著者
ブラジル マークA シャーガリン イェフゲニ
出版者
公益財団法人 山階鳥類研究所
雑誌
山階鳥類研究所研究報告 (ISSN:00440183)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.162-199, 2002

オオハクチョウ(<i>Cygnus cygnus</i>)の生息域の大半は,ロシアおよびその周辺の旧ソ連邦共和国の境界内に含まれている。従来,本種に関する研究の多くは,ヨーロッパと日本で行なわれてきたが,1980年以降,ロシアでもかなりの量の研究が行なわれるようになった。これらの研究の大半はロシア国内の論文誌,それも地方の論文誌で発表されることが多いため,ロシア以外の研究者がこれらの文献に接したり,入手したりする機会は非常に限られている。このたび私たちは,本種を対象とした,ロシア国内の4地域における文献を整理,検討した。<br>そして,これら4地域:1)ロシア西部(ウラル山脈の西側)2)シベリア西部(ウラル山脈東側からエニセイ川まで)3)シベリア中東部(エニセイ川からレナ川まで)4)ロシア極東部(レナ川からベーリング海まで)における本種の個体数,繁殖生態,越冬地の範囲,渡り,換羽行動についても,おおよその全体像を求めてみた。この4地域の面積はいずれも,ヨーロッパ個体群が占有する面積とほぼ同じ,あるいははるかに上回っているかである。また,現在,個体群の大きさに関する正確な情報が入手できるのは,この4地域のみである。なお,本号ではロシア西部とシベリア西部,次号ではシベリア中東部とロシア極東部を報告する。<br>ロシアのオオハクチョウ個体群は大きく,おおむね安定している。また,北に向かって生息域を拡大しつつあると推定される。これらの個体群は,生息環境の撹乱や悪化,生息地の消失,狩猟などさまざまな人為的影響に悩まされているが,場所によっては,先に述べたような否定的影響が減少して,繁殖地を取り戻しつつあるところもある。ロシアのオオハクチョウは,北西部のコラ半島から東部のチュコト半島のアナディル渓谷とカムチャツカにかけて分布している。繁殖域の北限は通常,北緯67~68度付近であるが,場合によっては北緯70度まで,まれに北緯72度まで北上して繁殖した例があり,繁殖域の北限が徐々に北上しつつあるという状況証拠にもなっている。ヨーロッパロシア西部におけるオオハクチョウの繁殖域の南限は北緯62度であるが,サハリンやカムチャツカでは北緯50~55度まで南下する。西部のオオハクチョウは北緯47~50度付近まで南下して越冬するが,最も南の越冬地は日本にある。これは気候的な理由によるもので,日本では北緯35~40度にかけての低緯度地域に多数の個体が越冬しているのが観察される。ロシアではオオハクチョウは,タイガ北部と森林ツンドラおよびツンドラの一部で繁殖する鳥である。オオハクチョウの個体数と生息域は,20世紀半ばに生じた人為的影響により,一部の地域,特に西部で,19世紀から20世紀初頭のレベルにまで減少した。しかしながら,20世紀後半になるとオオハクチョウはかつての分布域を取り戻し始めた。<br>推定個体数は同一地域でも報告によって大幅に異なる.例えば,ロシア西部とシベリア西部の地域での個体数は1万羽程度から10万羽以上と推定されている(Ravkin 1991, Rees <i>et al</i>.1997)。このため,全個体数を推定することは事実上不可能である。最大のオオハクチョウ生息地であるこの地には,かなりの研究の余地がある。カムチャツカ,日本,朝鮮半島および中国における越冬個体数から推定すると,ロシア極東部には約6万羽が生息していると考えられる。世界のオオハクチョウの大多数はロシア国内で繁殖を行なうが,そのほとんどはロシア国境を越え,バルト海,カスピ海,日本海周辺などの近隣の国々で越冬する。渡りの時期は地方によって異なるが,少なくとも秋の渡りは,急激な気温の降下,特に日中の気温が5&deg;Cから0&deg;Cに降下することが引き金になっているらしい。ロシア各地で得られた記録からは,春と秋の渡りにいくつかの波があることがわかる。春の渡りでは,前半はつがいや家族が優勢で,後半は非繁殖個体が多くなる。秋には非繁殖個体のほうが繁殖個体より早めに渡り始める。これは,初期の渡りの群れには幼鳥が少なく,後半になるとつがいや家族,ヒナ連れの群れが多くなることからもわかる。生息域の西側では,オオハクチョウが,コブハクチョウ(<i>Cygnus olor</i>)やコハクチョウ(<i>Cygnus columbianus bewickii</i>)と一緒に渡りをしているのが観察されることもある。また東側では,コハクチョウと同じ中継地点を利用することが多い。<br>現在のロシア国境内におけるオオハクチョウ繁殖地は広く,在住のハクチョウ研究者は少ない。そのうえ,交通の便の悪い地域が大半という条件下では,最低限の基礎情報すら得られない地域があっても驚くに値しない。それにもかかわらずここ数十年の間にロシア国内で多数の論文が発表されていることは,素晴らしいことである。