著者
久恒 晃代 Hisatsune Akiyo
出版者
金沢大学大学院人間社会環境研究科
雑誌
人間社会環境研究 = Human and socio-environmental studies (ISSN:18815545)
巻号頁・発行日
no.36, pp.97-107, 2018-09-28

ウパニシャッドは, 四つの部門で形成されるヴェ ー ダ文献の最後部であり, ヴェ ーダ思想の集大成に位置づけられる文献である。 加えて, ヒンドゥ ー教の思想の根幹でもあり, 梵我一如や輪廻転生の思想とも深く関わっている。その内容の性質から. 祭式神秘主義と神話の両者から独立した本格的な哲学書と評されることもあった。 そのような哲学害ウパニシャッドにおいて, 神々の性質や神話はどのように変遷をとげていたのか, プラーフマナと同系統の神話を比較すること で明らかにし七いく。まず, 『ジャイミニーヤ ・ プラ ーフマナ』と『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』ではヴァルナ神と息子プリグの物語が記されている。 そこにおいて, ヴァルナの性質のうち水神を除く , 司法神と至高神の要素はウパニシャッドに至ると消失してしまっている。 また.『カタ ・ウパニ シャッド』には『タイッティリ ーヤ ・ プラ ーフマナ』の「ナチケ ー タス物語」と同系統の神話が継承されている。 この両者の比較により, 祭式の重要性を説く内容から,哲学的教義へと変遷し ていることが分かる。このことは,「プリグの物語」でも同様である。従ってウパニシャッドでは, ヴェ ー ダの多くの神々がその性質を消失し, 地位を低下させ, 祭式至上主義から知識の習得に重 きを置く風潮へと推移していた。その一方で, 中性的な哲学的原理プラフマンが男性神プラフマー に神格化し, ウパニシャッド の知識を会得する者であるバラモンが人間の範喀を越える存在にまで昇華している。これらのこ とは, 哲学的思考が大きくはたらくウパニシャッドにおいて,神話的思考も多分に機能している ことを示している。以上のことから, ウパニシャッドは哲学的思考と神話的思考が未分化な状態 にあると言える。