著者
佐々木 リディア
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.151, 2009

本研究では、ルーマニア、ドナウデルタにおける観光の持続性と、環境保全との共存・両立の可能性を考察し、そのために必要とされる対策を明示することを目的とする。 近年、自然環境保全への意識が高まる中、より持続性が高く新しい型の観光が求められている。中でもエコツーリズムはその筆頭である。「環境保全の側に立ち、地元の生活向上に貢献する、責任ある旅行の仕方である」と定義されている(TIES, 1990)。つまり、エコツーリズムは環境保全に貢献し、地元文化の伝承、地元への財政に利益をもたらし、来訪者と地元の双方の環境意識を高めることに寄与する。 1989年の政治・経済改革以降、中東欧諸国では観光業の振興が優先課題となった。ルーマニアも豊富な自然・文化資源により観光業の育成が期待されたが、消極的な政策を採り他の中東欧諸国の後塵を拝することとなった。その結果、2006年の外国人観光客数は604万人、国全体の観光業のGDPへの貢献度は1.92%と期待を下回る。このような、ルーマニアの観光業の発展の阻害要因として、以下の4つの点が挙げられる。_丸1_ 国の観光振興政策・戦略の欠如; _丸2_ 政府と民間との連携の欠如; _丸3_ 地方のインフラ整備不足(交通、宿泊のみならず、上下水道・下水処理場、ごみの収集などといった基礎インフラでさえ不足している); _丸4_ 観光業の人材が質量共に不足。そのため2007年にEU 加盟したルーマニアは、新しい観光振興戦略に基づき、EUからの支援金を受け持続的な観光業の振興に力を入れた。 本研究では、持続可能な観光に豊富な自然資源を有するドナウデルタに焦点をあてる。ドナウデルタ生態系保全地域(DDBR)は、ルーマニア最大の生物圏保存地域であり、多様な生物種(植生、野鳥327種、魚類65種など) により世界遺産に指定されている。1989年以前のドナウデルタは、自然保全エリアを除き、漁業、葦の採取販売、自給自足的農牧業、零細な観光業などが複合的に機能していたが、1990年以降厳密な自然保護地域に指定されたため、これまでの生業の継続が難しくなり新たな収入源が必要になった。当初、観光業は有望な選択肢と見られ、観光客は徐々に増加した。しかし一方で、観光は地域の資源である環境を汚染し、野生動物の生活環境を侵害し、地域文化を喪失するなどマイナスの影響をもたらす。その解決としてエコツーリズムの導入することにより、自然環境と地域文化の保護に対する、観光や地域発展という相反する目的を共に満たし、地域社会の持続的発展を可能にできると考える。 最後に、発表者は持続的地域発展を目的とする真のエコツーリズムを浸透させるためには、以下の4点が重要な対策であることを提言する。_丸1_環境保全、地域発展と観光を調和させるための新しい地域の観光振興戦略を策定する_丸2_国、地方公共団体、DDBR当局と地域コミュニティの間の連携を高める_丸3_行政が、基礎インフラ、そして観光のための投資を優先的に行う_丸4_環境保全活動に対する地域住民の意識を高め、積極的に関与させる
著者
鷹取 泰子 佐々木 リディア
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

■はじめに:研究の目的 <br><br>北海道十勝総合振興局(旧・十勝支庁)管内(以下、十勝管内)において、農村を志向して移住してきた起業家たちの流動によりもたらされたルーラル・ツーリズムを事例としてとりあげながら、その構築の諸相を明らかにすることを目的とする。<br><br>■研究の背景と事例地域概観 <br><br>十勝管内の農業は、日本の食料供給の重要拠点として機能しながら加工原料などを主たる生産物とする産地形成が進められてきた。畑作では麦類、豆類、ばれいしょ、てん菜の4品目主体の輪作体系が確立され、北海道の典型的な大規模畑作農業地域を構成している。また、農業出荷額の約半分は酪農・畜産によって占められ、冷涼な気候に恵まれて飼料生産にも適した管内は、道内でも有数の酪農・畜産地帯となっている。したがって十勝管内における農業・畜産業の本流は、生産主義を代表するような専門的で大規模化された経営に特徴づけられてきたといえ、ルーラル・ツーリズムに関する先行研究で見られるような、観光農園や直売所といったツーリズムの一形態との親和性は決して高くない。各種直売施設は現在では管内各地に立地しているが、冬季の制約もあり、近年になるまでほとんど存在しなかったという。<br><br>■農村志向の移住起業家が生んだルーラル・ツーリズム <br><br>起業家A氏(札幌出身)の場合、農場ツアー等を企画する会社を開業し、自ら農場ガイドとして圃場を案内する一方、農場経営者と都市住民とを結ぶコーディネータとしての活動も積極的におこなっている。ツアーは作物自体の収穫・消費を必ずしも主眼とはせず、また農場における観光用に準備された栽培もみられない。あくまで農家が提供する生産空間を活用していることが特徴で、ツアー参加者は広大な大地に野菜の花や実、葉が生育した様子を五感で体験することができる。農家がツアー会場に登場することは稀で、通常は農業に専念し、広大な農場というルーラリティの一部の空間を提供しているにすぎない。つまりここではルーラリティの価値が農場ガイドによって新たに引き出されながら、消費者に提供されている。現在の協力農家も消費者との交流活動には興味がありつつも、高度に専門化した農業の片手間での実施が難しかった状況で、A氏が取り持つ形で農場ツアーの実現を見たことが、この起業のきっかけにあったという。同様に、現在管内ではさまざまな動機から農村を志向し、移住してきた起業家が活動している。家庭の事情で東京からUターンし有機志向の活動に取り組む飲食店主、アメリカからCSAを逆輸入した夫婦等、彼らの経営規模はまだ小さいながら起業という形で地域に根ざした活動と協働を実践しているという点等の共通点が見出せた。<br><br>■農村を志向する起業家と地域との協働 <br><br>管外から移住し農村志向の諸活動に関わる起業家たちは、地域の農業やさまざまなコミュニティと複合的に結びつき、自身の事業の安定等を模索しながら、互いの結束を強めたり、新たな絆を生んだりしている。十勝管内のルーラル・ツーリズムの構築を支え、さらに展開させる地域要因としては、各移住者のライフステージの変遷とキャリアの蓄積にみる内容の豊富さ、フードシステムにおける地産地消への動き、有機農業者等のネットワークなどが関わっていた。管内の農業はグローバル化の影響を強く受ける品目も多いが、現在彼らとその仲間によって取り組まれつつあるルーラル・ツーリズムの多様化の諸相が、持続可能な農村空間やネットワークの重層化に寄与しうる等、今後の動向が注目される。<br><br>■謝辞: 本研究を進めるにあたり,JSPS科研費 26580144の一部を使用した。<br>
著者
鷹取 泰子 佐々木 リディア
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

本報告では、ルーマニア・南トランシルバニア地方で活躍する「ADEPT Transylvania Foundation (アデプト・トランシルバニア財団)」というNGOの活動に注目した。ルーマニアでは1989年の革命以降、NGOの数が増えており、6万2千団体以上が登録されているが(2010年時点)、農村地域で活動する団体はその3割にも満たない。<br><br>事例として取り上げる本財団はEUの共通農業政策のもと、地元自治体や他のNGO・財団法人と協力し、農村の持続可能な発展や伝統的な農村景観の保全などを目指した活動を行っている。その活動は主に以下の3つのレベルで行われている。<br><br>まず、地域コミュニティーのレベルでは、具体的に様々な事業(環境調査・保全、持続可能な農業に関するコンサルティング、食品加工開発・マーケティングなど、農村経済の多様化に関する零細・中小企業・起業家へのサポート、地元学校での環境教育など)を実現させている。<br><br>また、地域レベルでは、共通農業政策の支援金やその他のスポンサー、財団の支援を取り付ける役割を果たしている。<br><br>さらに、国・EUレベルでは、共通農業政策の改善を目指して、地域コミュニティーのニーズに合わせた政策や支援金の実現を求め、ADEPTが実際に提案し、小規模農家を対象とした支援金制度が2014年より実施されるようになっている。<br><br>10年以上にわたって実績を積んだこのようなNGOの活躍と、農​村​の​持​続​可​能​な​発​展への貢献が今後も期待されている。<br>