著者
三浦 隆史
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

1.アルツハイマー病の原因のひとつである、アミロイドβペプチド(Aβ)の凝集は、亜鉛イオンによって効率的に促進されることが知られていた。本研究者は、銅イオン共存下では亜鉛による凝集が阻害されることを明らかにした。亜鉛はAβ中に3残基存在するヒスチジンのNτ原子に結合し、分子間架橋を形成する。これに対し、銅はヒスチジンのNπ原子とその周囲のアミド基を配位子として分子内キレートを形成するため、亜鉛による分子間架橋を競合的に阻害する。銅イオンのAβ凝集阻害効果は、CU/Aβモル比が4付近で最も強い。これより高濃度になると、銅はそれ自体Aβ凝集能を持つようになる。このAβ凝集の原因となるのは、銅のチロシン残基への結合であることがわかった。2.鉄イオン[Fe(III)]も強いAβ凝集能を持つことが知られている。本研究者は、Aβの鉄イオン結合部位を調べた。AβにFe(III)イオンを添加すると褐色の沈殿を生じた。上清と沈殿を分離した後、各々の514.5nm励起ラマンスペクトルを測定したところ、沈殿からは金属と結合したチロシネート(Tyr^-)のスペクトルが得られた。このスペクトルは、可視領域のTyr^-→Fe電荷移動吸収に共鳴することによりTyr^-の散乱強度が顕著に増大したものである。一方、上清から得られたスペクトルにはTyr^-の共鳴ラマンバンドと他のペプチド部分の非共鳴ラマンバンドが共に観測された。このスペクトルの解析から、3個のHisはFe(III)と結合していないことが明らかとなり、Fe(III)の主な結合部位はTyr10のフェノール酸素であることが示された。
著者
三浦 隆史
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

プリオン病は脳内タンパク質により引き起こされる致死性の神経変性疾患であり、感染性を示す点でアルツハイマー病などの他の痴呆症とは異なる特徴を持つ。正常なプリオンタンパク質(PrP^c)は約210アミノ酸残基からなり、C末端側約半分の領域はαヘリックスに富む。このαヘリックスの一部がβシートに転移すると分子間会合によってアミロイド化し病原性を示すようになる。最近、研究代表者はPrP^cのN末端領域に存在するPHGGGWGQというオクタペプチドの繰り返し配列にCu (II)イオンが結合すると、そのC末端方向にαヘリックス構造が誘起される新しい現象を見い出した。本研究では、この知見を基礎として、(1)金属結合部位の特定と(2)繰り返しの理由の解明を行った。1.オクタペプチド(NPr1)とCuの複合体のラマンスペクトルから、ヒスチジンのイミダゾール側鎖および脱プロトン化した主鎖アミドの窒素原子が配位子となることがわかった。さらにオクタペプチドの断片化を行うことにより、HGGG領域がCu結合部位であることを明らかにした。2.NPr1の場合、金属複合体形成はペプチドに対して2当量以上のCu (II)イオンの存在を必要とする。しかし、オクタペプチド2回繰り返しからなる16merペプチド(NPr2)ではオクタペプチドユニット当り1当量のCu存在下で顕著な複合体形成を示し、Cuに対する親和性の増加が認められた。以上の結果から、PHGGGWGQ配列が連続することで、HGGG部位がCuに効率的に結合し、PrP^cのαヘリックス構造が安定化されることがわかった。脳内の金属イオン濃度やpHの変動によるオクタペプチド領域の構造変化がプリオンタンパク質の病原化の原因である可能性がある。