp #CiNii
CiNii 論文 -  平安時代の多武峯寺と興福寺--対立・抗争について https://t.co/k0Sj5qj4Z4 #CiNii
CiNii 論文 -  有馬湯の鎮守社、湯泉神社について https://t.co/4Zl0RoyMH3 #CiNii
永岑三千輝「第三帝国の膨張政策とユダヤ人迫害・強制移送 1938:最近の史料集による検証」『横浜市立大学論叢 社会科学系列』70巻2号(2019年)193-227頁(https://t.co/I7xixVS3Ur)読了。最新の史料… https://t.co/Pk0g4zk7Hv
CiNii 論文 -  榊原忠次の文事 (一) https://t.co/xvsBXi1kQy #CiNii
CiNii 論文 -  時宗寺院の火葬場と三昧聖 : 中近世京都の二つの史料から https://t.co/WhGTGKdKta #CiNii
CiNii 論文 -  室町時代の神宮と仏教 https://t.co/1y8rs7GZ50 #CiNii

32 1 1 0 OA 足利直義論

CiNii 論文 -  足利直義論 https://t.co/unxMJdOsem #CiNii
CiNii 論文 -  鎌倉幕府財政制度試論 : 関東御公事と関東御領(日本史学専攻,一九九七年度修士論文要旨,彙報) https://t.co/cTTDqCId2u #CiNii
CiNii 論文 -  歴史家の見た御伽草子『猫のさうし』と禁制 https://t.co/QLVfHh3jwo #CiNii
今回のブラタモリ「京都・西陣編」の参考文献その4。高橋俊也ほか2009「「蓮台野」(京都左大文字山麓)の空間的特質に関する考察」『日本建築学会計画系論文集』637。近代における西陣の市街地拡大について。https://t.co/QddFAxs4Rx #ブラタモリ #西陣 #船岡山
CiNii 論文 -  堺打越制度に関する一考察 https://t.co/zIx3Il33eV #CiNii
今回のブラタモリ「京都・西陣編」の参考文献その3。山田邦和1996「京都の都市空間と墓地」『日本史研究』409。京都の葬送地に関する歴史的変遷の基礎文献です。 https://t.co/Yc29nYZHrQ #ブラタモリ #西陣
CiNii 論文 -  鎌倉幕府と官職制度 : 成功制を中心に https://t.co/P0jrjpCGYQ #CiNii
CiNii 論文 -  鎌倉期悪党禁令中に現われる「傍輩」の語義の再検討 https://t.co/4rYgYkH7uI #CiNii
CiNii 論文 -  『平治物語絵巻』常盤巻考 https://t.co/oDKY241iG4 #CiNii
CiNii 論文 -  室町後期の能と能面 -能作者別に見る能面用法の変遷- https://t.co/YrTr8DMxRn #CiNii
RT @siberia_cake: 宮沢賢治「飢餓陣営」のバナナン大将のモデルは立花小一郎というのを見つけた。https://t.co/ryCCjR9oP3
CiNii 論文 -  天文法華一揆と「町人」組織 : 惣町の展開を中心に https://t.co/BImAsFn0Wj #CiNii
CiNii 論文 -  古往来から見た武家の教養 / 書を学ぶ・書で学ぶ https://t.co/4JRgUlX9hK #CiNii
CiNii 論文 -  戦国大名間外交における取次 : 甲斐武田氏を事例として https://t.co/Wwev4JHycc #CiNii
CiNii 論文 -  群議・沙汰・評定 : 鎌倉幕府における合議制の起源 https://t.co/n3v7cgn7PD #CiNii
CiNii 論文 -  守護斯波氏の遠江国支配機構 https://t.co/PaSvlsd0AJ #CiNii
CiNii 論文 -  石川淳「八幡縁起」考 https://t.co/GH7tCMSQmA #CiNii
CiNii 論文 -  葬式仏教の誕生(第五十七回智山教学大会講演) https://t.co/nXcmUeISwe #CiNii
CiNii 論文 -  院政期における中央軍制について https://t.co/XwcnjScjJO #CiNii
CiNii 論文 -  堀越公方と室町幕府―奉行人布施為基の軌跡― https://t.co/4NGelqlQQC #CiNii
CiNii 論文 -  室町幕府と南蛮 : <足利の中華>の成立 (伊藤定良教授退任記念号) https://t.co/38B1tM7XhJ #CiNii
RT @zasetsushirazu: 明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗以来行わ…
CiNii 論文 -  鎌倉期足利氏の族的関係について(国史,第五〇巻記念号) https://t.co/XdEzsWAMiv #CiNii
CiNii 論文 -  二条良基の除目説 (下) 摂関家説の伝授をめぐって https://t.co/7OPDLIlSby #CiNii
明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗… https://t.co/4lKvXaygaN
CiNii 論文 -  近世の武家昵近公家衆 https://t.co/n9Wv0JfaY4 #CiNii
CiNii 論文 -  鎌倉府における所務沙汰権の変遷 https://t.co/d0q3n99MO8 #CiNii
CiNii 論文 -  南北朝時代における怨霊鎮魂問題と足利将軍家の位相 https://t.co/Oo6MRaEN2f #CiNii
広義のアラブと言うのは初めて聞きましたし、よくわからないのですが、杉田英明先生・著『日本人の中東発見』や松本ますみ先生の論文『アラビアンナイト』と日本におけるイスラーム認識 https://t.co/4oQnUcHm7M
RT @Carex_minima: 車で走ってて「冬でもないのに竹が枯れてるやん。強烈な除草剤でもぶっかけたか?」と思ったけどピンときた。「開花だ!」 竹の開花は100年に1度らしいけど、有性生殖の機構はどうなってるんやろかと調べたら、超面白かった。和文落ちてるのホント有難い…
CiNii 論文 -  軍事関係文書からみた京都 : 南北朝期の京都合戦 https://t.co/DpT5dzeSzP #CiNii

11 1 1 0 OA 太平記小論

CiNii 論文 -  太平記小論 https://t.co/RKUG6kNReW #CiNii
CiNii 論文 -  近世前期における明末「随筆」の受容-『徒然草』受容の一側面- https://t.co/fT2e0RgplQ #CiNii
CiNii 論文 -  竹むきが記 : 三大危機の只中に立って(<特集>中世・危機と「文学」) https://t.co/GlGF9nAmDG #CiNii

26 1 1 0 OA 曹洞宗の成立

CiNii 論文 -  曹洞宗の成立 https://t.co/olemwh2h9p #CiNii
CiNii 論文 -  『平家物語』から謡曲、そして古浄瑠璃へ : 「木曽最期」を語った古浄瑠璃の様相 (終刊号) https://t.co/SgRKdLJ8EQ #CiNii
CiNii 論文 -  室町幕府奉行人奉書の一特徴について https://t.co/IQVE4AVvGQ #CiNii

12 3 2 0 OA 二条為明の生涯

CiNii 論文 -  二条為明の生涯 https://t.co/xTSXo0VObX #CiNii

57 1 1 0 OA 南北朝正閏論争

CiNii 論文 -  南北朝正閏論争 https://t.co/nPlOd4lyh7 #CiNii
CiNii 論文 -  西行と慈円(最終講義,大隅和雄教授退職記念) https://t.co/3BAf52r9rz #CiNii
CiNii 論文 -  忠快小論 : 頼朝と慈円を繋ぐ人物として https://t.co/XyvF0riFJU #CiNii
CiNii 論文 -  宝剣喪失、密教と神話の間の王権論(中)『愚管抄』と延慶本平家物語の関係をめぐって https://t.co/n1U77aRhCY #CiNii
@takeda25 このレビューの方は具体的な文献に言及してますね https://t.co/KHZ4T7eqeZ
CiNii 論文 -  結城秀康文書の基礎的研究 https://t.co/oZUCs1EHyH #CiNii
慶応4年5月22日(1868年7月11日)、益満休之助が死去。江戸の撹乱工作を主導した。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50)は、江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件で逮捕され、勝海… https://t.co/0SxH1qXlf7

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RT @tateita_HI: @HIRAYAMAYUUKAIN 失礼します。筆者のクレインス氏は、日文研でオランダ平戸商館の往復書簡を研究している方なので、注目するのはそちらかと。 https://t.co/YLuUD3WHio
RT @akabishi2: 《自衛隊広報のエンターテインメント化・ソフト化は自衛隊の社会的イメージの向上には大いに貢献しているものの、自衛官募集にはほとんど影響していないといえるだろう》 エンターテインメント化する自衛隊広報—大規模広報施設フィールドワークからの考察(須藤2…
RT @akabishi2: 《自衛隊広報のエンターテインメント化・ソフト化は自衛隊の社会的イメージの向上には大いに貢献しているものの、自衛官募集にはほとんど影響していないといえるだろう》 エンターテインメント化する自衛隊広報—大規模広報施設フィールドワークからの考察(須藤2…
RT @kurubushi_rm: いやいや、市町村立の図書館でもレファレンス・サービスはやってます。 2011年の調査 https://t.co/PQXSD3NXeX ですが、全国の公立+大学の図書館4000館の解答があり、うちレファレンス実績がなし+無回答は880館ほど。つ…
RT @zasetsushirazu: 明治2年6月6日(1869年7月14日)、鵜殿鳩翁(長鋭)が死去。幕臣で、日米和親条約交渉に携わり、文久3年に浪士組取扱。永井尚志は、「人材登庸を重んし、職掌を辱めす」と評した(河内八郎「伊達宗城とその周辺(続)」『茨城大学人文学部紀要…
PDFあり。 ⇒君島彩子 「「平和の象徴」としての観音像 ―山崎良順による平和観音像の寄贈活動―」 『佛教文化学会紀要』25号(2016) https://t.co/62MgI3SQ3U
PDFあり。 ⇒大橋信行 「回峰行が修行僧の身体に与える影響について」 『佛教文化学会紀要』25号(2016) https://t.co/9FAUf0bsoZ
渡邊 麻里「歌舞伎イヤホンガイド前史―1960年アメリカ公演における同時通訳―」 『文化資源学』16巻 (2018) https://t.co/HdPABjcABf 「1975年、歌舞伎座において、日本人のための日本語による、同… https://t.co/btanXiLaNk
RT @BungakuReportRS: 渡邊 麻里 - 歌舞伎イヤホンガイド前史―1960年アメリカ公演における同時通訳― https://t.co/dPikEQJPNW
明治2年6月6日(1869年7月14日)、鵜殿鳩翁(長鋭)が死去。幕臣で、日米和親条約交渉に携わり、文久3年に浪士組取扱。永井尚志は、「人材登庸を重んし、職掌を辱めす」と評した(河内八郎「伊達宗城とその周辺(続)」『茨城大学人文学… https://t.co/Xm5slYzUve
RT @heero108: 永岑三千輝「第三帝国の膨張政策とユダヤ人迫害・強制移送 1938:最近の史料集による検証」『横浜市立大学論叢 社会科学系列』70巻2号(2019年)193-227頁(https://t.co/I7xixVS3Ur)読了。最新の史料集であるVEJ(ht…
永岑三千輝「第三帝国の膨張政策とユダヤ人迫害・強制移送 1938:最近の史料集による検証」『横浜市立大学論叢 社会科学系列』70巻2号(2019年)193-227頁(https://t.co/I7xixVS3Ur)読了。最新の史料… https://t.co/Pk0g4zk7Hv
RT @zasetsushirazu: 明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗以来行わ…
RT @washou3956: PDF公開。竹井英文「中近世移行期利府地域史の研究」(『東北学院大学東北文化研究所紀要』50、2018年12月)「城館と街道を中心に戦国期の利府地域の構造を明らかにしつつ、近世初頭にかけて利府地域がどのように変化していったのか、具体的に明らかにし…
RT @zasetsushirazu: 明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗以来行わ…
RT @Carex_minima: 車で走ってて「冬でもないのに竹が枯れてるやん。強烈な除草剤でもぶっかけたか?」と思ったけどピンときた。「開花だ!」 竹の開花は100年に1度らしいけど、有性生殖の機構はどうなってるんやろかと調べたら、超面白かった。和文落ちてるのホント有難い…
明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗… https://t.co/4lKvXaygaN
広義のアラブと言うのは初めて聞きましたし、よくわからないのですが、杉田英明先生・著『日本人の中東発見』や松本ますみ先生の論文『アラビアンナイト』と日本におけるイスラーム認識 https://t.co/4oQnUcHm7M
RT @Carex_minima: 車で走ってて「冬でもないのに竹が枯れてるやん。強烈な除草剤でもぶっかけたか?」と思ったけどピンときた。「開花だ!」 竹の開花は100年に1度らしいけど、有性生殖の機構はどうなってるんやろかと調べたら、超面白かった。和文落ちてるのホント有難い…

7 2 2 0 OA 計画経済批判

【計画経済批判:デジタルコレクション】 山本勝市 #web https://t.co/0p1QBK5n6n 市場経済の阻害につながる、統制経済・計画経済の問題点を理論的に批判した、「所謂統制経済論を評す」などの論文集の閲覧ページ。 #経済 #デジタル
慶応4年5月22日(1868年7月11日)、益満休之助が死去。江戸の撹乱工作を主導した。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50)は、江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件で逮捕され、勝海… https://t.co/0SxH1qXlf7
RT @quiriu_pino: 中世日本の「古代から逸脱するも、古代以上のモデルがあるわけでもなく、古代の規範性がダラダラ続く」状態を、今のポストモダン的な状況と似ているとするエッセイ。ちょっとおもしろい。 佐藤 雄基「日本中世史は何の役に立つのか : 史学史的考察と個人的…
RT @Carex_minima: 車で走ってて「冬でもないのに竹が枯れてるやん。強烈な除草剤でもぶっかけたか?」と思ったけどピンときた。「開花だ!」 竹の開花は100年に1度らしいけど、有性生殖の機構はどうなってるんやろかと調べたら、超面白かった。和文落ちてるのホント有難い…
RT @Carex_minima: 車で走ってて「冬でもないのに竹が枯れてるやん。強烈な除草剤でもぶっかけたか?」と思ったけどピンときた。「開花だ!」 竹の開花は100年に1度らしいけど、有性生殖の機構はどうなってるんやろかと調べたら、超面白かった。和文落ちてるのホント有難い…
RT @quiriu_pino: 中世日本の「古代から逸脱するも、古代以上のモデルがあるわけでもなく、古代の規範性がダラダラ続く」状態を、今のポストモダン的な状況と似ているとするエッセイ。ちょっとおもしろい。 佐藤 雄基「日本中世史は何の役に立つのか : 史学史的考察と個人的…
PDFあり。 ⇒ゴティエ・アルバン/井上みどり訳/小澤実解説 「シャルルマーニュの食卓にて : カロリング期ヨーロッパにおける飲食」 『史苑』79巻2号 (2019-5) https://t.co/JBtac2HtxP
PDFあり。 ⇒諫早庸一 「天文学から見たユーラシアの一三世紀―一四世紀 : 文化の軸としてのナスィール・アッディーン・トゥースィー(一二〇一―一二七四年)」 『史苑』79巻2号 (2019-5) https://t.co/ObBnGCREQP
RT @nekonoizumi: PDFあり。 ⇒渡邉剛 「黒板勝美とエスペラント : 歴史家における「言語」と「民族」の発見」 『史苑』79巻2号 (2019-5) https://t.co/uz2AjOEflU
PDFあり。 ⇒大谷哲 「インターネット歴史学コンテンツと社会への発信 : 「せんだい歴史学カフェ」の活動より」 『史苑』79巻2号 (2019-5) https://t.co/GuhzClYH6q
PDFあり。 ⇒渡邉剛 「黒板勝美とエスペラント : 歴史家における「言語」と「民族」の発見」 『史苑』79巻2号 (2019-5) https://t.co/uz2AjOEflU
RT @quiriu_pino: 中世日本の「古代から逸脱するも、古代以上のモデルがあるわけでもなく、古代の規範性がダラダラ続く」状態を、今のポストモダン的な状況と似ているとするエッセイ。ちょっとおもしろい。 佐藤 雄基「日本中世史は何の役に立つのか : 史学史的考察と個人的…
RT @BungakuReportRS: 法月 敏彦 -  忘れえぬ演劇研究者―飯塚友一郎― https://t.co/BAbrMlKjYl