著者
永吉 希久子 瀧川 裕貴 呂 沢宇 下窪 拓也 渡辺 誓司 中村 美子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.73, no.4, pp.26-43, 2023-04-01 (Released:2023-04-20)

ソーシャルメディアにおける「世論」の特徴と、それを分析するメリットを検討するため、前号では2020年の安倍首相(当時)に関するツイートの分析を例として、「教師あり機械学習」によるセンチメント分析という手法を用いて、安倍首相に対する支持と不支持の態度を推定した。分析の結果、ツイートの8割近くが安倍首相に対するネガティブな態度を表していると分類され、世論調査の内閣支持率との間に、大きな乖離がみられることが明らかになった。そこで、前号で用いたのと同じ、安倍首相に関する500万のツイートについて、ツイートの話題を抽出できるトピックモデル分析という手法を用いて詳細に分析し、Twitter「世論」の特徴と、その有用性について報告する。 トピックモデルの手法は複数存在するが、本号では短文からなる文書の分析に適したギブスサンプリングディリクレ多項ミクスチャーモデル(GSDMM)を用いた。分析の結果、25のトピックが抽出され、全体の28%程度をコロナ関連のトピックが、24%程度を政治疑惑・スキャンダルに関するトピックが構成していた。トピックごとのセンチメントの分布をみると、ほとんどのトピックで安倍首相への否定的意見が大半を占めていたが、外交や「安倍首相への批判と、そうした批判者への批判」からなるトピック、辞任報道への反応では、肯定的意見も2割程度あった。また、政治的疑惑・スキャンダルに関するトピックは短期間の盛り上がりにとどまり、相対的に少数のアカウントが繰り返しツイートをする傾向にあるのに対し、新型コロナ関連のトピックは一定期間持続し、相対的に多くのアカウントが発言に参加していることも示された。 Twitter上の安倍首相への態度の大半を不支持が占めていたが、その内部は政治的疑惑・スキャンダルを中心に、相対的に少ないアカウントが積極的にリツイートを含めた発信を行うトピックと、緊急事態宣言やアベノマスクといった、多様なアカウントが否定的意見を表明したトピックが混在していたことがわかる。 Twitterデータの分析によって、通常の質問紙調査で測定できる「聞かれたから答える」意見とは異なり、人々が関心をもち、意見を表明するほどの熱意を持って抱く「世論」を測定することができる。本研究で用いたような、トピック分析やセンチメント分析などの手法を組み合わせて分析することで、人々の関心や熱意の推移、その多様性や状況による変化を検証することができる。このような点が、Twitterで世論を分析するメリットといえるだろう。 上記のように、Twitterに現れる「世論」は通常の世論調査から把握される「世論」とは質的に異なる。重要なのは、従来の世論調査から把握される世論とツイートの分析から把握される世論の、それぞれの特徴と利点、限界をふまえ、両者を補完的に用いることである。それにより、より多面的に世論を理解することができる。 *GSDMM(ギブスサンプリングディリクレ多項ミクスチャーモデル)Gibbs Sampling Dirichlet Multinomial Mixture
著者
瀧川 裕貴 永吉 希久子 呂 沢宇 下窪 拓也 渡辺 誓司 中村 美子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.73, no.3, pp.70-85, 2023-03-01 (Released:2023-03-30)

今日の社会におけるソーシャルメディアの社会的影響力は大きく、世論の動向を把握する際にソーシャルメディアの影響を考慮することは避けられない。他方で、従来の世論調査による世論の把握に比べて、ソーシャルメディアを用いた言論分析がどのような特徴と課題をもっているかについては検討が必要である。しかし、ソーシャルメディアの言論分析は従来の世論調査とは異なる方法が必要とされる。そこで、本論文では、ソーシャルメディアにおける「世論」に計算社会科学という社会科学の新たな分析方法を適用し、世論調査の結果と比較することで、ソーシャルメディアにおける「世論」の意味について検討する。その際、Twitterにおける安倍首相に関するツイートの分析を例として用いる。具体的には、教師あり機械学習によるセンチメント分析という手法を用いて、大規模なツイートデータから、安倍首相に対する支持と不支持の態度を推定する。機械学習のモデルは、ディープラーニングに基づく事前学習言語モデルBERTの改良モデルの一種であるRoBERTaを使用する。モデルの正解率は85.79%であり、十分な性能を発揮することが示された。 分類結果では、ツイートの8割近くが安倍首相に対するネガティブな態度を表していると分類され、観察期間を通じて不支持が支持を大幅に上回っていた。また、モデルが分類したセンチメントに特徴的な語を分析した結果,人間の目から見ても理解可能であり,分類がある程度妥当なものであることがわかった。このように、Twitterから読み取った安倍首相への支持と不支持の時系列変化と世論調査の内閣支持率の比較を行うと,両者は一致せず大きな乖離が見られることが明らかになった。これらの結果は,Twitter上での意見表明と一般世論との関係を考えるための材料となる。次号では,支持と不支持がどのようなトピックをめぐってなされたのか,トピックモデル分析という手法を用いて詳細に分析し,Twitter分析の有用性と課題について報告したい。
著者
中村 美子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.69, no.10, pp.100-105, 2019 (Released:2019-11-20)

アディ・ロウクリフさんは、イギリスのテレビ業界でほかの多くの新人と同じように下積みの仕事からスタートし、チャンネル4のロンドンとリオのパラリンピック放送に携わった。現在は大手商業テレビのITVで番組制作上の多様性(ダイバーシティー)を推進する責任者を務めている。この仕事は、ITVが放送するテレビ番組の出演と番組制作で人種や障害など社会的少数者とされる人々の起用を推進することだ。ロウクリフさんは、2016年リオ大会の現場で世界の放送事業者が障害者プレゼンターを起用していることを目撃し、2012年ロンドン大会で初めて障害者プレゼンターを起用したチャンネル4の挑戦が世界のテレビを変えたと実感した。イギリスでは、公共放送のBBCや商業テレビが共同でテレビ業界のダイバーシティーの現状をモニターしている。イギリス社会は男女、人種、障害、LGBTなど多様な人々で構成され、テレビの視聴者もそれとともに変化している。ロウクリフさんは、テレビにはありのままの社会を反映する義務があり、多様な人々が参加することによって、テレビの創造性が豊かになると考えている。ロウクリフさんは、テレビ業界がダイバーシティーで協働できるのは、こうしたテレビの役割と責任を自覚しているからだと言う。イギリスだけでなく世界の放送やさまざまな産業でダイバーシティーの重要性が共有されつつある。ロウクリフさんは、この動きを時代のファッションに終わらせないと言う。障害者の社会参加には長い道のりがあったように、変化を起こすには長い時間がかかる。ロウクリフさんは、なぜ多様性が重要なのかという原点を説きながら、テレビ業界のダイバーシティーを推進している。
著者
中村 美子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.68, no.9, pp.80-87, 2018

デンマークの公共放送DRは、テレビやラジオ、新聞など包括的なメディア政策協定によって、財源や任務が決められる。今年6月に「メディア政策協定2019年-2023年」が締結され、2019年からメディア受信料を段階的に廃止し税金化すること、DRの事業予算を5年間で20%削減すること、DRは情報、教育、子ども、文化等に集中することなどが決まった。メディア受信料の廃止理由は、学生など若者から不満が増して不払いが増大したことやメディア受信料は所得の大きさにかかわらず料金が一律なため、社会的に不公平だという認識が拡大したことがあげられる。ヨーロッパの公共放送の間では近年、受信料の公平負担を目的に制度改革が行われているが、デンマークにおける受信料の廃止/税金化は、メディア政策ではなく税制改革の議論で決められ、政治的交渉で決められた妥協の産物だと評される。今回のデンマークの事例は、各国に影響を与える可能性がある。