著者
丸岡 悦子 諸星 利男 神田 実喜男
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.254-263, 1993-06-28 (Released:2010-09-09)
参考文献数
21

アルコール多飲は人体の諸臓器に様々な機能的, 形態的障害を引き起こすが, 口腔領域においても各唾液腺障害を合併することが知られている.特に耳下腺はしばしば腫脹するといわれており, その臨床的, 病理学的意義について興味が持たれている.今回は顎下腺を中心に, 大量飲酒者の唾液腺病変の実態を理解するとともに, その病理形態像や発症機序について検討することとした.当教室および関連施設における剖検例のうち日本酒換算一日3合以上, 10年以上のアルコール歴をもつ45症例, 対照として非アルコール多飲者25例の顎下腺・肝・膵について光顕的および組織計測学的に検索した.アルコール多飲者の顎下腺は対照群に比較し, 容積および重量 (ホルマリン固定後) ともおよそ30%増加しており, 耳下腺同様腫大化することが理解された.組織学的には腺房細胞は萎縮脱落し, 実質細胞は減少する傾向が認められ, 拡張した腺房腔や導管腔内のタンパク栓形成や石灰沈着が高頻度に認められた.またリンパ球浸潤を伴う導管炎および導管周囲炎もしばしば認められた.大量飲酒は, 唾液分泌亢進を引き起こすことが知られており, そのためタンパク栓が形成され, これを核として石灰沈着が起きることが想定された.これらは唾液の通過障害を引き起こし最終的に上皮の萎縮を来すと考えられた.線維化病変は主に小葉間 (導管周囲) に見られ, また小葉内にも認められた.前者は上述のごとく引き起こされた導管炎および導管周囲炎に続発すると想定された.後者のような小葉内細線維化は慢性アルコール性膵炎の組織像と類似しており, 実質細胞の脱落に続発しないいわゆる一次的線維化であることが示唆された.最終的に脂肪浸潤も顕著に認められ, 実質細胞の脱落を補填するように小葉内および小葉間に脂肪組織の増加が認められた.つまり顎下腺腫大化の原因は, 実質細胞の萎縮, 脱落に伴う絶対的・相対的な線維成分と脂肪組織の増加によるものと考えられた.なお検索症例中には, アルコール性障害の典型像ともいうべきアルコール性肝硬変, アルコール性肝炎, 脂肪肝, および慢性膵炎等が高頻度に認められた.しかし重篤な肝あるいは膵の病変に必ずしも高度の顎下腺病変がみられるとは限らず, これらの各臓器における病変は臓器相関により発症するのではなく, 大量飲酒によりアルコールが各臓器に対し直接的に作用した結果として発症した病変と考えられた.