著者
加賀美 雅弘 コヴァーチュ ゾルターン
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.19, 2008

<BR> 1990年代以降,ハンガリーの首都ブダペストにおいては,都市の再生事業が活発化している。これは,行政や経済の中心地としての都市整備を念頭に置いたものであるが,その一方で,市内に多くのロマが集住する地区があり,その生活環境の改善と彼らの社会経済的地位の向上も大きな課題にあげられている。この発表では,ハンガリーの首都ブダペストの特定地区にロマが集住することと,体制の転換とともに激変しつつある都市構造とのかかわりを,特に都市再開発事業に注目して考察する。<BR> ブダペスト市街地における居住者の社会経済的水準や生活環境には著しい格差がみられる。とりわけ19世紀後半から20世紀初頭に市街地化した地区には,暖房やトイレなど基本的インフラの整備が遅れ,住宅の傷みが激しくファサードが劣化した住宅が多く,所得が少なく,失業者や年金生活者が集住する傾向がみられる。<BR> J&oacute;zsefv&aacute;ros区にもそうした住宅が多くみられ,早急な改修が求められているが,ここにはロマが集住していることから,彼らの生活環境の整備も大きな課題になっており,住宅の改修事業を推進するために,ブダペスト市とJ&oacute;zsefv&aacute;ros区の出資によって設立された再開発会社R&eacute;v8が主導となって事業の立案と実施がなされている。<BR> 会社の事業は大きく二つに分けられる。(1)老朽化が激しく,生活環境がきわめて悪い建物をすべて撤去して土地を新しい投資家に販売する。これは事業全体の財源を確保するために不可欠であり,これによって大規模な取り壊しが行われ,まったく新しい市街地が建設される。(2)土地の売却によって得られた資金を用いて他の再開発事業を実施する。これは19世紀の住宅を段階的に改修するものであり,居住者は入れ替わらず,住宅所有者も変更しない。<BR> 具体的な事業としてMagdolna地区のプロジェクトをみてみよう。この事業地区はJ&oacute;zsefv&aacute;ros区の中央部に位置する約34ha,人口は12,068人(2001年)の区域である。都心からわずか2kmほどの位置にありながら,市内でも屈指の貧困地区とされている。1919年までに建てられた建物が地区全体の建物の88%を占めていた。しかも,そのほとんどは建てられた当時の施設や間取りのままであり,改修がなされてこなかったために老朽化が著しい劣悪な居住環境になっている。安い賃貸料を求めて居住する低所得者層が長期にわたって居住してきた。<BR> これらの住宅のほとんどは,社会主義時代には他の地区の住宅と同様,国の管理下におかれていた。それが政治改革とともに区に移管されたが,老朽化が激しい住宅の買い手はつかず,依然として区が所有している。賃貸料は安価なままに据え置かれている。<BR> 居住環境には大きな問題がある。住宅密度が高く,低所得者層が中心で,教育水準が低い。対象となっている住宅の住民はほぼ100%ロマが占めている。他の地区の住民との接触が少なく,衛生や安全の問題を抱えた地区として,再開発が望まれている。<BR> しかしその一方で,住民の居住暦が比較的長く,土地の住民としての意識を比較的強く持っている点を考慮せねばならない。住民同士のつながりもあり,一定のコミュニティを構築している。現存の建物を撤去する再開発事業を実施してしまうと,新設住宅には低所得のロマは入居することができず,コミュニティは崩壊してしまう。当該地区からロマを追い出し,地区の生活環境を高めることはできるが,ロマ自身の生活改善にはつながらず,ロマ問題の解決にならない。<BR> そこで建物の撤去を行わず,住民の転居を伴わない改修事業が企画されている。改修事業は居住者の要望のできるだけ救い上げ,住民が居住したままで住宅の整備がはかられようとしている。また公共空間の設営も重視され,たとえば既存の広場の緑地化,散歩道や広場の造成など住民が利用しやすい空間へと整備が進められている。コミュニティセンターの構築も重要な作業課題であり,地域コミュニティの強化や地区の安全・防犯に向けた情報交換の促進,企業集団の形成などが期待されている。<BR> ロマが居住する点を考慮した事業も展開されている。学校教育を十分に受けていない住民が多く,失業率がきわめて高いことから,幼稚園や小学校を整備し,読み書きや計算など基本的な授業プログラムの実施が計画されている。また成人向けの再教育プログラムも構想に加えられている。