著者
井村 博宣
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.62, no.9, pp.615-635, 1989-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18
被引用文献数
2 1

近年,わが国におけるアユ養殖業の発展は,一方において養殖地域の再編成を伴いながら進行している.そこで本稿では,全国最大の産地,那賀川平野のアユ養殖地域を事例に,地域分化の形でみられる再編成の実態とその要因を総合的視野から検討した.結果を要約すると以下のとおりである. 那賀川平野におけるアユ養殖地域は, 1964年以降産地化を進め,共撰共販体制下で生産性を飛躍的に高めて,全国最大の産地に発展してきた.しかし,この発展は産地全体に一律にはみられず,自然的・社会的条件の違いに基づいて,地区ごとに地域差が生じた.すなわち,那賀川平野のアユ養殖業は,産地形成の当初段階から,地下水が豊富な旧河道の有無に基づく左右両岸での経営形態の地域差を生じていた.その後,主産地形成事業に伴う支部制共撰共販体制の導入は,経営形態の地域差をより拡大化・固定化すると同時に,左右両岸での流通組織の地域差も顕在化させていった.第一次石油危機以降,生産費の高騰とアユ卸売価格の低下で,経営規模の内面的拡充による生産費の軽減がより重要視されるに至った.その結果,基本的に養殖業を支えている水条件の優劣が,経営の収益性を通して黒字・赤字地域という2つの地域分化を促すことになった. 以上に述べた,経営形態・流通組織・収益性を指標にして那賀川平野におけるアユ養殖地域を区分すると,左岸上・中・下流部,右岸上・中・下流部の6地区に類型化できる.なお,地域分化を規定する主たる要因としては,水条件(主要因)と流通組織(副次的要因)の2点を指摘することができる.