著者
梅川 由紀
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.23-40, 2017

<p>本稿の目的は、「ごみ屋敷」の当事者が溜め続けるモノの意味を明らかにし、人間にとってのごみやモノの概念を再考することである。これまで当事者は、社会的孤立/断絶状態にあるとみなされてきた。しかし本稿では、毎日スーパーに出かけ、多くの他者とコミュニケーションを図りながらごみ屋敷で暮らす、当事者Aさんを取り上げる。分析においてはモーリス・アルヴァックスの「モノと記憶」に関する議論に着目した。調査は、当事者Aさんへのインタビューと、片づけ作業およびその後の生活状況に関してフィールドワークを行った。 調査の結果、大きく二つの指摘を行った。第一に、モノを溜め込むことで構築されるアイデンティティを明らかにした。Aさんは他者と良好なコミュニケーションを図ることを「望ましい自己」の姿と捉えていた。そして家に溜め込むモノは「望ましい自己」を達成した「証」として理解されていた。ゆえにAさんがモノを溜め込む理由は、望ましい自己を実現した記憶を、モノという形ある対象に具現化し、記憶を保管するためであることを明らかにした。そして、ごみ屋敷に溜め込まれるモノには、「心情的価値」と名付けられる価値が存在する様子を示した。第二に、モノを捨てることで構築されるアイデンティティを明らかにした。Aさんはモノを捨てることでジレンマを解消でき、新たに望ましい自己の証を手に入れられる場合、モノをごみと捉え、捨てていた。「必要な存在」としてのごみの側面を明らかにした。 ごみ屋敷とは、単なるトラブルという側面を超えて、人間とごみ・モノとの関係性を私たちに問いかける事象であることを明らかにした。</p>

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