- 著者
-
服部 恵典
- 出版者
- カルチュラル・スタディーズ学会
- 雑誌
- 年報カルチュラル・スタディーズ (ISSN:21879222)
- 巻号頁・発行日
- vol.8, pp.35-57, 2020
ポルノグラフィは、社会的にも社会学的にも議論の係争点であり、ジェンダーの平等が論点となる場合にはとりわけそれが際立つ。その端緒となる反ポルノ派フェミニストの理論が有する問題の1 つに、女性によるポルノの「見方」の多様性を狭めてしまうがゆえに、女性を「被害者」の位置に固定化してしまい、女性が消費者となるポルノグラフィの存在をうまく説明できないという点がある。<br> しかし、女性向けポルノの先行研究が行ってきた、①「正しい」女性表象でないという分析、②「女性」が揺るぎがたく持つ優位性があるという分析、③男性向けポルノと同様の価値観で成り立つという分析、のいずれにも課題が残る。この解決方策として、本稿は女性向けアダルトサイト研究の知見から、ジェンダー化されたジャンル区分そのものを問う重要性を指摘した。そして「女性向けアダルトビデオ(以下AV)のファンは男性向け/女性向けAV という区分をいかに捉えて視聴しているか」という問いのもとで11 名へのインタビュー調査を行った。<br> 調査結果から、主流のAV に対するアンチテーゼとして生まれた経緯のある女性向けAVを視聴していても、ファンは単純に男性向けAV を批判するのではなく、「男優ファン」であるがゆえに男性向けAV の視聴を自然にファン活動に組み込んでいたことが明らかになった。しかも男性向け作品を「仕方なく」視聴するのではなく、ある種のトラウマ経験がある女性であっても、両方に良さを感じながら楽しんでいた。また男性向け/女性向けを越境した視聴を行うだけでなく、そうした区分の必然性を揺るがすような捉え方もしていた。こうしたファンの実践は、ジャンル研究の文脈では、デコーディングによるジャンルの脱構築、第三波フェミニズムの文脈では、「被害者」ではなく「消費者」としての「女性」に着目した、女性性の再構築ないし転覆の可能性の模索であるといえる。