著者
二木 文明
出版者
東北文化学園大学医療福祉学部保健福祉学科
雑誌
保健福祉学研究 = Journal of health and social services (ISSN:13484567)
巻号頁・発行日
no.17, pp.13-34, 2020-03-31

ウィリアム・インジ(1913-1973)は1950年代を中心に活躍した米国の作家であり、舞台劇『ピクニック』や映画『草原の輝き』の脚本などで知られる。60年代以降、ヒット作に恵まれず、劇作から小説へと軸足を移したが、いずれも不評で、最後の作品は出版を拒否された。彼は若い頃からうつとアルコール依存に陥り、また、同性愛者であったがそのことを恥じ、60歳で自ら命を絶った。インジの作品の主要なテーマは"現実を受け入れること"や"妥協"であると評されるが、これらは人生訓というよりも彼の性格に由来するのだろう。家族関係をみるならば、父親はセールスマンで一年のほとんどを留守にしていたため、インジは神経質で過保護な母親と14歳年上の兄の影響下で成長した。彼の性格傾向と同性愛は、主としてこの2人との心理力動的関係の中で培われたと考えられる。インジにあっては、作家の道を選ぶ以外、性格に由来する生きづらさと同性愛の苦悩から逃れるすべはなかったこと、しかし、創作能力が次第に衰退していったが故に自殺へと追い込まれてしまったことなどについて考察した。
著者
二木 文明
出版者
東北文化学園大学 現代社会学部 現代社会学科
雑誌
社会学・社会福祉学研究 = Journal of Sociology and Social Work (ISSN:24368024)
巻号頁・発行日
vol.第1号, pp.63-66, 2022-03-31

高村光太郎の妻・智恵子は40歳代半ばで統合失調症 ( かつての精神分裂病) を発病し、その₇年後に亡くなった。芸術家・詩人としての生涯を全うした光太郎と比べ、彼女はその病のために画業を志半ばで断念せざるをえなかった悲劇的な人物として詩集『智恵子抄』や評伝、あるいは映画や舞台で描かれ、また、病跡学の方面でも幾つかの報告がなされている。しかし、智恵子は果たして統合失調症だったのだろうか。これまで筆者はこの点に関して諸資料を検討してきたが、現在の時点では、彼女が「自閉スペクトラム症(ASD)」の心性を持っており、このASD の心性を背景として、統合失調症ではなく、症候群という意味でのカタトニア( 緊張病) が現れたのではないかと考えている。本文に入る前に生活史を簡単に記しておくと、高村智恵子は明治19年(1886) ₅月20日、現在の福島県二本松市油井に生まれた。生家は酒造業を営み、智恵子は同胞₈人中の長子だった。学業成績は優秀で、福島高等女学校を経て、日本女子大学に入学した。在学中、女性雑誌『青鞜』の表紙絵を描いた。卒業後は油絵の道に進み、大正₂年、高村光太郎と婚約し共同生活を始めた。昭和₄年に生家の長沼家が破産した頃から精神的変調をきたし、自殺未遂の後、同11年、智恵子は南品川のゼームス坂病院に入院。診断は統合失調症だった。入院中に紙絵を作り始め、それが昭和13年の死去まで続いた。なお、死因は粟粒性結核であった。
著者
二木 文明 角田 美穂
出版者
東北文化学園大学医療福祉学部保健福祉学科
雑誌
保健福祉学研究 = Journal of health and social services (ISSN:13484567)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.33-42, 2018-03-31

谷口ジローには"散歩もの"とでも呼びうる漫画がある。たとえば、『歩く人』や『散歩もの』、『ふらり』、『ヴェネツィア』などがそれであり、さらには自然を扱った漫画もこれに含まれるだろう。それら散歩もの漫画の主人公たちは、Balint,M(マイクル・バリント)のいう「フィロバティズム」(散歩などによる、人間不在の広がりへの一体化と充足の志向)の心性を有しているのではないかと考えられるが、作者の谷口自身も同じ心性を持っていたと推測される。しかし、フィロバティズムだけでは人間関係や社会に適応できないため、フィロバット(フィロバティズム的心性の持ち主)は対象や物に対する拘泥という仕方で人生を乗り切っていこうとする。谷口も漫画家となり、当初は細密さと静止性(拘泥の表れ)を特徴とした作品を描き続けていたが、東京郊外への転居をきっかけとして、自らの心の奥に潜む広がりへの志向(フィロバティズム)に気づき、散歩もの漫画を手掛けるようになったことは十分に考えられる。