著者
加賀美 雅弘 ペーター・モイスブルガー
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.72, no.8, pp.489-507, 1999
被引用文献数
1

本稿は,19世紀末のオーストリア・ハンガリー帝国領内における地域間格差を,住民の健康状態に着目して明らかにすることを目的とした.帝国は広大な領域を持ち,国内にある地域間格差がヨーロッパ全域の地域構造を把握する際にきわめて有意義であることが指摘されていながら,地理学においてはこれまでまったく議論されてこなかった.本稿では,『軍統計年鑑』に掲載されている徴兵検査結果に注目し,地域差を呈する住民の健康状態から地域間格差を論じた.具体的には,健康状態を全般的に示ずと考えられる身体の衰弱と低身長,さらに異なる地域的要因を持つ疾病として甲状腺腫,クレチン病,歯の疾患を取り上げ,その地域差を検討した.<br> これらの地域差を描写した結果,徴兵検査に代表される住民の健康状態の地域差が,地域の経済水準や医療・衛生施設の整備,生活水準の地域差と関わること,この地域差が地域外から流入するイノベーションや地域住民のイノベーション受容によって規定されるとの解釈を提示した.19世紀後半は,帝国において鉄道建設をはじめとする近代化が進行した時期にあたり,健康状態の地域差はかかる近代化のプロセスの地域差を反映するものであるといえる.
著者
加賀美 雅弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

日本語文献における外国地名の表記方法は,現地語による表記方法が重視されつつも,実際には内生地名endonymと外来地名exodymが混在し,現地語とは異なる表記が慣用化しているケースも少なくない。また,同じ地名が異なる表記なるなど表記のブレもあらわれている。このように外国地名の表記方法は,一定の規定がないために混乱しているといえる。しかし,国際的な情報交流を推進する上でも,地名表記方法の標準化は不可欠である。内生地名と外来地名それぞれの意義と問題点に関する議論が国連地名標準化会議と,その下部組織である国連地名専門家グループUNGEGNで活発に議論されているが,日本の地理学においても,地名の表記方法についての関心を高める必要がある。一方,ドイツ語圏では地名表記に関する議論が積極的になされており,地名の表記が,そこに住んできた人々の歴史や伝統文化を想起させる点で,彼らのアイデンティティと深くかかわっていることが指摘されている。以上を踏まえて,ドイツの地理学文献における東ヨーロッパの地名の表記方法を整理し,日本における外国地名表記のあり方について検討した。その結果として,ドイツ語圏において外国地名の表記方法が過渡的な時期にあることを明示し,日本の外国地名表記にもアイデンティティの問題が考慮されるべきである点に言及した。
著者
加賀美 雅弘 コヴァーチュ ゾルターン
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.19, 2008

<BR> 1990年代以降,ハンガリーの首都ブダペストにおいては,都市の再生事業が活発化している。これは,行政や経済の中心地としての都市整備を念頭に置いたものであるが,その一方で,市内に多くのロマが集住する地区があり,その生活環境の改善と彼らの社会経済的地位の向上も大きな課題にあげられている。この発表では,ハンガリーの首都ブダペストの特定地区にロマが集住することと,体制の転換とともに激変しつつある都市構造とのかかわりを,特に都市再開発事業に注目して考察する。<BR> ブダペスト市街地における居住者の社会経済的水準や生活環境には著しい格差がみられる。とりわけ19世紀後半から20世紀初頭に市街地化した地区には,暖房やトイレなど基本的インフラの整備が遅れ,住宅の傷みが激しくファサードが劣化した住宅が多く,所得が少なく,失業者や年金生活者が集住する傾向がみられる。<BR> J&oacute;zsefv&aacute;ros区にもそうした住宅が多くみられ,早急な改修が求められているが,ここにはロマが集住していることから,彼らの生活環境の整備も大きな課題になっており,住宅の改修事業を推進するために,ブダペスト市とJ&oacute;zsefv&aacute;ros区の出資によって設立された再開発会社R&eacute;v8が主導となって事業の立案と実施がなされている。<BR> 会社の事業は大きく二つに分けられる。(1)老朽化が激しく,生活環境がきわめて悪い建物をすべて撤去して土地を新しい投資家に販売する。これは事業全体の財源を確保するために不可欠であり,これによって大規模な取り壊しが行われ,まったく新しい市街地が建設される。(2)土地の売却によって得られた資金を用いて他の再開発事業を実施する。これは19世紀の住宅を段階的に改修するものであり,居住者は入れ替わらず,住宅所有者も変更しない。<BR> 具体的な事業としてMagdolna地区のプロジェクトをみてみよう。この事業地区はJ&oacute;zsefv&aacute;ros区の中央部に位置する約34ha,人口は12,068人(2001年)の区域である。都心からわずか2kmほどの位置にありながら,市内でも屈指の貧困地区とされている。1919年までに建てられた建物が地区全体の建物の88%を占めていた。しかも,そのほとんどは建てられた当時の施設や間取りのままであり,改修がなされてこなかったために老朽化が著しい劣悪な居住環境になっている。安い賃貸料を求めて居住する低所得者層が長期にわたって居住してきた。<BR> これらの住宅のほとんどは,社会主義時代には他の地区の住宅と同様,国の管理下におかれていた。それが政治改革とともに区に移管されたが,老朽化が激しい住宅の買い手はつかず,依然として区が所有している。賃貸料は安価なままに据え置かれている。<BR> 居住環境には大きな問題がある。住宅密度が高く,低所得者層が中心で,教育水準が低い。対象となっている住宅の住民はほぼ100%ロマが占めている。他の地区の住民との接触が少なく,衛生や安全の問題を抱えた地区として,再開発が望まれている。<BR> しかしその一方で,住民の居住暦が比較的長く,土地の住民としての意識を比較的強く持っている点を考慮せねばならない。住民同士のつながりもあり,一定のコミュニティを構築している。現存の建物を撤去する再開発事業を実施してしまうと,新設住宅には低所得のロマは入居することができず,コミュニティは崩壊してしまう。当該地区からロマを追い出し,地区の生活環境を高めることはできるが,ロマ自身の生活改善にはつながらず,ロマ問題の解決にならない。<BR> そこで建物の撤去を行わず,住民の転居を伴わない改修事業が企画されている。改修事業は居住者の要望のできるだけ救い上げ,住民が居住したままで住宅の整備がはかられようとしている。また公共空間の設営も重視され,たとえば既存の広場の緑地化,散歩道や広場の造成など住民が利用しやすい空間へと整備が進められている。コミュニティセンターの構築も重要な作業課題であり,地域コミュニティの強化や地区の安全・防犯に向けた情報交換の促進,企業集団の形成などが期待されている。<BR> ロマが居住する点を考慮した事業も展開されている。学校教育を十分に受けていない住民が多く,失業率がきわめて高いことから,幼稚園や小学校を整備し,読み書きや計算など基本的な授業プログラムの実施が計画されている。また成人向けの再教育プログラムも構想に加えられている。
著者
加賀美 雅弘
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.1-14, 1992-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
21

住民の健康状態(疾病)の地域差に着目することによって地域性を把握することが本稿の目的である。健康状態を表現するデータを入手することは一般に難しく,多くは歴史的な資料に限られる。ここでは,北イタリアのアルトアディジェ州(南チロルとトレンチーノ)がかつてオーストリア帝国領であった1910年に実施された徴兵検査の結果個票を分析資料とした。この資料には,徴兵検査の合・不合格の判定はもとより,不合格理由としての疾病,住所,身長,母国語など個人の属性が載せられている。 この隣接する二つの地域は,中世以来,南チロルにドイツ系がそしてトレンチーノにイタリア系の住民がそれそれ居住してきたために,両地域の性格には明瞭な差異が観察される。この違いは住民の健康状態にも反映されている。たとえば徴兵検査の結果である合否の割合を見ると,南チロルに比べてトレンチーノでは不合格者の割合が高い傾向にある。また,疾病の種類にも地域的な違いが認められる。とりわけ注目されるのが,トレンチーノの農村,山地地域に目立って発生する皮膚病と甲状腺疾患である。この二つの疾病は, 1910年当時,トレンチーノに蔓延していたペラグラと甲状腺腫を意味するものと言える。そこで,この二つの疾病に関与する地域の諸要素を総合的に捉えることによって,疾病に着目したトレンチーノの地域性を描写することができた。
著者
籾山 政子 加賀美 雅弘 佐藤 都喜子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.50-58, 1988-05-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
30

わが国における医学地理学研究は近年の研究テーマの多様化に,その著しい発展を見てとることができる。たとえば,住民の医療行動を空間的に分析した医療圏研究,あるいはこれを民俗的現象と結びつけた研究などに多くの関心が寄せられつつある。しかし,わが国の医学地理学の主流は,なお疾病死亡の地域較差をテーマとした研究にあるといえよう。この種の研究,とりわけ,その分析対象と方法は世界的動向と比較的類似している。しかし,一方,ここにはわが国独特の研究動向,すなわち籾山による疾病死亡の季節変化に派生する一連の研究がある。本報告は,この種の研究を取りあげ,わが国の医学地理学研究の特色および今後の展望を検討したものである。 近年つぎつぎに刊行された疾病地図は,本分野の社会的重要性を喚起したものとしてきわめて重要視されている。なかでもわが国における死因の第一位を占めてきた脳卒中死亡の地域較差は,これを契機にして,地理学をはじめ,疫学,人類生態学,統計学など,多彩な方面から検討されている。地理学においては,かかる地域較差を規定するような地域的要因,とくに気候的要因,それに加えて社会経済的要因の解明が,統計学的に進められている。そこでは,対象となる地域のスケールを変えることによって,疾病と地域とのさまざまな関係が解明される。これら諸関係を地理的スケールに応じて整理することが,地理学的現象としての脳卒中死亡,ひいては疾病全般の意味を吟味することになり,今後の医学地理学研究の展開にとって重要なポイントとなるであろう。
著者
加賀美 雅弘
出版者
日本地理教育学会
雑誌
新地理 (ISSN:05598362)
巻号頁・発行日
vol.42, no.4, pp.13-27, 1995-03-25 (Released:2010-04-30)
参考文献数
27

Nach der Wiedervereinigung Deutschlands sind deutliche regionale Disparitäten zwischen Ost- und Westdeutschland in den Vordergrund getreten, und die Migration zwischen den beiden Gebieten hat stark zugenommen. In diesem Artikel wird der regionale Aspekt der Zuwanderung von Ost nach West, insbesondere des Pendelwesens, diskutiert.In Westdeutschland, besonders im ehemaligen Zonenrandgebiet, das durch eine schwache Wirtschaftsstruktur charakterisiert ist, hat zur Zeit der Grenzöffnung sehr viele Zuwanderer und Pendler aus Ostdeutschland aufgenommen. Doch war dies ein kurzfristiges Phänomen, denn neuerdings orientieren sich die Zuwanderer bis zu vom Grenzgebiet weiter entfernten Großstädten. Daraus ergibt sich, daß die vor der Wende typische Tendenz, d. h. die Entwicklung der urbanen Zonen einerseits und die Stagnation der Peripherräume andererseits, sich weiter fortsetzt und die regionalen Zentrum-Peripherie-Disparitäten werden immer deutlicher hervortreten.Nach der enthusiastischen Zeit der Grenzöffnung und Wiedervereinigung erscheint die Enttäuschung und Unzufriedenheit umso größer. Für Westdeutsche sind die ökonomischen und materiellen Belastungen zugunsten des Wiederaufbaus Ostdeutschlands bedeutend, andererseits ist für Ostdeutsche der einseitige Verlauf der Vereinigung ohne Berücksichtigung der alten politischen, ökonomischen, sozialen sowie kulturellen Systeme Ostdeutschlands ebenso bedrückend. Es geht in diesem Aufsatz somit sowohl um die ökonomischen wie sozialen und psychologischen Wandel soll zwischen den beiden deutschen Gebieten, und ihr mittel- und langfristiger Disparitäten diskutiert werden.
著者
加賀美 雅弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.116-117, 2017 (Released:2017-09-30)
被引用文献数
1
著者
矢ケ崎 典隆 山下 清海 加賀美 雅弘 根田 克彦 山根 拓 石井 久生 浦部 浩之 大石 太郎
出版者
日本大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

多民族社会として知られるアメリカ合衆国では、移民集団はいつの時代にも異なる文化を持ち込み、それが蓄積されて基層(古いものが残存するアメリカ)を形成してきた。従来のアメリカ地誌は表層(新しいものを生み出すアメリカ)に注目した。しかし、1970年代以降、アメリカ社会が変化するにつれて、移民の文化を再認識し、保存し、再生し、発信する活動が各地で活発化している。多様な文化の残存、移民博物館、移民文化の観光資源化に焦点を当てることにより、現代のアメリカ地誌をグローバルな枠組みにおいて読み解き直すことができる。アメリカ合衆国はまさに「世界の博物館」である。
著者
加賀美 雅弘
出版者
The Japanese Society of Health and Human Ecology
雑誌
民族衛生 (ISSN:03689395)
巻号頁・発行日
vol.55, no.6, pp.273-280, 1989

There are various regional elements which relate to the health condition of inhabitants. The purpose of the study is to show the military conscription data for the systematic elucidation of such relationships. The records of the physical examination taken in 1910 for the conscription of twenty-year-old male in the Austrian monarchy have been used. For each examinee, besides a success or failure of the conscription, names of diseases as reason for failure, occupation, stature and mother tongue (German or Italian) are recorded. A total of 4, 790 persons, 1, 661 persons in the South Tyrol and 3, 129 in Trentino in the Northern Italy has been analyzed for comparison of the health condition between these two regions which have the distinct regional characters. As a result of the analysis, it was clarified that the percentage of failures in Trentino was much more than that in the South Tyrol . In regard to the regional variation of diseases, skin diseases and diseases of thyroid gland are relatively dominant in rural and mountainous regions in Trentino, which can mean endemic pellagra and goiter prevalent in the region in the early 20th century. Furthermore, using the military conscription data the complicate relationships between disease and regional elements, i.e. physical and socio-economic elements, in Trentino could be described qualitatively .