- 著者
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権藤 愛順
- 出版者
- 国際日本文化研究センター
- 雑誌
- 日本研究 (ISSN:09150900)
- 巻号頁・発行日
- vol.43, pp.143-190, 2011-03
本稿では、明治期のわが国における感情移入美学の受容とその展開について、文学の場から論じることを目標とする。明治三一年(一八九八)~明治三二年(一八九九)に森鷗外によって翻訳されたフォルケルト(Johannes Volkelt 1848-1930)の『審美新説』は、その後の文壇の様々な分野に多大な影響を与えている。また、世紀転換期のドイツに留学した島村抱月が、明治三九年(一九〇六)すぐに日本の文壇に紹介したのも、リップス(Theodor Lipps 1851-1914)やフォルケルトの感情移入美学を理論的根拠の一つとした「新自然主義」であった。西洋では、象徴主義と深い関わりをもつ感情移入美学であるが、わが国では、自然主義の中で多様なひろがりをみせるというところに特徴がある。本論では、島村抱月を中心に、「新自然主義」の議論を追うことで、いかに、感情移入美学が機能しているのかを検討した。感情移入美学の受容とともに、<Stimmung>という、人間の知的判断、認識以前の本源的な「情調」に対する関心が作家たちの間にひろがりをもつ。そして、文学表現の場で、<Stimmung>をいかに表すかという表現の方法も盛んに議論されている。本稿では、感情移入美学がもたらした描写法の一つの展開として、印象主義的な表現のあり方に着目し当時の議論を追っている。さらに、感情移入美学と当時の「生の哲学」などの受容があいまって、<生命の象徴>ということが、自然派の作家たちの間で盛んに説かれるようになる。<生命の象徴>ということと感情移入美学は切り離せない関係にある。感情移入美学が展開していくなかで、<生命の象徴>ということにどのような価値が与えられているのかを論じている。また、感情移入美学の大きな特徴である主客融合という概念は、作家たちが近代を乗り越える際の重要な方向性を示すことになる。ドイツの<モデルネ>という概念と合わせて、明治期のわが国の流れを追っている。