- 著者
-
郡司菜津美
- 出版者
- 日本教育心理学会
- 雑誌
- 日本教育心理学会第59回総会
- 巻号頁・発行日
- 2017-09-27
問題と目的 学校教員の指導の基礎となる生徒指導堤要には,性に関する指導は「すべての教育活動を通して実施するもの(文部科学省,2010)」と記されている。しかし,大学の教員養成の段階で,性教育指導に関する必須カリキュラムは未だ組まれておらず,教員志望の学生らは,性教育に関する指導スキルを十分に身につけていないまま現場に出て行くことが課題であると指摘されている(天野ら,2001:西田ら,2005:児島,2015:長田ら,2016)。一方で教員を志望する学生自身は,性教育の指導を自己の生活との関わり(自己関与性)の高いものであると捉えており,その理由には取得予定免許種間で質的な差があることが明らかになっている(郡司, 2016)。同調査では,こうした結果から,学生の性教育に対する捉え方や,性に関する指導観の多様性に配慮した授業実施の必要性が指摘された。そこで,本研究では,こうした学生の指導観の多様性を資源化するアクティブ・ラーニングの手法を用いた性に関する指導に関する授業を実施し,多様な価値観を交流させ,その学習効果を検討することを目的とする。方 法 首都圏の私立A大学の教職に関する講義を受講する学部生104名(主に2年生)を対象に,2016年7月,「性に関する正しい知識を指導できるようになろう」という課題を解決するProject Based Learning形式で授業を実施した。授業では筆者が高等学校を対象とする性教育講演で用いるPPT資料を配布し(内容は❶第2次性徴&デートDV❷妊娠と中絶❸性感染症❹性的マイノリティ),1チーム4グループ(3〜4人×4G)で構成し,それぞれの内容の資料を元に授業案を作成,その場で互いに模擬授業を実施させた。授業後に感想を記入させ,それをデータとした。感想記入への協力は事前に(1)授業・成績とは無関係 (2)匿名 (3)データは研究以外の目的に使用されないことを確認した。結果と考察 記入された感想を意味のあるまとまりに切片化したところ,205切片に分けられた。それらをKJ法を用いて分類したところ,「①学習内容について(72)」「②伝え方・教え方(57)」「③性教育観(29)」「④聞き手・学習者の立場(20)」「⑤仲間との交流(7)」「⑥恥ずかしさ(6)」「⑦担当内容について(6)」「⑧自己認識(4)」「⑨その他(4)」の九つに分けられた。以下,幾つかの結果と考察を簡潔に述べる。 「①学習内容について」では「感染症とかも気づかないうちにどんどん広がっていくというのは怖いなと思いました」「コンドームは最初から正しく清潔に行うことが必要と感じた」「最近ではLGBTなどが増えてきているがこれは別におかしいわけではないことがわかった」「初めてデートDVという言葉を知りました」といったように授業内で取り扱った内容について学習者の視点で記述されたものが分類された。仲間と相談し学習内容を教える,グループの仲間に教えられるという経験から具体的な内容が記述されたと考えられる。 「②伝え方・教え方」「③性教育観」「④聞き手・学習者の立場」では,それぞれ「②表現方法,伝達方法によって生徒の受け止め方が大きく異なってくると大きく感じた」「③子供達の人生を守っていくために私たちが『やらなければならない』という使命感が次第に生まれてきた」「④高校生相手だともっと伝えるのが大変で受け入れ難いかもしれない」といったように授業者としての視点で記述されたものが分類された。性教育の指導経験を通して,学習者から指導者としての新たな気付きを得る機会となったと考えられる。 「⑤仲間との交流」では「同じ世代の率直な意見を言い合える場があってよかった」といったように授業の場に意義を感じる記述が分類された。性教育指導について「学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく(中央教育審議会,2012)」経験となった可能性があるだろう。 「⑥恥ずかしさ」では「初めての性授業はやっぱり恥ずかしかった」といったように性教育に特有の恥ずかしさに関する記述が分類された。一方で「筆者の授業を通して性教育と関わる機会が多くなったので人前で性について真剣に話すことに抵抗がなくなってきた」と記述する学生もおり,協働の機会によって教師としての振る舞いを学習し,性教育特有の恥ずかしさを乗り越えるための「慣れ」を経験している可能性が示唆された。 以上の結果から,多様な仲間との対話的な協働機会としての性教育指導の経験は,学習者・指導者としての両側面の認識に影響を与え,恥ずかしさを伴う深い学びの機会となった可能性がある。こうした学びはアクティブ・ラーニング形式の授業による主体的な場の効果であり,未来の教職への備えとして期待できるだろう。