著者
仲澤 和馬
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.198-207, 2022-04-05 (Released:2022-04-05)
参考文献数
62

原子核は通常,u(アップ),d(ダウン)クォークが構成要素の陽子( p)と中性子(n)「核子と総称」でできている.加速器を用いると核子の仲間であり,第3のs(ストレンジ)クォークを含むハイペロンを作成できる.核子とは異粒子のハイペロンは,パウリの排他律に抵触せずに核の深部にまで到達できる.すると,核子とハイペロンだけでなくハイペロンどうしの相互作用(引力か斥力か,など)を,u,d,sクォーク3つで作られる8種の粒子間で統一的に調べることができる.一方このハイペロンは,宇宙で最高密度の中性子星の中に出現すると考えられている.バリオン間の相互作用の理解が進めば,中性子星の内部構造を解き明かすヒントが得られると期待されている.我々は,sクォーク2個が関与する相互作用の理解を進めてきた.二つのΛ粒子間,Ξ粒子と核子の間の相互作用である.1963年,このようなsクォーク2個を含む原子核:ダブルハイパー核が,原子核乾板(以下,乾板とする)中に発見されたと報告された.ダブルハイパー核を作るには,Ξ-(dss)粒子を乾板中でそっと止めて,乾板を構成する原子核に吸収させるのが効率的に思われる.相互作用を知るには,Ξ-粒子がどの程度深く束縛するか,また吸収した核の内部の陽子とΞ-粒子との反応で作られるΛ(uds)粒子二つが核内にどの程度束縛されるかを測定する必要がある.それには,通常の原子核で質量欠損を測り核子間の相互作用を知るのと同様に,ダブルハイパー核の質量欠損を測定すればよい.質量欠損は,ダブルハイパー核の生成・崩壊に関連するすべての荷電粒子の飛跡の長さから得られるそれぞれの運動エネルギー,および運動量保存から求められる.我々は,30年以上にわたりダブルハイパー核探査実験を進めてきた.1991年に,高エネルギー加速器研究機構(KEK)でK-ビームを照射した原子核乾板中に,ダブルハイパー核が確かに存在することを確認した(E176実験).それ以降,やはりKEKで実施したE373実験,さらに大強度陽子加速器(J-PARC)を使ったE07実験を遂行してきた.現在までにそれらの実験から,47例のダブルハイパー核候補事象を原子核乾板で検出した.Ξ-粒子が14Nに深く束縛した原子核(Ξハイパー核)では,その束縛エネルギー(BΞ-)から,強い相互作用が関与するs-orbit(基底状態)とp-orbit(第1励起状態)に対応すると考えられる準位構造が見えてきた.一方,二つのΛ粒子を束縛した原子核(ダブルΛハイパー核)では,その束縛エネルギー(BΛΛ)が原子量に対して直線的に変化するという興味深いようすが見えてきた.Λ粒子間の相互作用エネルギー(ΔBΛΛ)から,核種によって強さの相違は見られるものの,Λ粒子同士の間には弱い引力的な相互作用のはたらくこともわかってきた.原子核乳剤を2.1トン使った,世界最大規模のE07実験に使用した乾板には,まだ多くのダブルハイパー核事象が眠っている.乾板全面で探査・検出すべく,読み取り装置の高速化と機械学習モデルの開発を進め,数年後には多くの新たな知見が得られるものと期待している.
著者
仲澤 和馬 吉田 純也 肥山 詠美子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.5, pp.308-313, 2018-05-05 (Released:2019-02-05)
参考文献数
13
被引用文献数
1

ダブル・ハイパー核(DH核)は,ストレンジクォーク(s)を二つ含む原子核の総称である.DH核はsクォークを含むハイペロン(Y)であるΛ(uds)粒子を二つ,またはΞ-(dss)ハイペロンなど一つをバリオン間力(拡張した核力)で内包する.例えばダブル・Λハイパー核(DLH核)やΞハイパー核(Ξ核)がこれにあたる.電荷をもたないΛ粒子間や,Ξと核子間の相互作用は,その質量欠損を通じて知ることができる.通常の原子核の数倍にもなる高密度の中性子星内では,このようなハイペロンの存在が強く示唆されている.DLH核の発見は半世紀前の1963年に遡る.この年,乾板中にとらえられたΞ-粒子静止吸収事象中に1例のΛΛ10 Be,1966年のΛΛ6 He,1991年のΛΛ13 B(KEK-E176実験)である.これらの実験結果から,Λ粒子間の引力の強さ(4–5 MeV)が,Λ-核子(N)間と同程度と広く認められるようになった.ところがこの認識は,2001年1月,KEK-E373実験におけるNAGARA eventと呼ばれるDLH核,ΛΛ6 Heが発見されたことにより覆された.この事象は世界初の不定性のないDLH核の発見であり,この発見からΛ粒子間にはたらく力の強さが~1 MeVという非常に弱い引力であると,実験的に初めて明らかになった.1963年および1991年の事象,E373で発見した他の3例もNAGARA eventに矛盾しない解釈がとられ,NAGARA eventはΛΛ相互作用を議論する「ものさし」となった.NAGARA eventの発見を出発点として理論的に要求されたことは,ΛΛ相互作用の再構築とその他の発見されたDLH核の束縛状態を説明できるかどうかということであった.例えば,DEMACHIYANAGI eventと呼ばれるΛΛ10 Beの束縛状態を,NAGARA eventを説明するΛΛ相互作用で説明できることが分かった.今後は,ΛΛ相互作用のp-波相互作用,ΛΛ⇔Ξ N異粒子変換結合など,さらなる情報を得ることが理論的に重要である.そのためには,より多くの実験データを必要とする.これは,原子核物理学の大きな目的の一つである,YNおよびYY間などハイペロンをも含めたバリオン間相互作用の統一的理解につながるという意味で意義深い.2006年,東海村のJ-PARC建設開始とともにE07実験が採択された.高純度のK-ビームとE373実験の約3倍の乾板を用意して10倍以上のDLH核や確かなΞ核の発見を期待して設計した.特にこれまで行われてきたΞ-粒子生成と関連づけられる事象を選択することをやめて,乾板全面を探査しDLH核やΞ核に特有な崩壊パターンを画像処理により検出する「全面探査法」を導入することにより,さらに10倍(E373実験の100倍)の発見が期待できる.2013年,この「全面探査法」をE373乾板で試験運用して得られた約800万枚の顕微鏡画像中に,二つの分裂片にΛが一つずつ残るツイン・Λハイパー核(TLH核)を発見した.この始状態は,14NにΞ-粒子が原子軌道より深く束縛した原子核(KISO eventと命名)であると確認され,Ξ-粒子と核子間に引力が働くことが初めて明らかになり,日本物理学会の第22回論文賞を昨年受賞した.進行中のE07実験では,100を超えるDH核の発見によりNAGARA eventより重いDH核を系統的に調べることができるとともに,新種のΛΛ5 Hなどの発見によるΛΛ⇔Ξ N結合の情報を得られるのではないかと期待している.