著者
原口 剛
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<p><b>1.はじめに—寄せ場研究からの問い</b></p><p></p><p> 地理学における寄せ場研究の先駆である丹羽弘一は、1990年代初頭に、寄せ場のジェンダー問題という困難な問いに取り組んだ(丹羽 1992, 1993)。すなわち、釜ヶ崎で起きた性差別事件や糾弾を受け止め、研究者のアイデンティティと立場性を問うたのである。その自己批判と学界制度への批判は、いまなお際立った重要性をもつ。他方で、丹羽の問いを継承しつつ乗り越えることは、現在の私たちの責務であろう。たとえば丹羽は、自らの内なる権威主義を振り払うべく、生身の人間として他者と「ぶつかりあう」よう訴える(丹羽 2002)。だがそれでも、私たちはフィールドの他者から研究者として視られるだろうし、その立場を隠すわけにはいかないだろう。とするなら、私たちがフィールドの他者に関わり、社会的現実と切り結ぶには、研究という活動によるしかない。</p><p></p><p>このような問題意識にもとづき本報告では、かつて丹羽が成したように、路上の運動の声や実践に応答しうる理論の視角を模索したい。具体的には、野宿者運動の状況と、地理学の理論的動向という2つの地平を取り上げる。それぞれの地平において、フェミニズムの視角はいっそう重要なものとなりつつある。かつ、フェミニズムからの問いは、90年代とは異なる射程を有している。</p><p></p><p></p><p></p><p><b>2.運動の状況—寄せ場から野宿者運動へ</b></p><p></p><p> 1990年代以降の寄せ場では、日雇労働者の大量失業がもたらされ、都市の公共空間に野宿生活が広がった。この現実に直面して、運動の姿勢は2つに分岐した。既存の労働運動は、野宿を非本来的な生活として捉え、そこからの脱却と労働市場への復帰を最優先課題とした。これに対し野宿者運動は、彼らの実存を肯定し、公共空間においてその労働・生活を守ろうとした。</p><p></p><p>後者の野宿者運動は、90年代末に現れた潮流である。この新たな運動は、既存の運動の枠を超えた実践を志向した。第1に、寄せ場の運動における労働者主体の把握は、あまりに狭く限定的だった。なぜなら、野宿生活者は下層労働市場からも排除されており、彼らが従事するのはアルミ缶集めなどの都市雑業である。第2に、公園などの占拠や反排除闘争は、最も重要な実践であった。ゆえにこの運動は、世界各地のスクウォット闘争を参照し、公共空間とはなにかを問うた。そして第3に、この潮流において、フェミニズムの声や実践は無視し得ないものとなった。その異議申し立ての声は、性差別の問題はもちろん、それを下支えする国家と資本主義への対抗へと向かっている。</p><p></p><p></p><p></p><p><b>3.理論の動向—マルクス主義とフェミニズム</b></p><p></p><p>路上の運動が変転を遂げているならば、理論も同じ場所にとどまるわけにはいかない。丹羽が議論を展開していた90年代においては、文マルクス主義とアイデンティティの政治は鋭く対立し、フェミニズムもまた後者の陣営に数えられていた。だが2000年代に入ると、マルクス主義とフェミニズム双方のなかで、重大な転換が生じたように思われる。</p><p></p><p>一方のマルクス主義地理学において、その代表的論者であるD・ハーヴェイ(2013)は、本源的蓄積の再読を通じて「略奪による蓄積」という概念を提起した。そしてこの概念にもとづきつつ、「労働の概念は、労働の工業的形態に結びつけられた狭い定義から……日常生活の生産と再生産に包含されるはるかに広い労働領域へとシフトしなければならない」と明言する(p. 239)。このように再生産領域を重視することでハーヴェイは、潜在的にであれ、フェミニズムとの交流可能性を開いた。</p><p></p><p>他方のフェミニズム研究においても、おなじく本源的蓄積がキー概念として浮上しつつある。たとえばS・フェデリーチ(2015)は、女性の身体をめぐる抗争が、資本主義の形成史において決定的な戦略の場であったことを論じた。そのことによりフェデリーチは、賃労働や労働市場を自明の前提とするのではなく、労働市場が形成される過程のうちに見出される抗争こそ、階級闘争の根底的な次元であることを看破した。</p><p></p><p></p><p></p><p><b>4.おわりに</b></p><p></p><p>運動における新たな志向性と、研究における理論の動向とは、別々の局面でありながら、同じ方向へと進んでいるように思われる。そして双方の地平において、フェミニズムの声や理論は欠かせない契機となっている。そこから、いくつかの命題や課題が見出される。第1に、本報告でみたフェミニズムの実践や理論は、アイデンティティの政治を超え出て、資本主義と階級に対する批判的視角を打ち出している。よって、ジェンダーの視点と階級の視点とを、互いに切り離すことはできない。第2に、この理論的地平において、労働の概念を問い直しは中心的課題の一つである。つまり、労働市場の内側だけでなく、その外側に広がる搾取や略奪の機制を捉える視点が求められている。</p>

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