著者
野田 知子 伊深 祥子 菅野 久実子 石川 勝江
出版者
日本家庭科教育学会
雑誌
日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.92, 2008

<b>はじめに</b> 2008年1月に発覚した「中国製冷凍餃子農薬混入事件」は、日本人に大きな衝撃を与えた。それは中国の問題のみならず、日本の食の在り方が浮き彫りにされた事件であるからである。私たちの毎日の食のあり方、食料生産と日本の農業の問題、食料と環境、消費者の権利と責任など様々な問題が内在している。食生活と消費のあり方を食の現代的課題から学ぶには「中国餃子事件」は適切な教材だと判断し、大学生対象に授業をした。<br><b>目的</b> 1どのような授業を行なうか、学生の認識から出発し、学生の意見を採り入れて編成する方法を探る。2知識だけではなく、意識・行動の変革へつながる学びの方法を検証する。これまでの共同研究*で、「各自が個人として意見をもつこと・批判的な思考を導入すること、グループ討議等で自分の意見を発表し他者との考えをすりあわせること」の3つの方法を授業に取り入れることが有効であることあきらかになっている。その方法を取り入れる。<br><b>方法</b> 「中国餃子事件」を授業の切り口として、「消費」の学習に位置づけて大学生を対象の授業をおこなう。事前事後の学生の記述をもとに学生の意識の変容を探り、授業の有効性を検討する。授業展開 対象は社会福祉学部の「家政学」受講生3年生68名。<br>1.中国餃子事件に関して、自分の認識を明らかにし、他の人の意見を知る(自分の意見を書いてから小グループで意見交換後発表)。<br>2.事件の概要を知るため、VTR「食のチャイナショック」(『ガイアの夜明け』2008年3月18日)を見る。感想・思ったことを書く。<br>3.何が問題か、何を学ぶ必要があるか、話し合う。<br>4.学習内容の提示 学生の意見を基に授業者の意見も加えて提示。<br>(1)価格のもつ意味-値段には理由がある (2)表示の見方-ジャム2種の食べ比べから (3)日本の食料事情 (4)食の安全性(「食料の価格は社会情勢・気候などにより変動する」ことを知る、に変更)(5)消費者の権利と責任-ロールフ゜レー「エコ買い」(6)食と環境-フート゛マイレーシ゛買い物ゲーム(輸送機関によるCO2排出量換算データ付カード使用)(7)公正貿易(チョコレートのフェアトレード)(8)世界的視野から日本の食の現状を見る (9)地元産小麦で餃子をつくる。<br><b>結果</b> _I_.「中国の問題」という授業前の意識が「日本の問題である」という意識に変わった。_II_.「他人の責任」という意識が「自分の問題」として捉えるようになった。<br> 授業前は、「中国の生産・衛生管理の不備」「中国人の食に対する意識の低さ」「中国の事実隠蔽体質」など「中国の問題」の記述が一番多く、次いで「輸入管理体制の不備」「外国の生産管理体制の把握に責任を負っていない企業」「事件発生後の企業の対応のまずさ」など輸入管理体制や企業の問題に関する記述が多かった。<br> 授業後の「授業を受けた現在、何が問題か」の問に対する記述を、記述数の多い順に次に示す。1日本の自給率の低さが問題・自給率を上げるべき 2日本人が輸入食品に頼りすぎている 3消費者の食に対する意識が低かった 4業の責任感のなさ・管理の甘さ 5企業が利益ばかりを追求しすぎる 6食に対して見分けられる目・安全の判断のできる目を養い選ばなくてはいけない 7環境に対して関心を持つ必要がある 8自給率が低いのは日本の農業政策が問題等の記述があった。<br> 食生活や消費のあり方など、意識・行動の変容が問われる授業では、視野を広め、物事を多面的に考えられるようになることが必要である。その為の授業方法として、学ぶ内容に学生が意見を言えること、「自分の意見を表明し他者の意見と摺り合せること」を組み込んだ授業は有効であると言えよう。*「魚の調理から始める循環型社会を志向する授業」「子どもの食生活の現状からどう学びをつくるのか―授業「なぜひとりで食べるの」」など
著者
野田 知子 伊深 祥子
出版者
日本家庭科教育学会
雑誌
日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.53, pp.82, 2010

家庭科教育学会課題研究1-1のグループでは、「食に関する教育 ―行動変容を目指した授業の検討―」という課題に取り組んだ。課題研究では、授業において、生徒が自己効力感をもつことが、意識と行動の変容を起こすことになるのではないかという仮説を立てた。 <br>研究の目的<br> 自己効力感を高める授業の要素は何か、を明らかにする。<br>研究の方法<br> 授業後の自由記述調査により、自己効力感が高まったという結果を得た、授業「なぜひとりで食べるの」(授業者:伊深祥子)を研究対象として、授業内容を録音、文字化して、次の二つの方法で分析した。<br>A.授業後、5人の教師・研究者で構成される研究会で、授業内容を共有した上で、授業者が省察し、検討をした。その内容を授業記録の「教師の思い・判断」に記入、また、その時の「教室の雰囲気」、授業の中での生徒の発言に対して教師が「発言の意味を推測」して記入して検討した。<br>B.授業記録から、教師と生徒の対応の仕方の特徴を探った。<br>省察(reflection)を協同でおこなう意味<br> 「教師の思い・判断」について、授業者は「研究会で言葉にして初めて認識した」と述べている。授業の中で、教師はその瞬間にとっさの判断で生徒の言葉に応えたり質問したりしている。その時の思いは記録には残らない。そこで複数の教師・研究者との協議の中で、その時、なぜそのような言葉を発したのかを思いだし言葉にすることで、「教師の思い・判断」が明確になる。また同時に、そのことが授業者・協議参加者の学びになる。<br>授業の流れ<br> 【_丸1_自分の食卓の絵を描く _丸2_VTR「なぜ一人で食べるの」(NHK1999年)を視聴する _丸3_「一人で食べる子どもたち」について考えたことを書く _丸4_皆の書いた考えを印刷して配り、その中からふたつ選んで、共感・批判の意見を述べる】 分析した授業は_丸4_の授業である。<br>結果<br>1.参加型の授業である<br> 授業は、生徒の声が交流する授業、教師と生徒が応答する授業である。・「なんで?」という言葉が13回以上記録されている。・「こんなこと話し合っても意味ないじゃないの。何も変わらないんじゃないの」というような授業の意味を否定する意見も言える。<br> 生徒が主体的に自分の言葉で発言できることは自己効力感を高めることの土台となると考える。 参加型の授業ができる要素として下記の3点があげられる。<br> _丸1_積極的に考える生徒(「考える授業」に取り組む)<br> _丸2_意見・批判・共感等をじっくり考えさえ述べることの出来る時間<br> _丸3_入学時から取り組んだ教室の風土など<br>2.共感を示す教師・発言する生徒の存在をまるごと受け止める教師<br> ・・授業者は「一人で食べる事が多いので、全員で食べたら疲れちゃったんだね」など、生徒の発言に共感を示す対応をしている。「共感」という言葉が、1コマの授業の中で、教師13回、生徒5回記録されている。<br>・発言している生徒に対して、「Kの家は複雑な家庭だ。大丈夫かな?」<br> 「ちょっとKを助けよう」など、生徒の背後にある家庭状況なども考慮して応答している。<br> 生徒の多様な意見や生徒の存在を丸ごと受け止める教師、価値観の一方的な押しつけはしない教師の姿勢が、生徒の発言意欲につながり、生徒の声が交流する授業を成立させ、生徒の自己効力感を高めることにつながると考える。