せん (@senryusai)

投稿一覧(最新100件)

https://t.co/5W4oExWUaF 王鼎(2020)「清末における湖北省の軍事留学生 : 成城学校・陸軍士官学校を手がかりとして」。
RT @baritsu: というような事が「戦前期日本のデザイン界における第一次世界大戦ポスターの受容と影響2」に出てた https://t.co/DqptKhVDz1
https://t.co/psZdGhqC6P 西村浩子(2020)「研究ノート:大正期の少女のことばと生活:愛媛県上浮穴郡久万高原町大川土居家の子ども(土居芳枝)の日記から」 「この資料には、日々の生活が方言交じりで記録され、当時の子どもの生活やことばが分かる資料となっている」。
RT @zasetsushirazu: 間瀬久美子「近世後期の朝廷と幕府の災害祈禱」(『千葉経済論叢』61、2019年)によれば、幕末の京都朝廷が行う祈祷は攘夷問題が大半となり、一方で幕府は地震災害に関連する祈祷を推進。内憂外患で権威を喪失した幕府は、祈祷の発令で権威の回復を企…
https://t.co/AG0aV5AY7m 谷口眞子(2020)「思想史と軍事史の架橋 -西周「兵家徳行」をめぐって-」
https://t.co/jrxze2ocgb 吉田勉(2012)「19世紀蒸気船の時代における帆船 : 研究序説」。 https://t.co/HH5z0GjpJI 王子龍(2018)「近代中国航運市場の概観:海関統計を中心に」。
https://t.co/jrxze2ocgb 吉田勉(2012)「19世紀蒸気船の時代における帆船 : 研究序説」。 https://t.co/HH5z0GjpJI 王子龍(2018)「近代中国航運市場の概観:海関統計を中心に」。
この論文も今は公開されてる。 https://t.co/bvYF4zF5OE https://t.co/NklAagSYIq
https://t.co/e8LNC9vAqv 山本進(2020)「朝鮮前期の倭銅鑞輸入」。
https://t.co/OoZLQa2gYD 入江さやか,金明哲(2019)「方言録音文字化資料における拍bigramから見た方言分類 岐阜・愛知方言の所属は東か西か」
https://t.co/A72mXDLFnY 真辺将之(2011)「明治期『旧藩士』の意識と社会的結合 : 旧下総佐倉藩士を中心に」。
RT @nolnolnol: 内山 一幸 -  東京の中の旧藩 : 元貢進生清水彦五郎の役割を中心に https://t.co/Cn8MjsdhZY #CiNii
https://t.co/TeZv0F6mzM 峪口有香子, 桐村喬(2014)「Twitter 投稿データにみられる地域方言の分析」 四国より中国地方の方が進行態と結果態の区別の衰退が進んでるとは知らんかった。
https://t.co/DY2cXTK2Fd 橋田光太郎(2017)「映画館数からみた戦前の福岡県と北九州地区」
https://t.co/eHPCHV09Ku 印牧真明(2017)「近代京都における鉄道と名所変化」
https://t.co/4ocZyWCDpF 柴田陽一(2017)「日本における訳語『地政学』の定着過程」
https://t.co/1ztX9LjFGi 山口覚(2017)「イメージの向こうの集団就職―移動制度の時空間をめぐる再検討―」
https://t.co/W42Ta9Cdzd 松岡恵悟, 飯塚隆藤(2015)「京都市における近代洋風住宅の存続・消失傾向」 https://t.co/Zc5q4tHNbk 長島雄毅(2014)「近世中後期における三井越後屋京本店の奉公人出身地とその変化」
https://t.co/W42Ta9Cdzd 松岡恵悟, 飯塚隆藤(2015)「京都市における近代洋風住宅の存続・消失傾向」 https://t.co/Zc5q4tHNbk 長島雄毅(2014)「近世中後期における三井越後屋京本店の奉公人出身地とその変化」
https://t.co/3DPsmhIaJW 塩川奈々美, 峪口有香子(2015)「九州北部地域における方言の共通語化」 https://t.co/QKCqmswT1H 塩川奈々美, 久保博雅, 林琳, 峪口有香子, 陳英, 塚本章宏, 岸江信介(2014)「日本列島東西境界域における地域言語のアスペクト分布」
https://t.co/3DPsmhIaJW 塩川奈々美, 峪口有香子(2015)「九州北部地域における方言の共通語化」 https://t.co/QKCqmswT1H 塩川奈々美, 久保博雅, 林琳, 峪口有香子, 陳英, 塚本章宏, 岸江信介(2014)「日本列島東西境界域における地域言語のアスペクト分布」
https://t.co/vl0hXjLVQN 日野正輝(2014)「中学社会科教科書から見た東北地方のイメージの変化」
https://t.co/XizubKN8Cu 純化論の観点から見た近代国語観の多様性に関する歴史的研究 「戦前期の『帝国教育』『郷土教育』『国語教育』等の教育関係中央誌の国語関係記事に加えて、すべての都道府県に設置された地方教育会において明治期から戦前期までに
https://t.co/JtDfnk9wxs 兎内勇津流, 松重充浩(2020)「荒木貞夫の口述記録―『シベリア出兵』について―」。
https://t.co/wHsTHVZTg8 滝川美穂(1997)「富山県呉西地域における命令表現の体系」 「『方言文法全国地図』の命令形の地図を見ると、富山県呉西地域は形式のばらつきが大きく、分布が不明瞭であるが、それは当該地域の命令表現が、複数の方言形の形式を、
https://t.co/bdT6Xec2oG 加澤昌人(2020)「米沢を離れた旧米沢藩士の上杉神社の崇敬:屯田兵による神社の建立及び米澤有爲會支部における遥拝式から」。 ちなみに2018年に「米沢藩における上杉憲政の祭祀」も出てる。
https://t.co/9vQ8uJ7Aep 彦坂佳宣(2005)「原因・理由表現の分布と歴史-『方言文法全国地図』と過去の方言文献との対照から」。
https://t.co/nwvRu60Ue5 三宅俊浩(2019)「近世後期尾張周辺方言におけるラ抜き言葉の成立」。
https://t.co/PIgebwZ9u9 明石芳彦(2020)「大都市の産業活動と事業数・従業者数に関する基本的実態分析」 データが色々。
RT @rin9yuu: 山﨑善弘「近世地域社会論の動向と課題―個別性の把握と一般化・普遍化の両立に向けて―」(『東京未来大学研究紀要』第14号、2020年、221-231頁)のPDFが公開されていた。 https://t.co/R1DZHvE3Ki
https://t.co/eS5ea49qSG 西山由倭(2019)「『ナケレバヤマナイ』と近代当為表現諸形式との関係」
https://t.co/VNs91nbSNq 「文献に残る方言から見る方言意識の基礎的研究」藤本真理子
https://t.co/m5aCCQAhU0 福島直恭(2020)「後期江戸語の行為要求表現方式『ねえ』に関する一考察」。
https://t.co/PQ2yNRa9yw 近世初期の京都・大坂・伏見の関係からみた首都の多元性 研究課題 研究代表者 谷徹也 「本研究では、京都・伏見・大坂(さらには淀・名護屋、江戸・駿府)を複数の首都として捉え、それぞれの役割と関係性を検討することによって、近世初期における首都の多元性、
https://t.co/a0146eF3uq 熊谷滋子(2020)「方言敬語の語られ方と近代主義 : 方言研究にみる近畿中心主義」 https://t.co/uR8LuR7C7D 峪口有香子, 岸江信介, 桐村喬(2019)「Twitter データを利用した言語地理学的研究の可能性」
https://t.co/a0146eF3uq 熊谷滋子(2020)「方言敬語の語られ方と近代主義 : 方言研究にみる近畿中心主義」 https://t.co/uR8LuR7C7D 峪口有香子, 岸江信介, 桐村喬(2019)「Twitter データを利用した言語地理学的研究の可能性」
『京都〜大阪間方言グロットグラム』(1994)では、大阪市内では「行けへん」(行かない)が有力だが、市外では「行かへん」(行かない)も増えるとあったかな。ここにそのグロットグラムが載ってる論文があった。https://t.co/8KDaIvH3jn
エ段接続型ヘンが現在最も根強いのは中泉(岸和田、貝塚、泉佐野など)と言われている(南雅彦(2013)「地域方言における変異形の併存状況」)。 https://t.co/rADRdo7T0U
https://t.co/ZV3S7WyGN3 松本隆(2018)「心学道話を加工した明治前期の日本語教材における上方語の扱い―言語規範の新旧交代に外国人はどう向き合ったか―」というのも近年出ている。

1 0 0 0 研究史

https://t.co/n3KRuBocQL ここに金子弘先生の村上謙(2015)「近世語研究の学史的展開」評がある。「標準的日本語が、江戸中期において京阪語から江戸語に移ったとする見方がある」に対して、近世語研究が「標準語の理論的保証としての史的遡上という研究スタンスをとる以上、
https://t.co/bkFNa0uHV8 森西カンナ(2018)「和歌山県紀北地方にみられる伝統的な方言使用の減少について」。これも公開されてた。しかし、これの設問は「ん?」なところが少々ある。「青タン」はたしか北海道→東京→各地へ、でそれを大阪方言の項目に入れとくんが適切なのかどうか、等。

1 0 0 0 OA 経済風土記

https://t.co/sJYn2hGYgf 「島の人の言葉にどうかすると上方風の調子やアクセントを聞く「さうやなあー」とある村の村長がいつて驚いた。ところがまたある島の文人に会つて話をしているうちに「さうやさかいー」を耳に入れて、いよいよ京都風味に接したなと思つた」。
https://t.co/ISBiFYI1tX https://t.co/321R58rTee 昭和初期の『岐阜県郷土研究』(1938)でもこれについて調べてるけど、ざっくりした感じ。
https://t.co/ISBiFYI1tX https://t.co/321R58rTee 昭和初期の『岐阜県郷土研究』(1938)でもこれについて調べてるけど、ざっくりした感じ。
https://t.co/YiOLFbbUkF 稲垣稜(2019)「奈良都市圈の変容に関する研究」 「一般に大都市圏郊外は、中心都市への通勤率によって定義されるため、郊外都市の通勤圏は看過されがちであるが、ここで明らかなように郊外都市の通勤圏もかなり広い」。
https://t.co/Ww5bo3HbjF 上林葵(2019)「関西方言における終助詞的断定辞「ジャ」の機能」 https://t.co/4f0JTqNwXD 森勇太(2019)「近世後期洒落本に見る行為指示表現の地域差─京・大坂・尾張・江戸の対照─」。
https://t.co/Ww5bo3HbjF 上林葵(2019)「関西方言における終助詞的断定辞「ジャ」の機能」 https://t.co/4f0JTqNwXD 森勇太(2019)「近世後期洒落本に見る行為指示表現の地域差─京・大坂・尾張・江戸の対照─」。

1 0 0 0 OA 山県郡志

https://t.co/N23bf8ZAl6 大正期の『山県郡志』にソレジャデと共にソレジャニヨッテが記述されてるから驚いたけど、山田敏弘「美濃方言の原因・理由表現」に明治後半生まれの話者の資料にニヨッテが登場すると記述されてた(現在は「調査したくても衰退著しい形式である」)。 https://t.co/mIm0GhAb54

1 0 0 0 OA 緩急車

https://t.co/gVKo8SIqoB 桐生悠々(大正5-7)「緩急車. 第3集」。 「昔の江戸ッ児の気質は今や其隣県たる群馬、茨木、千葉県人の移住によつて、跡形もなく破壊された」

1 0 0 0 OA 福博誌

https://t.co/PbboSfvsz6 伊東尾四郎(1902)『福博誌』 「『さよーなら』と称するものも亦少なからず、『そーですたい』などいふ東京語と土地の語と混合したるものを聞くこと、敢て珍しからず、或は又『おまへん』流の京坂語を巧みにするものあり」。 こういうことが観察されたらしい。
https://t.co/3EoEiERXt3 佐々木吉三郎『国語教授法集成. 上巻』。 「中国地方は、東京を唯一の中心と仰いでは居らないで、大坂とか、京都とかいふものを、中心として立てなければならぬ様になつて居り、つまり、東京語に対しては、陪臣の地位に立つといふ嫌がある」
https://t.co/PZtky7WyNv 徐茜「近代日本人が描く「中国」に関する研究」 たまたま見つけた。
https://t.co/yhrr6Hnz58 桐村喬(2019)「1930年代半ばの東京・京都におけるホワイトカラーの居住地分布 : 電話帳に基づく分析」。
あと、これとか。 https://t.co/MDnoDrUcgr 喜田貞吉「形式の上では、京都は依然として帝都であり、天皇の御即位や、大嘗祭の御儀式は、必ずここで御挙行相成るべく御規定になつて居るのである」。

1 0 0 0 OA 大礼眼目

https://t.co/IezT1PGolS 昭和初頭に三浦周行が(京都は)「永久に古帝都としての光栄を失はないことが出来たばかりか、ある意味においては、今なほ帝都の延長であるかの感を起こさせるに至つた」て書いてたんが思い出される。
中井幸比古さんの論文ではこう指摘されてたな。明治後半〜大正頃生まれの方言に馴染みがない世代が「擬古方言」を演出しようとして誤りが生じている例が発生している。京都の「擬古方言」も然り。 https://t.co/J5fCz8gZxS
カラについては、矢島正浩(2007)「五代目笑福亭松鶴落語における原因・理由表現の用法」で、明治後期から大正期の大阪落語でのカラの使用率が載ってんな。https://t.co/EiOH4kJ5eK
https://t.co/i6vULWTPr4 余健(2011)「方言調査の結果を授業に生かす」。「インジャン」は、淡路島、大阪、岐阜、愛知。組分けでは、「グーとパー」を使用する地域が多いが、北海道、東京、愛知、岐阜、長野、京都で「グーとチョキ」の使用が確認されている。ああ、やっぱし調べた人おったんか。
https://t.co/jRdzUu28Vf 吉田達矢(2019)「外国人からみた明治時代の名古屋」。「名古屋は日本のバーミンガムである」て言う評があったとは知らなんだ。
https://t.co/jgGZB1sNhd 石川彦太郎(1902)「小学校用言文一致教範」。 「各地の小学教員は、如何にして此の東京語を調べるか、これは実に六ヶ敷いことで、一々東京へ出て調査しさへすれば、夫れでよい様なものの、事実然う云ふわけにも行かぬ、
https://t.co/C3c7CRY6W1 「首都圏における言語資料の高密度収集と言語動態分析 研究課題」 https://t.co/yrLaCzKdzp 「首都圏方言の古層の記述とその全国若年層への広がりに関する研究」 https://t.co/Kk74cvdSAC 「GISによる『瀬戸内海言語図巻』のデータベース構築と言語伝播解明に関する研究」
https://t.co/C3c7CRY6W1 「首都圏における言語資料の高密度収集と言語動態分析 研究課題」 https://t.co/yrLaCzKdzp 「首都圏方言の古層の記述とその全国若年層への広がりに関する研究」 https://t.co/Kk74cvdSAC 「GISによる『瀬戸内海言語図巻』のデータベース構築と言語伝播解明に関する研究」
https://t.co/C3c7CRY6W1 「首都圏における言語資料の高密度収集と言語動態分析 研究課題」 https://t.co/yrLaCzKdzp 「首都圏方言の古層の記述とその全国若年層への広がりに関する研究」 https://t.co/Kk74cvdSAC 「GISによる『瀬戸内海言語図巻』のデータベース構築と言語伝播解明に関する研究」
https://t.co/5j1rikmifQ 「小林好日による東北方言通信調査資料の整備と分析」 東北地方は昭和初期に地方単位での方言調査をやってるんが凄い。近畿地方はLAJやGAJのような全国単位での調査を除いたら、2010年代の『近畿言語地図』まで無かったんとちゃうかな。
https://t.co/BrF0Q2LBSL 淡路方言の系統の解明と西日本方言の区画の再検討 「淡路方言はこれまで近畿方言に分類されてきたが、兵庫県や和歌山県の諸方言とともに、京都や大阪などの近畿中央部の方言よりも、むしろ中国地方や四国地方の諸方言と歴史的に近い可能性が高くなった。

2 0 0 0 OA 布施町誌

https://t.co/hJEgRNXMjp 『布施町誌』(1929)。現東大阪市域。「近時交通頗る便利となり、大阪市より移住する者多きため言語も漸次矯正されつつある」。「か『め』へん」やなくて「か『ま』へん」。えらい(大層、困難な、労れた)。なんやとなんぢや。

1 0 0 0 OA 喜多読本

https://t.co/S4CT4Fe8bt 『喜多読本』(1940)。たしか愛媛って以前から否定辞ヘンが若干記述されてきた気ぃするけど、「〜やへん」が既に昭和初期に記述されてんねんな。
https://t.co/7tE8qHSAuz 村中淑子(2017)「公的場面における関西方言について―国会でなぜコテコテの関西方言が使われるのか―」。
https://t.co/b0v4qg86lT 山田里奈(2019)「近世後期江戸語における<行く・来る>の謙譲語」。
https://t.co/kWRGt4VTJC 郡千寿子(2019)「新潟県立図書館所蔵の往来物資料 ―出版地域別の観点から―」。 https://t.co/n4c8IigqSA 郡千寿子(2014)「秋田県立図書館所蔵往来物の出版地域に関する一考察 : 弘前・酒田・山形との比較検討」。 近世の地域構造がこういうことからも伺えるんやな。
https://t.co/kWRGt4VTJC 郡千寿子(2019)「新潟県立図書館所蔵の往来物資料 ―出版地域別の観点から―」。 https://t.co/n4c8IigqSA 郡千寿子(2014)「秋田県立図書館所蔵往来物の出版地域に関する一考察 : 弘前・酒田・山形との比較検討」。 近世の地域構造がこういうことからも伺えるんやな。
https://t.co/cohlqxBF0k 矢島正浩(2019)「近現代話し言葉資料における原因理由系の接続詞的用法について」。「近現代の東京語・大阪語」「落語は明治末〜大正期録音、談話は録音が昭和中期である」。
https://t.co/bgXhl6hmby 右田裕規(2017)「大正・昭和初期の祝祭記念商品の都市購買者像」
https://t.co/6mPBC6HMj7 木村知治(1889)『帝国議会衆議院撰挙人心得』。 語彙や音韻について若干取り上げられいる。「余が在京中方言を取調べ雑誌に揚げし事もありて」てあるけど、どういうことが書かれていたか若干興味がある。
https://t.co/t8K93F0hLz 友納友次郎(1919)『綴方教授の思潮と批判』。「世間の実状をながめますと、小説といひ新聞といひどしどし東京語を取入れています。尚又所謂知識階級の人の日常使用している言葉は悉く東京語であります」。

1 0 0 0 OA 読方教育要説

https://t.co/jFzy1xyHu6 千葉春雄(1926)『読方教育要説』。「一国の文化が、大要平等に発達し、生活の程度生計のための事業、教養の度合などが、均等になつて来れば、言語もある一つの標準的のものが普及し、それによつて一国語も統一されて行くだらう」。
https://t.co/2oFbJL5Ukc 坂喜美佳「動詞の音便の方言学的研究―サ行イ音便を中心として―」。
https://t.co/5eBXtivMF4 挽地佳恵(2014)「『長崎』イメージの形成と『私たち』」。 偶然見つけた。全く読んでへんけども。

2 0 0 0 OA 東京市民読本

https://t.co/dwtcZW4Zzu 「文明国の民は必ず高尚な上品な言語を有つている」「我々東京人士の一顰・一笑・一語・一黙が悉く七千万の同胞の見倣ふ所となるのであるから、我々は深く言語に動作に慎む所がなくてはならぬ」。
https://t.co/sgeNxgR0o8 『「評価」を持って街に出よう』(2016)に鑓水兼貴・三井はるみ「首都圏在住者の方言話者への評価意識」。 https://t.co/hDpSnYCPsb 共通語の基盤としての東京語の動態に関する多人数経年調査
https://t.co/XvHb3xqTlj 田島優(2018)「オーキニ考(補説)」。 https://t.co/G1yfYibTh4
https://t.co/OKv06ghS1T 岡田慶夫(1983)「地方生活圏構造に関するシステム分析」。 この当時の鳥取市民の各都市に対する身近さの度合いが大阪市>米子市>京都市>岡山市>姫路市>広島市。米子市民が松江市>京阪>岡山市>鳥取市=広島市>東京>博多。
https://t.co/QRkdA2ZVgX 「東海地域の言語実態調査(1) : 第一次計画と2018年度調査結果」。 西濃は当為表現の「〜ならん」は、上の世代の方が使用が活発な気ぃするな。
https://t.co/k3QnTsKt2Q 朝田康禎(2019)「関西における最近の人口移動動向」。
https://t.co/XW2HXcpEcq 大矢幸久(2017)「昭和戦前期の東京郊外における都市化と景観表象」。
https://t.co/70oyq184G6 清水昌人(2019)「東京都区部における国内移動者の転入地域とその変化」。
https://t.co/j9BpgYBGVn 明治末期の『涙と鞭 : 児童教育』。東京市内の「禁止矯正すべき言葉」の中に「きないか(来ないか)」がある。この時代の東京方言では「きない」も話されてたんかなあ。
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。 https://t.co/pkgECtoyIB 杉本妙子(2019)「茨城方言資料としての昔話の有用性の検討」。
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。 https://t.co/pkgECtoyIB 杉本妙子(2019)「茨城方言資料としての昔話の有用性の検討」。
https://t.co/BXnZtk9dUO 村中淑子(2018)「Jターン移住者の方言維持について」。 https://t.co/ISqpSSBwsf 久保博雅(2018)「愛媛県松山市方言における命令表現の使用差」。 https://t.co/pkgECtoyIB 杉本妙子(2019)「茨城方言資料としての昔話の有用性の検討」。
https://t.co/uraNcqwL6Q これに近いのは、物集梧水(1922)「唄はれたる自然」で、東京を「大根畑、芋畑の真中へ急拵えでしたホツタヤ小屋みたやうなもの」と書き、王子、浦和、蕨、青梅、八王子の名前を挙げて「肥桶の臭気がしなければ、山繭の臭気がする」と評する一方、
https://t.co/jGDxGaz5da 『名賀郡郷土資料』(明治45年)。 「かまへんにや」「あかへん」「あらへん」「いはへん」「いやへん」「きやへん」「そうだす」「でやん」「みやん」など。 明治末期の三重県伊賀地方の方言。否定の助動詞ヘンやヤンも記述されている。

3 0 0 0 OA 地球一蹴

https://t.co/Go4SUPcznB 北村兼子(1930)『地球一蹴』。「大阪で純大阪弁を使ふものは、まづ全人口の三割とみられる。精選すれば一割もあるまい」「大阪弁は私たちに取つては廃語である、その大阪弁を弄ぶ東京人の物好きにも驚く」。
https://t.co/U1iesmDd9k 昭和9年の『教師より親たちへ』。 「九州や東北の端に行つてわからない道を尋ねるには子供に聞くとはつきり教へてくれる。年よりや女の人は駄目だといふことであります」「女の人も割合教育が普及されていなかつた為と社会へ出て学ぶことが少ないからでありませう」。

1 0 0 0 OA 鈍語

https://t.co/I2BWmKrctW 渋川玄耳(1914)『鈍語』 「何の県でも士人の真面目な応答の時には極端な方言は使はれない」「可成りの町の可成りな旅館に泊つて歩けばおもしろい方言は聞かずに了ふものである」。
https://t.co/runiMHMuf2 第14回 日本人類学会・日本民族学協会連合大会(1959) このシンポジウムの内容。紀事に載っているか。 甲田和衛、佐古慶三、宮本又次、宮本常一、小浜基次、楳垣實、篠田統、梅棹忠夫の大阪についてのシンポジウム。
https://t.co/7tE8qHSAuz 村中淑子(2017)「公的場面における関西方言について―国会でなぜコテコテの関西方言が使われるのか―」は、まだ未読やけど、抄録見ると、なかなか興味深そう。

お気に入り一覧(最新100件)

「経済をめぐらせる」が、江戸時代に使われていました。洒落本「うかれ草紙」(寛政九年1797) 写真は『江戸時代文芸資料』第一巻 https://t.co/pj424scJyK ただし、この形で探したら沢山用例がある、というわけではないようです。 https://t.co/P0YZd3Dyeb
CiNii 論文 -  万歳の誕生 (近代の文法) https://t.co/vZB1ob5LvI #CiNii 読みたいorz
1946-47年撮影の「モージャー氏撮影写真資料」は名古屋の写真が多い。この写真は広小路通側から堀川越しに北西の非戦災地区を撮ったもの。https://t.co/KDDTDc6XpQ https://t.co/xAFwLz7Umb
長谷川亮一博士論文「十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策 : いわゆる「皇国史観」の問題を中心として」(2006年度)https://t.co/ZDOFi7hvaW 全文公開されてた興味深い博論。読まなきゃなあ。
「士農工商」がえらく話題になっていたので,大島真理夫「「士農工商」論ノート」(『経済史研究』(大阪経済大)2号,1998年)を読み直してみた。その中で大島氏は,早くは西川如見が「士農工商」という言葉を用いていることを指摘する。→ https://t.co/2O8wrJ1X8g

127 0 0 0 OA 夢二絵手本

竹久夢二が大正時代に刊行した『夢二絵手本』(1923)の少年の絵に「あんまり沢山柿がある」と書いてあります。今なら「すごく沢山ある」、または条件節で「あんまり多すぎたので」としか言わない。90年経つと日本語は変わるね、という例です。https://t.co/GroHdPC5L2
CiNii 論文 -  長州藩尊攘派の形成及び抬頭に関する一考察 https://t.co/rVlSjeus9W #CiNii ↓の文久元年の産物方関連で探していた論文見つけたので #メモ https://t.co/An6ekfPWRt
落合弘樹「幕末政局と木戸孝允」(『明治大学人文科学研究所紀要』76、2015年)は、木戸孝允が、幕末期に政治家としての資質や立場を確立させていく過程を分析。長井雅楽の航海遠略策や島津久光の率兵上京などの動向を見据えて論じる。 https://t.co/iMTeMjJYxq
安岡昭男「井上馨論」(『国際政治』33、1969年)は、明治12年から20年まで外務卿・外務大臣を務めた井上馨の、外交の特質などを論じる。古い論文なので、安岡氏の著書に再録されているかもしれないが、未確認。 http://t.co/XqE25lDPjm
石坂尚武「黒死病でどれだけの人が死んだか 現代の歴史人口学の研究から」http://t.co/PjnPo9Kr7r 実に162頁。イタリアの地域ごとでのペストの死亡率とかも出てくる。 「≪峻厳な神≫とペスト的心性の支配」とか「イタリアの黒死病関係史料集」シリーズとかも長いけど。
木村洋(2002)"第二次世界大戦期に於ける日本人数学者の戦時研究 (数学史の研究)"  http://t.co/woT1svhLLf
中央協和会編『内地在住半島同胞銃後美談第1編』(昭和16年)がデジタル化され国会図書館で公開されている http://t.co/BZLqLd56Wn 「内鮮一体」とはかくも残酷なものだったのかとあらためて思い知らされた。これは怒りなくして読めない。まじで。
あと、頭脳警察もびっくりの『日本百年戦争宣言』(高嶋辰彦著、世界創造社、昭和14年)も近デジにあった。http://t.co/q4eIm2IAdO
奇書『支那人は日本人なり』(アジア問題研究所編、世界創造社、昭和14年)が、近デジで読めるなんて!! http://t.co/9wCep5Mr1m
川島四郎先生は、戦後もやらかしていた: 「「人間の肉」を食う栄養学的観察」桜美林短期大学紀要, 家政学編 , 1974年  http://t.co/29Boq5Je
『小学校長講習会講演録』(長崎県西彼杵郡教育会、1918年, p. 195.)「我国に於て体罰をやつたのは西洋カブレの為めであつた 独逸に行わるゝ体罰を崇拝した為めではあるまいか」 http://t.co/tDAAnT1s
日本の近代教育法では、体罰は1879年の教育令で禁止、1885年の教育令改正で禁止事項削除、1890年の小学校令改正で再び禁止(渋谷徳三郎『教育行政上の実際問題』敬文館、1922年, pp. 100-101.) http://t.co/xnm1asqL

40 0 0 0 OA 世界人の横顔

敗戦一年後に出た世界の偉人列伝。「戦勝国」の人間ばかり、かつヨイショが凄いw:「世紀の偉人マツクアーサー元帥」、「天才政治家チヤーチル」、「新生中國の"太陽”蒋介石」、「巨人スターリン」>「世界人の横顔 」(西日本新聞社外信部, 1946)http://t.co/2Tjhk9WD
軍隊生活と大陸での日本軍の活動を、ほのぼのタッチの一齣漫画で説明。最後は「皇軍南京入城」の場面で終わっている。>「輝く無敵陸軍 : 軍隊教育漫画」(軍事普及会/1938年) http://t.co/lVJCRq1d
そのころ古文書の研究者養成のことも含めてさんざん文句を書いたのだが、結局だめだった。「日本の史料地震学研究の問題点と展望」(PDF)https://t.co/ykIbGfRV

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明治15年8月9日、大島友之允が死去。幕末の対馬藩士で、木戸孝允と親しかった。沈箕載「幕末期の幕府の朝鮮政策と機構の変化」(『史林』77-2)によれば、朝鮮進出(征韓)を主張し、対馬藩への財政援助を幕府に要求する運動に積極的で、幕閣に働きかけを行った。 https://t.co/i7A1xGyx34
ちなみに、PDFで読めるものと言えば、 『日本釀造協會雜誌』の1923年の号に載った、密造者の側から密造酒捜査について書いた 塗説山人「酒類密造者懺悔談」 という小文もある。 https://t.co/jJm5YdlLaL
RT @BungakuReportRS: リード マルティーヌ 翻訳=高岡 尚子 - 文学における女性の歴史について考える:フランスの場合 https://t.co/iaps5sVHsv
RT @BungakuReportRS: 髙橋 正人 - 「文学国語」におけるマンガ教材の開発に関する研究 : 永島慎二『漫画家残酷物語』及び『黄色い涙』をめぐって https://t.co/LUKsPcqFVk
RT @BungakuReportRS: 牧 千夏 - 文壇を横目でにらむ 宮沢賢治の農民芸術論と農民文学論争 https://t.co/jD9ijqQLJZ
明治29年8月5日、宮崎元立(宮崎蘇庵)が死去。小白藩医の家に生まれ、大村益次郎や伊東玄朴に師事した。日本で最初に市販された英和辞書『英和対訳袖珍辞書』の校訂者。三好彰「宮崎元立と英学」(『佐賀大学地域学歴史文化研究センター研究紀要』5、2011年)参照。 https://t.co/UQ5ijea0gS
@ablativehen 大学図書館の冊数は変わりません!(1年くらい) https://t.co/1FoZjCoPZ5
2018年度分だが、赤松秀亮「中世荘園制下における在地社会の研究」https://t.co/WGo2gXU6m4 髙橋傑「中世荘園における収取秩序と景観に関する研究」https://t.co/lKvACMjuDl https://t.co/Y1tJRiuJxK
2018年度分だが、赤松秀亮「中世荘園制下における在地社会の研究」https://t.co/WGo2gXU6m4 髙橋傑「中世荘園における収取秩序と景観に関する研究」https://t.co/lKvACMjuDl https://t.co/Y1tJRiuJxK
上田純子「萩藩文久改革期の政治組織-政事堂の創設と両職制の改編-」(『史学雑誌』109-11、2000年)は、いわゆる長州藩の本藩である萩藩の文久改革期を分析。それによれば、文久期の藩権力中枢は、「自藩士に限らず「有志」を優遇」し、言路洞開や人材登用を推進した。 https://t.co/7f9iQ9RlY0

5 1 1 0 OA 地名の研究

柳田国男1937『地名の研究』p.96-97 国立国会図書館デジタルコレクション https://t.co/97SNoB0wnV https://t.co/IxcwjpvXE4
そういえば、たまご水の「明ヶ指」の「さす」は、秩父では焼畑を指す地名。J-STAGE Articles - 秩父における火耕地名 https://t.co/oM4GNfE9Kk https://t.co/m45Vxf9EC5
平成24年(2012年)8月3日、哲学者の上山春平が死去。その研究対象は歴史や文化など多方面に及び、『明治維新の分析視点』(講談社)などの著作もある。山口輝臣「哲学者による維新」(『史淵』152)は、上山による遠山茂樹や井上清といった維新史家への批判を紹介。 https://t.co/XHyBaj3OQf

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RT @zasetsushirazu: 明治15年8月9日、大島友之允が死去。幕末の対馬藩士で、木戸孝允と親しかった。沈箕載「幕末期の幕府の朝鮮政策と機構の変化」(『史林』77-2)によれば、朝鮮進出(征韓)を主張し、対馬藩への財政援助を幕府に要求する運動に積極的で、幕閣に働き…
明治15年8月9日、大島友之允が死去。幕末の対馬藩士で、木戸孝允と親しかった。沈箕載「幕末期の幕府の朝鮮政策と機構の変化」(『史林』77-2)によれば、朝鮮進出(征韓)を主張し、対馬藩への財政援助を幕府に要求する運動に積極的で、幕閣に働きかけを行った。 https://t.co/i7A1xGyx34
日本人のグラスルーツ・トランスナショナリズムと 「場所」 への都市社会学的接近 https://t.co/jwp3cduWkQ #郡家のネコ
都市社会学的 「郊外」 研究のために https://t.co/CIFxpoIF0X #郡家のネコ
都市社会学はなぜエスニシティ研究をテーマ化したか https://t.co/eFNELs4n02 #郡家のネコ
現代都市住民のパーソナル・ネットワーク――北米都市理論の日本的解読 https://t.co/qLTrOZlRSq #郡家のネコ
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都市社会地理研究の進展 https://t.co/KmZbfcdjLe #郡家のネコ
現代都市住民のパーソナル・ネットワーク――北米都市理論の日本的解読 https://t.co/0wCex6WUOQ #郡家のネコ
RT @iloha_train: あー、元々「歯周病菌等の口腔内細菌のプロテアーゼが二次的にインフルエンザウイルスの感染に関与してる可能性」なんて指摘があるのですか…。基本的な口腔ケアが大事と。 https://t.co/h1mt5wyC4l
ちなみに、PDFで読めるものと言えば、 『日本釀造協會雜誌』の1923年の号に載った、密造者の側から密造酒捜査について書いた 塗説山人「酒類密造者懺悔談」 という小文もある。 https://t.co/jJm5YdlLaL
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RT @zasetsushirazu: 明治29年8月5日、宮崎元立(宮崎蘇庵)が死去。小白藩医の家に生まれ、大村益次郎や伊東玄朴に師事した。日本で最初に市販された英和辞書『英和対訳袖珍辞書』の校訂者。三好彰「宮崎元立と英学」(『佐賀大学地域学歴史文化研究センター研究紀要』5、…
明治29年8月5日、宮崎元立(宮崎蘇庵)が死去。小白藩医の家に生まれ、大村益次郎や伊東玄朴に師事した。日本で最初に市販された英和辞書『英和対訳袖珍辞書』の校訂者。三好彰「宮崎元立と英学」(『佐賀大学地域学歴史文化研究センター研究紀要』5、2011年)参照。 https://t.co/UQ5ijea0gS
都市社会学的「郊外」研究のために - https://t.co/v3a5dvATpO
都市社会学はなぜエスニシティ研究をテーマ化したか - https://t.co/OCY1JxmCHQ
都市社会学揺籃https://t.co/np426SpwRc
磯村都市社会学の揺籃 - https://t.co/jeHBjSfRCk
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RT @guevara_japan: @generection1 ポビドンヨード(イソジン®)製剤の動物コロナウイルスに対する抗ウイルス活性 https://t.co/neSAiHo3lY (動物臨床医学 2004 年 13 巻 1 号 p. 1-4)とかが、根拠? でも、今は…
RT @zasetsushirazu: 上田純子「萩藩文久改革期の政治組織-政事堂の創設と両職制の改編-」(『史学雑誌』109-11、2000年)は、いわゆる長州藩の本藩である萩藩の文久改革期を分析。それによれば、文久期の藩権力中枢は、「自藩士に限らず「有志」を優遇」し、言路洞…
ポビドンヨード(イソジンガーグルなど)のSARSコロナウイルスへの効用については、すでに2004年に北大から論文が出てるじゃあないですか。 これ 「Inactivation of SARS coronavirus by means of povidone-iodine, physical conditions, and chemical reagents 」 https://t.co/9rpEHbPYpx
中山泰昌で検索して表示される『新聞集成明治編年史』は館内限定だけど、 https://t.co/T7tZ8WMiWh こちらがあるので、見られる。 https://t.co/4TCRyVgwow 前にも書いたけど、リサーチナビにある目次と、デジコレの画像が直結してくれたらいいのに。 https://t.co/qfqnwSSOEr
中山泰昌で検索して表示される『新聞集成明治編年史』は館内限定だけど、 https://t.co/T7tZ8WMiWh こちらがあるので、見られる。 https://t.co/4TCRyVgwow 前にも書いたけど、リサーチナビにある目次と、デジコレの画像が直結してくれたらいいのに。 https://t.co/qfqnwSSOEr
上田純子「萩藩文久改革期の政治組織-政事堂の創設と両職制の改編-」(『史学雑誌』109-11、2000年)は、いわゆる長州藩の本藩である萩藩の文久改革期を分析。それによれば、文久期の藩権力中枢は、「自藩士に限らず「有志」を優遇」し、言路洞開や人材登用を推進した。 https://t.co/7f9iQ9RlY0
平成24年(2012年)8月3日、哲学者の上山春平が死去。その研究対象は歴史や文化など多方面に及び、『明治維新の分析視点』(講談社)などの著作もある。山口輝臣「哲学者による維新」(『史淵』152)は、上山による遠山茂樹や井上清といった維新史家への批判を紹介。 https://t.co/XHyBaj3OQf
J-STAGE Articles - 公立図書館における指定管理者制度導入館と直営館の現況比較 : レファレンスサービスを中心として https://t.co/NCM2BGIKY4