著者
井上 正望
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.130, no.4, pp.38-63, 2021 (Released:2022-04-20)

本稿は、十~十三世紀の期間を主として、中世的天皇の形成過程の検討を行うものである。中世的天皇の特徴として、個人としての側面と機関としての側面の二面性を持つことが指摘されてきたが、そのような二面性の分化過程を、特に天皇の「隠蔽」に関する検討を中心に明らかにすることを目指す。従来古代~中世の天皇変質に関しては、その相対化ばかりが注目されてきたが、実際には形式的ながらも絶対化も並行して行われていたことを明らかにする。 本稿で扱う天皇の「隠蔽」は、御簾と「如在」の利用を主とする。実在しない霊魂や神々を存在するとみなす中国の作法であった「如在」が、十世紀の日本では不出御の天皇を出御しているとみなす、天皇機関化作法に展開していたことを指摘する。そして村上天皇による母藤原穏子に対する服喪時に、清涼殿で「尋常御簾」を使用したことが、倚廬で服喪・忌み籠りしていて清涼殿に不在という天皇の個人的側面を「隠蔽」し、天皇は表向き清涼殿にいるとみなす「如在」の一形態であり、天皇機関化作法であることを述べる。これは、天皇の相対的な個人的側面を「隠蔽」し、機関化され表向き服喪することがない形式的ながらも絶対的な側面を維持する方便である。 更に御簾に関する検討から、天皇の服喪姿「隠蔽」は仁和三年から昌泰三年までの間に成立したであろうことを指摘する。これは、九世紀後半以降、特に皇親以外の天皇即位などの天皇相対化に危機感を持った天皇たち自身による天皇機関化を背景とする。 また「如在」については、皇位継承時の如在之儀を再検討する。これは本来皇位喪失による天皇「ただ人」化=相対化を「隠蔽」し、天皇を表向き皇位を喪失していない=「ただ人」化していない、形式的ながらも絶対的存在として扱う作法だったことを指摘する。 以上から、天皇「隠蔽」による天皇の二面性分化明確化過程の検討を通して、中世的天皇の形成過程を明らかにする。
著者
井上 正望
出版者
早稲田大学史学会
雑誌
史觀 (ISSN:03869350)
巻号頁・発行日
no.169, pp.1-19, 2013-09-25