著者
波多野 純 小澤 弘 加藤 貴 丸山 伸彦
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.191-200, 1996 (Released:2018-05-01)

本研究は,江戸の多様な住空間と都市空間を,屏風絵など当時の絵画資料から読み解くことを目的とする。絵画を歴史の資料として用いる際の分析方法は確立しておらず,絵画を当時の情景の直写と誤認している研究も少なくないのが現状である。絵画は,あくまでも絵師の創作物であり,絵師や注文主の意図-時代の意志-を読み解くことによって,はじめて生きた歴史資料となる。本研究の中心資料である歴博本『江戸図屏風』(国立歴史民俗博物館蔵)は,三代将軍徳川家光の事績顕彰を目的とし,明暦大火以前の江戸と近郊が描かれた。そこには,支配者側からみた江戸の都市構造-封建的身分秩序の空間的表現-が反映されている。しかし,制作年代は,不明である。後年の制作とすれば,制作年代における絵師や注文主の意図,つまり家光の事績や時代を,あらまほしき江戸の姿として捉えたい注文主は誰で時代はいつかが,次の課題となる。いっぼう,歴博本において,地図的な都市構造と具体的な景観は,段階を追って画面に定着された。まず,寛永江戸図をもとに,江戸の支配構造を空間的に理解し,画面に割り付ける。つぎに,地域ごとに地図概念を導入し,縮尺(武家地1/1000,町人地1/1000~1/1500)を定めて道や屋敷地割りを行なう。さらに,表現したい建築や印象的な景観を,縮尺(1/300)を変え,誇張して表現する。この場合,水平方向と垂直方向で縮尺を変え,高さを誇張(3階櫓の高さは1/100)して表現することも多い。絵画表現における誇張,なかでも縮尺の自在な変換を,コンピューター・グラフィックスを用いて整理し,統一した縮尺の立面図とすると,現実の景観と心象風景の差が明確になる。大名屋敏の表門や御成門は,長大な練塀のごく1部に過ぎないが,絵師の表現対象としてははるかに大きく,道行く人にとっても強く印象に残った。それを縮尺を変換して表現した。町人地の3階櫓では,さらに高さを誇張して,整備された武都のイメージを強調した。この心象風景こそ,徳川が目指した江戸の姿であった。