- 著者
-
三澤 貴宏
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.77, no.1, pp.4-13, 2022-01-05 (Released:2022-01-05)
- 参考文献数
- 61
超伝導は最も魅惑的な物理現象の一つである.電気抵抗0で電流を流せる驚異的な性質から,基礎物理からの興味だけでなく,産業応用の可能性も盛んに研究されている.長らく超伝導は極低温で発現する現象であったが,1986年の銅酸化物高温超伝導体の発見はそれまでの常識を覆し,超伝導転移温度がはるかに高くなりうる可能性を示した.さらに,2008年鉄系超伝導体の発見は銅酸化物に限られてきた高温超伝導が別の物質群でも起きることを示し,銅酸化物との類似点・差異から超伝導機構を理解しようとする研究が全世界的規模で行われている.長年の研究によって,これらの高温超伝導の主たる駆動力は固体の電子間の相互作用にあるというコンセンサスが形成されつつある.しかし,電子間の相互作用がどのようにして高温超伝導をもたらしているのかはまだ明確な答えに至っていない.起源解明を拒んできた主な原因は,固体中の電子間相互作用の大きさを定量的に評価する計算手法の不在と,電子間相互作用の効果を精緻に調べる計算手法の不在であった.この20年で固体中の電子間相互作用の理論研究は大きく進み,これらの困難が解消されつつある.発展の鍵の一つは固体の電子状態を記述する有効ハミルトニアンの非経験的な導出法の進展である.これによって,構成元素・格子構造の情報のみから固体の電子間相互作用の情報を定量的に評価できることが可能になり,物質ごとの電子相関の差異を定量的に議論することが可能となった.もう一つの発展は有効ハミルトニアンを解析する手法の発展である.量子格子模型を解析する計算手法の進展はめざましく,精度向上だけではなくて,従来は困難であると考えられてきた有限温度計算,非平衡計算,スペクトラム計算が可能になりつつある.この有効ハミルトニアン導出と有効ハミルトニアン解析を融合させた計算手法は「第一原理強相関計算手法」といわれ,高温超伝導・量子スピン液体に代表される新奇量子相の起源を解明できる手法として注目を集めている.この第一原理強相関計算手法を鉄系超伝導体・銅酸化物高温超伝導体に適用した.超伝導状態を含む実験相図を再現したうえで,系統的にハミルトニアンのパラメータを変化させることによって,一様電荷感受率の増大と超伝導の安定性が一対一に対応していることを明らかにした.この計算結果は高温超伝導の主な駆動力は,「一様電荷感受率の増大」=「相分離への不安定性に伴う電子間の有効的な引力」であることを示唆している.さらに,銅酸化物高温超伝導体の界面で観測されている超伝導転移温度が金属側のドーピング濃度によらずに一定に保たれる現象が,積層方向の自由度を利用した相分離への不安定性の解消でよく説明できることを示した.これは高温超伝導の背後に一様電荷感受率の増大があることを支持する結果となっている.第一原理強相関計算手法は大きな成功を収めているが,計算手法の高度化とともに新規参入への障壁が高くなっている.この障壁を取り除くために,開発した計算手法をオープンソースソフトウェアとして共有する活動が活発になっている.この活動の一環として,我々は第一原理強相関計算手法を実行するソフトウェアを公開・普及する活動を行っている.