著者
中屋敷 千尋
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

民主主義的政治制度が成功しているといわれるインドであるが、対象地の北インド・チベット系社会スピティ渓谷では、階層の下位に位置づけられる人々の政治的地位が向上する一方、儀式や祭礼の場面では中間層から下層の人々への差別的発言や暴力的行為が顕著になっている。本発表ではこの両義性の現状と背景を把握した上で、インドの政治体制と土着の階層制度がどのような関係にあるのかを明らかにすることが目的である。
著者
中屋敷 千尋
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.79, no.3, pp.241-263, 2014-12-31 (Released:2017-04-03)

インドは「世界最大の民主主義国家」といわれる。しかし実際には、それは理念通りに定着しているわけではない。近代的な政治制度は土着の親族などの制度に影響を与えつつ依拠することで成立することが可能となっている。本論では近代的な制度を支える過程で変容を遂げている親族関係に注目する。そして、北インド・チベット系社会スピティにおいて、親族が、比較的新しく導入された選挙の影響を受けてどのように意味づけされ、再構成されているのかを明らかにすることを目指す。ここでいう親族とは親族全般ではなく、日常生活を支える互助的な親族関係を指す。従来のチベット系社会の親族研究で重視されてきた父系出自の観念とは別に、ニリンと呼ばれる親族範疇が日常生活を支えるものとして住民に重視されてきた。ニリンとは個人の親密な血縁、姻戚関係の認識の範囲である。それと同時に、選挙活動において、このニリンは訴求力をもつものとして政党員に資源として活用される。特に、票を獲得しようと試みる政党員によって普段ニリンとは呼ばれない人までニリンに含められ、一時的なニリンの関係がつくりだされる。そのため、選挙ではその枠が拡大、縮小される。その過程で、人によっては複数のニリンに含められ、複数の立候補者に投票するよう要請され、投票行動の決定困難に陥る状況も生じている。そこでは親族の道義性と個人の戦術が入り乱れ、決定困難となっている。また、中には政治的利益のために団体化したニリンも存在する。つまり、政治的な関係が日常化したのである。ただし、政治的利益を得るための団体化は個人の選択を制限することにもなり、矛盾が存在する。ここには、親族研究において議論されてきた道義性と戦術をめぐるより複雑な問題が示されている。