著者
高木 正見 中平 賢吾 岩瀬 俊一郎
出版者
養賢堂
雑誌
農業および園芸 (ISSN:03695247)
巻号頁・発行日
vol.91, no.11, pp.1071-1079, 2016-11

レンゲは,明治から大正・昭和にかけて,水田の裏作緑肥作物として,わが国の近代稲作農業に大きく貢献してきた。また,緑肥としての効用や飼料作物として利用できるだけでなく,養蜂業にとっては,春季の蜜源植物として,レンゲは重要な存在である。レンゲ蜜は,国産蜂蜜の中でも代表的な蜂蜜なので,"はちみつの王様"と呼ばれ,現在では希少性も伴って,国産レンゲ蜜は最も高価な蜂蜜の1つであり,その一方で,ピンク色に染まったレンゲの絨毯は,1960年代以前,わが国の春の田園風景にとって,欠かせないアイテムであった。ところが,わが国におけるレンゲの作付面積は,1960年以降急激に減少した。その原因としては,化学肥料の普及や,わが国の畜産が農家の役畜的飼育から畜産専業の用畜的飼育,とりわけ企業的多畜化へ変貌し,飼料としてのレンゲの利用価値が低下したことが大きかった。さらに,レンゲ作付面積の減少に追い打ちをかけたのが,1982年に海外から侵入した,アルファルファタコゾウムシ(Hypera postica,以下「アルタコ」と略)であった。養蜂家は,レンゲ栽培農家の減少に少しでも歯止めをかけようと,稲作農家にレンゲの種子を無料で配布し,水田裏作として播種してもらうという努力も行ってきた。しかし,アルタコによる被害は激甚で,稲刈り後に播種したレンゲが,開花する前に全滅するという事態が,九州から西日本全体に広がった。アルタコは,現在では全世界的な害虫であるが,もともとは,中東および中央アジアからヨーロッパにかけて分布する,マメ科牧草の害虫であった。わが国には,1982年に九州と沖縄に侵入し,分布を拡大し,現在は本州北部を除く日本全域に分布し,レンゲの害虫として問題になっている。しかし,米国から導入された寄生蜂,ヨーロッパトビチビアメバチ(Bathyplectes anurus,以下「Ba」と略)の効果が現れ始めた福岡県を中心にした西日本では,レンゲの花が回復しつつある。そこで本稿では,このアルタコのレンゲ害虫としての生態と,天敵である寄生蜂の導入の経緯,さらに,その寄生蜂を使った生物的防除を核にした本種の総合的害虫管理(IPM)について解説する。