著者
市川 俊英 上田 恭一郎
出版者
香川大学農学部
雑誌
香川大学農学部学術報告 (ISSN:03685128)
巻号頁・発行日
vol.62, no.115, pp.39-58, 2010-02

落葉性コナラ属植物樹幹の剥皮箇所から長期間に亘って滲出する樹液の滲出要因を明らかにするため、香川大学農学部(34°16′35″N、134°7′29″E)から15km以内に位置する11地点の雑木林で胸高直径5cm以上の落葉性コナラ属植物を調査した。7〜9月の調査で4樹種が確認され、それらの中でクヌギQuercus acutissima764本中の35本、アベマキQ. variabilis462本中の5本、コナラQ. serrata371本中の1本およびナラガシワQ. aliena3本中の0本で樹液滲出が確認された。少数のナラガシワを除く3樹種で樹液滲出木の調査を進めた結果、樹液滲出木中、調査可能な樹高2m以下に樹液滲出箇所(剥皮箇所)のあった35本(クヌギ29本、アベマキ5本、コナラ1本)中の26本で、ボクトウガ科の幼虫とその孔道が、7本で孔道のみが発見された。このため、その他3地点も含めて3樹種の樹液滲出箇所でこの幼虫を採集し、羽化成虫の分類学的調査を行なった結果、10個体(雄2個体、雌8個体)すべてが四国未記録種のボクトウガCossus jezoensis (Matsumura)であることを確認した。上記35本中の11本(クヌギ10本、アベマキ1本)で、樹液滲出箇所数の時期的変化およびボクトウガ幼虫の行動を2年間(1999、2000年)、4月から12月まで月2、3回の間隔で日中に調査した。その結果、樹液は概略5月中旬から11月上旬まで滲出することがわかった。また、剥皮箇所周縁部に孔道を作ったボクトウガ幼虫は、孔道開口部から体の一部を出して静止していたり、隣接孔道内に生息する幼虫と発音を伴う闘争をしたり、孔道から外へ出て樹幹表面を歩行したりすることに加えて、孔道関口部から体の一部を出して場所を少しずつ変えながら剥皮箇所の表面を削るようにかじること(切削行動)が明らかになった。さらに、樹液が滲出する孔道開口部周辺に集まってきた樹液食昆虫を大顎で捕獲して孔道内に引き込もうとする行動も観察された。このようなボクトウガ幼虫の行動をさらに多く観察するために別の随時調査(1998〜2002年)も行なった結果、樹液中で発生して増殖する日本未記録のAlgophagidae科の新種クヌギジュエキダニHericia sanukiensis Fashing and Okabeを捕食するとともに、上記の通り、孔道開口部に集まってきた樹液食昆虫の捕食行動も示し、それらの中のわずか2例であったが、アリとハエを捕食した。6月から11月に亘って観察されたボクトウガ幼虫の捕食行動は上記の樹液滲出期間とほぼ一致していた。このような一致とボクトウガ幼虫が示す切削行動および樹液がボクトウガ幼虫の孔道とその周辺から流下していることを考え合せると、落葉性コナラ属植物の長期間に亘る樹液滲出は、ボクトウガ幼虫が、捕食するためのクヌギジュエキダニを増殖させるとともに、樹液食昆虫をおびき寄せるために、能動的に滲出させているものと考えられる。
著者
市川 後英 上田 恭一郎
出版者
香川大学農学部
巻号頁・発行日
vol.62, pp.39-58, 2010 (Released:2011-03-28)

落葉性コナラ属植物樹幹の剥皮箇所から長期間に亘って滲出する樹液の滲出要因を明らかにするため、香川大学農学部(34°16′35″N、134°7′29″E)から15km以内に位置する11地点の雑木林で胸高直径5cm以上の落葉性コナラ属植物を調査した。7〜9月の調査で4樹種が確認され、それらの中でクヌギQuercus acutissima764本中の35本、アベマキQ. variabilis462本中の5本、コナラQ. serrata371本中の1本およびナラガシワQ. aliena3本中の0本で樹液滲出が確認された。少数のナラガシワを除く3樹種で樹液滲出木の調査を進めた結果、樹液滲出木中、調査可能な樹高2m以下に樹液滲出箇所(剥皮箇所)のあった35本(クヌギ29本、アベマキ5本、コナラ1本)中の26本で、ボクトウガ科の幼虫とその孔道が、7本で孔道のみが発見された。このため、その他3地点も含めて3樹種の樹液滲出箇所でこの幼虫を採集し、羽化成虫の分類学的調査を行なった結果、10個体(雄2個体、雌8個体)すべてが四国未記録種のボクトウガCossus jezoensis (Matsumura)であることを確認した。上記35本中の11本(クヌギ10本、アベマキ1本)で、樹液滲出箇所数の時期的変化およびボクトウガ幼虫の行動を2年間(1999、2000年)、4月から12月まで月2、3回の間隔で日中に調査した。その結果、樹液は概略5月中旬から11月上旬まで滲出することがわかった。また、剥皮箇所周縁部に孔道を作ったボクトウガ幼虫は、孔道開口部から体の一部を出して静止していたり、隣接孔道内に生息する幼虫と発音を伴う闘争をしたり、孔道から外へ出て樹幹表面を歩行したりすることに加えて、孔道関口部から体の一部を出して場所を少しずつ変えながら剥皮箇所の表面を削るようにかじること(切削行動)が明らかになった。さらに、樹液が滲出する孔道開口部周辺に集まってきた樹液食昆虫を大顎で捕獲して孔道内に引き込もうとする行動も観察された。このようなボクトウガ幼虫の行動をさらに多く観察するために別の随時調査(1998〜2002年)も行なった結果、樹液中で発生して増殖する日本未記録のAlgophagidae科の新種クヌギジュエキダニHericia sanukiensis Fashing and Okabeを捕食するとともに、上記の通り、孔道開口部に集まってきた樹液食昆虫の捕食行動も示し、それらの中のわずか2例であったが、アリとハエを捕食した。6月から11月に亘って観察されたボクトウガ幼虫の捕食行動は上記の樹液滲出期間とほぼ一致していた。このような一致とボクトウガ幼虫が示す切削行動および樹液がボクトウガ幼虫の孔道とその周辺から流下していることを考え合せると、落葉性コナラ属植物の長期間に亘る樹液滲出は、ボクトウガ幼虫が、捕食するためのクヌギジュエキダニを増殖させるとともに、樹液食昆虫をおびき寄せるために、能動的に滲出させているものと考えられる。
著者
上田 恭一郎
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.59-69, 2018-03-05 (Released:2019-10-08)
参考文献数
8
被引用文献数
1

明治以降の日本の博物館の歴史を振り返ると,教育・展示部門に主力を置いた教育博物館としての役割が顕著であり,資料収集,保存・整理,研究,教育・展示といったバランスのとれた博物館活動を18世紀末には確立した欧米の博物館の歴史とは異なることが指摘される.欧米の博物館が昆虫学の発展へ貢献してきたことは,1)歴史的標本の保存機関,2)分類学を支える保存機関,3)研究された資料の保存機関,4)収集資料の研究機関,5)展示・教育機関といった形でまとめられるが,日本の博物館ではこれまで不十分であった.その原因は主に資料が十分に収集されてこなかったことにあるが,高度経済成長の時代を経て,国内外での資料収集活動が活発化し,国内に多くの実物資料・文献が保存されるに至った.組織的にも博物館の活性化は進み,国立科学博物館の充実,地方での大型館の建設,大学博物館の新設が相次いだが,現場スタッフ数の少なさ,依然として展示に重きを置くことに主因がある狭隘な収蔵庫の問題は残っている.他方ネット環境の充実は,国内外での研究協力体制を刷新し,博物館においても研究に関する多くの情報が入手しやすくなった.上述した昆虫学の発展への貢献が日本の博物館においても期待される時代を迎えたと思われる.