著者
梅川 由紀
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.23-40, 2017-06-01 (Released:2021-06-04)
参考文献数
19

本稿の目的は、「ごみ屋敷」の当事者が溜め続けるモノの意味を明らかにし、人間にとってのごみやモノの概念を再考することである。これまで当事者は、社会的孤立/断絶状態にあるとみなされてきた。しかし本稿では、毎日スーパーに出かけ、多くの他者とコミュニケーションを図りながらごみ屋敷で暮らす、当事者Aさんを取り上げる。分析においてはモーリス・アルヴァックスの「モノと記憶」に関する議論に着目した。調査は、当事者Aさんへのインタビューと、片づけ作業およびその後の生活状況に関してフィールドワークを行った。 調査の結果、大きく二つの指摘を行った。第一に、モノを溜め込むことで構築されるアイデンティティを明らかにした。Aさんは他者と良好なコミュニケーションを図ることを「望ましい自己」の姿と捉えていた。そして家に溜め込むモノは「望ましい自己」を達成した「証」として理解されていた。ゆえにAさんがモノを溜め込む理由は、望ましい自己を実現した記憶を、モノという形ある対象に具現化し、記憶を保管するためであることを明らかにした。そして、ごみ屋敷に溜め込まれるモノには、「心情的価値」と名付けられる価値が存在する様子を示した。第二に、モノを捨てることで構築されるアイデンティティを明らかにした。Aさんはモノを捨てることでジレンマを解消でき、新たに望ましい自己の証を手に入れられる場合、モノをごみと捉え、捨てていた。「必要な存在」としてのごみの側面を明らかにした。 ごみ屋敷とは、単なるトラブルという側面を超えて、人間とごみ・モノとの関係性を私たちに問いかける事象であることを明らかにした。
著者
梅川 由紀 Umekawa Yuki ウメカワ ユキ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.42, pp.31-45, 2021-03-31

社会学 : 論文本稿の目的は、高度経済成長期に掃除機と電気冷蔵庫が普及することによって、ごみと人間の関係がどのように変化したのかを明らかにすることである。婦人雑誌『主婦の友』と東京都清掃局内の新聞『清掃きょくほう』を中心に分析を行った。分析の結果、三つの傾向を指摘した。第一に、高度経済成長期に生じた住宅構造の変化は、ほうきを用いた「掃き出す」掃除から、掃除機を用いた「吸い取る」掃除へと変化を余儀なくした。吸い取る掃除は掃除の際に空間を舞うチリやホコリの量を減少したが、その結果、人々は逆に空間を舞うチリやホコリを強く意識するようになったことを明らかにした。第二に、電気冷蔵庫の登場は食品を「冷やす」だけではなく「保管」することを可能とした。すると人々は、ついよけいに買いすぎ・作りすぎ・しまい込み・結局だめにするという、「余剰品」を生みだす様子を明らかにした。第三に、掃除機や電気冷蔵庫が「粗大ごみ」として出されるようになると、粗大ごみの異質性が際立つようになった。ここから、粗大ごみ登場以前のごみが「燃やすことができ、埋め立てることができ、土壌化できる、小さな存在」であると理解される様子を示した。以上の分析結果から、人々は空間を舞うチリやホコリ、余剰品、粗大ごみというごみを「発見」し、ごみ概念自体を拡大させている様子を明らかにした。
著者
梅川 由紀
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.23-40, 2017

<p>本稿の目的は、「ごみ屋敷」の当事者が溜め続けるモノの意味を明らかにし、人間にとってのごみやモノの概念を再考することである。これまで当事者は、社会的孤立/断絶状態にあるとみなされてきた。しかし本稿では、毎日スーパーに出かけ、多くの他者とコミュニケーションを図りながらごみ屋敷で暮らす、当事者Aさんを取り上げる。分析においてはモーリス・アルヴァックスの「モノと記憶」に関する議論に着目した。調査は、当事者Aさんへのインタビューと、片づけ作業およびその後の生活状況に関してフィールドワークを行った。 調査の結果、大きく二つの指摘を行った。第一に、モノを溜め込むことで構築されるアイデンティティを明らかにした。Aさんは他者と良好なコミュニケーションを図ることを「望ましい自己」の姿と捉えていた。そして家に溜め込むモノは「望ましい自己」を達成した「証」として理解されていた。ゆえにAさんがモノを溜め込む理由は、望ましい自己を実現した記憶を、モノという形ある対象に具現化し、記憶を保管するためであることを明らかにした。そして、ごみ屋敷に溜め込まれるモノには、「心情的価値」と名付けられる価値が存在する様子を示した。第二に、モノを捨てることで構築されるアイデンティティを明らかにした。Aさんはモノを捨てることでジレンマを解消でき、新たに望ましい自己の証を手に入れられる場合、モノをごみと捉え、捨てていた。「必要な存在」としてのごみの側面を明らかにした。 ごみ屋敷とは、単なるトラブルという側面を超えて、人間とごみ・モノとの関係性を私たちに問いかける事象であることを明らかにした。</p>