- 著者
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中村 努
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2020, 2020
<p><b>Ⅰ.はじめに</b></p><p> 本発表では,COVID-19の感染拡大に伴って,地域包括ケアシステムにかかわるアクターの行動がどのように変化したのか,今後の感染防止策を踏まえて,地域包括ケアシステムにいかなる対応が求められるのか検証する。従来,地域包括ケアシステムは,地域内外の資源のネットワークに基づいて形成されてきたが,このことは地域によってシステムの形態にバリエーションを生ずることとなった。この地域差がCOVID-19の脆弱性や対策のあり方を決定付ける,いわば要因となって,地域包括ケアシステムにいかなる地域差を新たに生ずるのか考察する。</p><p></p><p><b>Ⅱ.COVID-19感染症対策にみる国別の合理性のバランス</b></p><p> COVID-19の感染拡大の時期において,各国政府が採用した3つの合理性のバランスは図のように整理できる。欧米では,感染者の急拡大を受けて,都市封鎖や厳しい外出規制を敷くようになった国が多くみられる。ただし,スウェーデンは厳しい外出規制を敷かずに,集団免疫の獲得という例外的な措置を採用し続けた。ブラジルも同様に経済活動の維持を基本とした戦略を採用している。一方,中国や韓国,台湾では,ICTによる行動監視という医学的合理性の追求が早期の感染収束に貢献したといわれる。ただ,こうした政策の違いが感染拡大の防止の成否を分けたとは必ずしも言えない。この分類はあくまで感染拡大時の政府の対応を大別したに過ぎず,福祉国家論の枠組みでは差異の要因を説明しきれない。それぞれの政策は,国や地域によって異なる歴史的文脈において,固有の政治,制度,文化,経済の各要素が相互に関連しあうプロセスの帰結とみなせる。今後はウイルスと国内外のアクターとの関係の変化を,長期にわたるプロセスにおいて解釈していく必要がある。</p><p></p><p><b>Ⅲ.地域格差の拡大の可能性</b></p><p> 日本政府が採用した政策は,医学的合理性と経済的合理性を両立させるため,都市封鎖を伴わない比較的緩やかな外出規制にとどまった。しかし,社会的合理性の視点の欠如によって,高齢世帯や障がい者,ひとり親世帯,生活困窮世帯などへの従来の支援が損なわれる可能性がある。彼らはリテラシーの欠如や通信環境の整備にかかる費用負担の大きさから,デジタル格差の被害者にもなりやすい。こうした支援の欠如をカバーする,ソーシャル・キャピタルもまた乏しく,特に人口密度の低い中山間地域において,平常時においても孤立する傾向にあると推察される。他方で,人口密度の高い都市部においても,平常時から長期の自宅待機による虚弱化や孤立が予想され,コミュニティ機能の希薄な地域では必要な支援が行き届かない可能性が高い。以上の地理的条件は,自然災害の発生時に,支援格差としてより先鋭化して現れると考えられる。</p><p></p><p> 医療・介護事業者は非感染患者の外出控えや感染患者への対応を背景に,利益の確保に苦慮している。再び感染症が拡大すれば,閉鎖や倒産による医療・介護崩壊の懸念がある。その空白地域を埋める最後の砦として,子ども食堂や小規模多機能拠点の役割期待がある。しかし,運営者の多くは,COVID-19の感染リスクの懸念と,支援継続の意志との間で揺れ動きながら,十分な支援を実施できていなかった。こうした草の根ともいえる活動団体の運営者とその潜在的利用者もまた,ウィズコロナ政策の被害者といえる。結果として,支援の地域差を伴った地域包括ケアシステムの空間的変容が生じているものと考えられる。</p>