著者
渡邊 敬子 中井 梨恵 岡村 政明 大村 知子 矢井田 修
出版者
一般社団法人 日本家政学会
雑誌
日本家政学会誌 = Journal of home economics of Japan (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.111-121, 2009-02-15
参考文献数
17
被引用文献数
2

本研究では,健康な高齢女性の衣服の着脱時の困難について,その原因を分析することとその手法を開発することを目的とした.高齢女性が構造の異なる3種類の上衣を着脱する動作を3次元動作分析で捉え,動作時間の分析を行い,官能評価の結果と合わせて検討を行った.今回の研究で得られた結果は次のようである.(1)官能評価の結果から,高齢女性では38.5%が原型に近い上衣Aを着にくいと評価しており,健常者であっても困難を感じていることが明らかとなった.これに対して,背幅を広くすることや袖下に菱形のゆとりを入れることで上衣Aの着にくさが改善されると考えられた.(2)着衣の所要時間を算出すると,上衣Cがもっとも短く,次いでB,Aの順であった.この順序は官能評価の結果と一致した.また,着衣動作の所要時間は動作が複雑かどうかを示す上肢の軌跡長とも相関がみられた.動作の所要時間は動作時間分析として作業効率などを示す指標などに用いられているが,着脱の容易さを示す指標としても利用できると考えられた.さらに,内容ごとに区切って所要時間を算出し,構造の異なる衣服間で比較することによって,どのような動作で着衣の問題が生じるのかを明らかにすることができた.これは動作全体の時間の比較ではあいまいであった着脱の問題点を明らかにする新しい手法となるといえる.(3)着衣時のどのような動作で問題が生じているのかを明らかにするため,着衣動作を内容で区切り,所要時間を算出した.その結果,上衣Bの'フェーズ3:後の腕を通すための準備時間'がAに比べて有意に短かった.さらに腕の軌跡の観察から,原型に近い上衣Aではフェーズ3の軌跡が複雑になっているのに対し,背幅の広がるBではスムースな動きであることが分かった.このことから,Bでは背中のプリーツが広がるため,後に通す袖ぐりを前方に引っ張ることができて手首が袖ぐりに届きやすい.これに対して,Aは背幅の寸法が比較的狭く一定であるため,後から通す袖ぐりに手首が届きにくいと考えられた.背幅が狭い場合に手首を袖ぐりに入れることが困難であることが高齢女性の着衣の問題を生じているのではないかと推察された.(4)高齢女性では上衣Cの'フェーズ4:後の袖に腕を通す時間'が,A,Bに比べ有意に短かった.通常の袖幅では上腕最大囲付近で引っかかりが生じるが,袖下にマチのようなゆとりを入れることで単に袖幅が広くなり腕を袖に通しやすくなると推察された.A,Bともに高齢者や障害者に有効な構造であるといわれているが,その構造がもたらす効果に差があることが明らかになった.一方,高齢女性の中でも上衣間の着衣動作の所要時間に差がない被験者もいる他,年齢と着衣の所要時間にも相関がみられなかったことから着衣のためのゆとりの必要性には個人差があるといえた.このことに関しては,被験者の身体能力との関連から検討する.
著者
中井 梨恵 渡邊 敬子 矢井田 修
出版者
一般社団法人 日本家政学会
雑誌
一般社団法人日本家政学会研究発表要旨集 60回大会(2008年)
巻号頁・発行日
pp.82, 2008 (Released:2008-11-10)

目的:本研究は肩関節の可動域との関連から,高齢女性の前あき上衣の着衣動作が困難となるメカニズムを明らかにし,さらにこれを解消するために必要なゆとりの位置と量を明らかにすることを目的とした.方法:67~97歳までの高齢女性46名の肩関節の自動可動域と構造の異なる3種類の上衣の着衣の所要時間,上肢の位置関係との関連について検討した.さらに,必要最低限度のゆとりの量と位置を明らかにするため,高齢女性を模して,肘屈曲時の水平伸展運動の可動域を平均-9度,外転運動の可動域を平均110度に制限した若年女性12名を対象として,上衣の背面の2か所のプリーツの位置と幅を変化させて着衣の所要時間を比較した.結果:外転運動の可動域が120度以下の被験者は,146度以上の被験者に比べて‘後から通す方の袖ぐりを探る時間’が有意に長いことが明らかとなった.肩峰点,肘点,手首点の位置関係を検討した結果,高齢女性は後から通す方の袖ぐりに手首を入れる際,肘を屈曲して手首を肩より後ろへ引く動作(肘屈曲時の水平伸展運動)が困難であるため,背面のゆとりが少ない場合,肘を外転させて手首を頸の後ろの方へ移動させていた.外転運動の可動域が小さい被験者はこの動作が困難なため,所要時間が長くなると言えた.高齢女性のように肘屈曲時の水平伸展運動と外転運動の可動域が小さい場合,袖ぐりの底の高さを含んでそれより上部に12~18cmのゆとりを入れると着衣しやすいと言えた.これに対して,外転運動の可動域のみが小さい場合には袖ぐりが広い構造や後ろ身頃に6cmのゆとりがあれば着衣しやすいことから、身体機能に応じた着衣のためのゆとりの設計が必要であると言えた.