- 著者
-
中原 精一
- 出版者
- 朝日大学
- 雑誌
- 一般研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1992
1994年4月下旬に、世界注視の中で、南アフリカの総選挙が行われた。直前まで、白人右脈やイニカタ自由党の厳しい抵抗があって、多くの死者が出た。一時は投票が危ぶまれたが、蓋を開けてみると、整然としかも熱気溢れ選挙風景が、南アフリカ全土で展開された、南アフリカが1909年にイギリスの自治国として憲法を成定して以来、85年間この国では白人が政治、経済、社会を支配してきた。アフリカ人には議会に代表者を送る権利もなく、法律によって、生活の細かいところまで厳しい制限を受けていた。いわゆるアパルトヘイトである。今回の選挙はこのアパルトヘイト体制を解消して、人種協調社会の確立をめざす、新しい憲法の制定のための議会を発足させるためのものであった。しかも、アフリカ人にとっては初めての投票であったから、整然と熱気溢れた選挙風景であったのは、当然のことであった。この研究は、アパルトヘイト体制が崩壊を始めた.1990年以降の憲法政治の推移を観察しながら、総選挙後の政治、社会の状況を展望する研究であった。選挙の結果はは、白人政党の国民党の善戦で、ANCが憲法制定の主導権を取る3分の2の議席を確保できなかった。しかしこれは人種協調社会をめざす南アフリカにとっては、穏当な結果であったと思う。それでも実際政治では、ANCが責任を負うのであるから、初代アフリカ人大統領マンデラを中心に推進されることになる。政策としては、復興開発計画(RDP)によって行われるが、問題はその財政的な保障である。さらに、アパルトヘイト時代の後遺症として、土地の再配分と賠償問題、低所得層のアフリカ人の住宅建設、それにアパルトヘイト時代の解放運動家たちに対する犯罪の摘発など、難問が山積しているこれらは、これらはの研究の対象である。