- 著者
-
鈴木 誠
粟野 隆
井之川 若奈
- 出版者
- 公益社団法人 日本造園学会
- 雑誌
- ランドスケープ研究 (ISSN:13408984)
- 巻号頁・発行日
- vol.68, no.4, pp.339-350, 2005 (Released:2005-12-09)
- 参考文献数
- 45
明治時代の代表的軍人・政治家である山縣有朋(1838~1922)は築庭を趣味とした。近代日本庭園の形に強い影響を与えた庭園として無鄰庵が有名だが、この庭は山縣を施主として植治(七代目小川治兵衛)が作庭した。したがって、山縣は近代日本庭園のデザインに強い影響を与えた人物とされる。しかし、植治と無鄰庵庭園についての研究は数多いものの、山縣と庭園とに関する研究は少ない。そこで本研究は山縣有朋の庭園観について、植治と出会う以前に造営した椿山荘庭園を中心に分析考察し明らかにすることを目的とした。結果として、山縣の庭園デザインの根源に、彼の故郷萩の山川の風景-原風景があることが指摘できた。