- 著者
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大和田 守
- 出版者
- 国立科学博物館
- 雑誌
- 国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
- 巻号頁・発行日
- vol.22, pp.197-214, 1989
オキナワルリチラシは, スリランカ, インド, ネパール, ビルマ, タイ, 中国, 台湾をへて琉球列島から本州中部まで広く分布する種で, 多くの亜種に分けられている。井上 (1982) は, 日本の亜種を, それまでの知見と多くの標本をもとに, 本州, 四国, 九州, 沖ノ島, 隠岐, 対馬のものを亜種 sugitanii MATSUMURA, 1927,屋久島のものを亜種 micromaculata INOUE, 1982,トカラ列島から奄美大島と沖縄のものを亜種 okinawana MATSUMURA, 1931,八重山諸島のものを亜種 ishigakiana INOUE, 1982 とした。最近, 当館の友国雅章氏が奄美大島で採集した多数の標本が, 屋久島や沖縄のものと違うことに気づき, もう一度琉球列島を中心に本種の亜種を再検討し, 以下のような結論に達した。Eterusia aedea sugitanii MATSUMURA, 1927 分布 : 本州, 四国, 九州, 沖ノ島, 隠岐, 対馬。本亜種は常緑広葉樹林内に生息し, 茶の害虫とはならないようで, 年1化を基本的な生活環としている。成虫は 8∿9 月に出現するが, 九州南部では6月に1♂が採集されているので, 2化することもあるようである。雄はよく灯火に飛来するが, 雌ではそういうことはない。伊豆の湯ヶ島では多数の雄が採集されているが, そのほとんどが灯火に来たもので, 昼はあまり活動していないようである。また, この地では, 幼虫が野外でヒサカキから採集されている。一方, 隠岐で採集された雌から採卵されたものはヤブツバキを好み, ヒサカキはあまり食べなかったという。たいへん局地的な発生をし, 分散力もあまりないようで, 地域による変異が認められる。伊豆湯ヶ島のものがもっとも大きく, 奈良と和歌山のものが最小, 四国や九州のものはその中間くらいで, 隠岐や対馬の雄の前翅の白帯は幅広く, 中国大陸のものにすこし似てくる。これらの関係はもうすこし標本を集めてから論じたい。 Eterusia aedea micromaculata INOUE, 1982 分布 : 屋久島, 中ノ島(トカラ列島)。斑紋や大きさは奈良・和歌山のものに似ているが, 雄交尾器はむしろ隠岐のものに似る。年2化すると考えられる。トカラ列島のものは斑紋がやや異なるが, この亜種のものとして扱かっておく。Eterusia aedea tomokunii OWADA, 1989 分布 : 奄美大島。屋久島亜種に似るがより小型で, 前翅は赤褐色のことが多く, 中央の白帯は中室の下で外方へずれ, 内縁が直角をなす。雄交尾器の差は大きい。友国氏によると, 湯湾岳の発達した暖温帯林を通る林道で, 曇天の午後, 高さ 3∿4m の梢をゆっくりと飛翔していたという。雄の方が活発で, 雌のほとんどは葉上に止まっていたらしい。少なくとも年2化はしている。 Eterusia aedea sakaguchii MATSUMURA, 1931 分布 : 沖縄北部, 渡嘉敷島。小型で奄美大島のものに似るが, 前翅が幅広く, 斑紋も顕著。沖縄北部の山原地方の暖温帯林に生息する。井上 (1982) が亜種 okinawana として図示したものは本亜種である。学名の適用については次亜種の項で述べる。渡嘉敷島の雄の斑紋は sakaguchii とほとんど変わらないが, 交尾器はかなり違う。Eterusia aedea okinawana MATSUMURA, 1931 分布 : 沖縄南部?, 八重山諸島。大型で, 前翔はあざやかな緑色, 赤みを帯びる変異があるのはほかの亜種と変わらないが, 黄金色を帯びるものもいる。後翅外縁の黒帯内の青の輝きも, もっともあざやか。井上 (1982) は沖縄で採集されるものすべてを同一の亜種と考え, 八重山諸島産のものだけを別亜種 ishigakiana INOUE, 1982 としたが, 八重山諸島タイプのものは沖縄南部でも採集され, okinawana のホロタイプは明らかにこちらに属している。亜種 sakaguchii との分布の境界は今のところはっきりしていないが, 本部半島の名護で sakaguchii の雌が採集されている一方で, 伊豆味では okinawana の雌が採れている。沖縄で採集された okinawana は, 八重山諸島から侵入したものかもしれない。雄の第8腹板後側にある1対の角状の突起には, 微小ではあるが明瞭な副突起が認められる。この微小突起は sakaguchii までの日本の亜種にはなく, 台湾とアジア大陸のものにはある。ただし, okinawana のホロタイプはこれを欠く。このような変異は, ほかには台湾のものから1個体見いだしているにすぎない。年に数世代の発生があると考えられる。幼虫は, 飼育下ではツバキ, サザンカ, チャをよく摂食した。成虫は, これも飼育下ではあるが, 室温15度以上で雌雄とも活発に飛翔し, 砂糖水を与えれば1カ月は生きるとのことである。Eterusia aedea formosana JORDAN, 1908 分布 : 台湾。前亜種にたいへんよく似ているが, 前翅の地色ははるかに暗く, 後翅外縁の輝きも少ない。