著者
鷹取 泰子 佐々木 リディア
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

■はじめに:研究の目的 <br><br>北海道十勝総合振興局(旧・十勝支庁)管内(以下、十勝管内)において、農村を志向して移住してきた起業家たちの流動によりもたらされたルーラル・ツーリズムを事例としてとりあげながら、その構築の諸相を明らかにすることを目的とする。<br><br>■研究の背景と事例地域概観 <br><br>十勝管内の農業は、日本の食料供給の重要拠点として機能しながら加工原料などを主たる生産物とする産地形成が進められてきた。畑作では麦類、豆類、ばれいしょ、てん菜の4品目主体の輪作体系が確立され、北海道の典型的な大規模畑作農業地域を構成している。また、農業出荷額の約半分は酪農・畜産によって占められ、冷涼な気候に恵まれて飼料生産にも適した管内は、道内でも有数の酪農・畜産地帯となっている。したがって十勝管内における農業・畜産業の本流は、生産主義を代表するような専門的で大規模化された経営に特徴づけられてきたといえ、ルーラル・ツーリズムに関する先行研究で見られるような、観光農園や直売所といったツーリズムの一形態との親和性は決して高くない。各種直売施設は現在では管内各地に立地しているが、冬季の制約もあり、近年になるまでほとんど存在しなかったという。<br><br>■農村志向の移住起業家が生んだルーラル・ツーリズム <br><br>起業家A氏(札幌出身)の場合、農場ツアー等を企画する会社を開業し、自ら農場ガイドとして圃場を案内する一方、農場経営者と都市住民とを結ぶコーディネータとしての活動も積極的におこなっている。ツアーは作物自体の収穫・消費を必ずしも主眼とはせず、また農場における観光用に準備された栽培もみられない。あくまで農家が提供する生産空間を活用していることが特徴で、ツアー参加者は広大な大地に野菜の花や実、葉が生育した様子を五感で体験することができる。農家がツアー会場に登場することは稀で、通常は農業に専念し、広大な農場というルーラリティの一部の空間を提供しているにすぎない。つまりここではルーラリティの価値が農場ガイドによって新たに引き出されながら、消費者に提供されている。現在の協力農家も消費者との交流活動には興味がありつつも、高度に専門化した農業の片手間での実施が難しかった状況で、A氏が取り持つ形で農場ツアーの実現を見たことが、この起業のきっかけにあったという。同様に、現在管内ではさまざまな動機から農村を志向し、移住してきた起業家が活動している。家庭の事情で東京からUターンし有機志向の活動に取り組む飲食店主、アメリカからCSAを逆輸入した夫婦等、彼らの経営規模はまだ小さいながら起業という形で地域に根ざした活動と協働を実践しているという点等の共通点が見出せた。<br><br>■農村を志向する起業家と地域との協働 <br><br>管外から移住し農村志向の諸活動に関わる起業家たちは、地域の農業やさまざまなコミュニティと複合的に結びつき、自身の事業の安定等を模索しながら、互いの結束を強めたり、新たな絆を生んだりしている。十勝管内のルーラル・ツーリズムの構築を支え、さらに展開させる地域要因としては、各移住者のライフステージの変遷とキャリアの蓄積にみる内容の豊富さ、フードシステムにおける地産地消への動き、有機農業者等のネットワークなどが関わっていた。管内の農業はグローバル化の影響を強く受ける品目も多いが、現在彼らとその仲間によって取り組まれつつあるルーラル・ツーリズムの多様化の諸相が、持続可能な農村空間やネットワークの重層化に寄与しうる等、今後の動向が注目される。<br><br>■謝辞: 本研究を進めるにあたり,JSPS科研費 26580144の一部を使用した。<br>
著者
鷹取 泰子 佐々木 リディア
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

本報告では、ルーマニア・南トランシルバニア地方で活躍する「ADEPT Transylvania Foundation (アデプト・トランシルバニア財団)」というNGOの活動に注目した。ルーマニアでは1989年の革命以降、NGOの数が増えており、6万2千団体以上が登録されているが(2010年時点)、農村地域で活動する団体はその3割にも満たない。<br><br>事例として取り上げる本財団はEUの共通農業政策のもと、地元自治体や他のNGO・財団法人と協力し、農村の持続可能な発展や伝統的な農村景観の保全などを目指した活動を行っている。その活動は主に以下の3つのレベルで行われている。<br><br>まず、地域コミュニティーのレベルでは、具体的に様々な事業(環境調査・保全、持続可能な農業に関するコンサルティング、食品加工開発・マーケティングなど、農村経済の多様化に関する零細・中小企業・起業家へのサポート、地元学校での環境教育など)を実現させている。<br><br>また、地域レベルでは、共通農業政策の支援金やその他のスポンサー、財団の支援を取り付ける役割を果たしている。<br><br>さらに、国・EUレベルでは、共通農業政策の改善を目指して、地域コミュニティーのニーズに合わせた政策や支援金の実現を求め、ADEPTが実際に提案し、小規模農家を対象とした支援金制度が2014年より実施されるようになっている。<br><br>10年以上にわたって実績を積んだこのようなNGOの活躍と、農​村​の​持​続​可​能​な​発​展への貢献が今後も期待されている。<br>
著者
鷹取 泰子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

■研究の背景・目的 <br>農林水産省の農産物地産地消等実態調査によれば、2010年世界農林業センサスで把握された全国16,816の産地直売所の92.9%が常設施設利用型であり、朝市等の常設施設非利用型は7.1%に過ぎない。後者の場合、初期投資が少ない等の利点があるほか、近年では軽トラックを活用した市場(軽トラ市)などの直売形態が全国各地で認められる。また同調査では地場農産物販売にあたり「高付加価値品(有機・特別栽培品)の販売」への取組状況が相対的に低いと報告されている一方、大西(2012)のような、有機・特別栽培品を中心に取り扱う直売活動の事例は全国各地で観察・注目される。そこで本研究では常設施設非利用型の直売所、および高付加価値品を取り扱う直売所の活動について、その存在意義を明らかにしながら、直売所がローカル・フードシステムに果たす役割や展開について明らかにすることを目的とする。<br><br>■事例地域概観 <br>本研究では北海道十勝(総合振興局)管内の屋外型の有機直売市場を事例として取り上げる。同管内は日本で有数の大規模農業経営が展開され、食料供給の重要な拠点として機能している。北海道の大規模畑作農業地域は、井形ほか(2004)が指摘するように加工原料などを主たる生産物とする産地形成の中で、直売や契約栽培などによる環境保全型農業の推進が難しい地域の一つでもある。<br><br>■帯広市の直売市場(マルシェ)の概要 <br>今回事例としてとりあげる直売市場(マルシェ)は商業施設(パン販売店)の店舗入口付近に設置される屋外型市場である。5月から10月までの約半年間、毎日2時間限定の営業である。創業60年以上のパン販売店は新しく旗艦となる店舗の開店に合わせ、有機農産物等を販売する直売市場の設置を模索し、帯広市内の有機農家Y氏に相談を持ちかける形で始まった。2013年に4シーズン目を迎えた市場は、有機農業や自然農法で生産された農産物やその加工品を販売する14軒の農家・農場からなる産直会によって運営され、シーズン中毎日2-4軒の農家が当番制で生産物の販売をおこなっている。<br><br>■常設施設非利用型の有機直売市場の存在意義 <br>十勝管内の直売所は2012年時点で45個所が確認されている中にあって、分散する有機農家が本市場に参集し、有機や特別栽培品を志向する消費者の来店を促し、両者の出会いや交流の場としての役割を果たしている。またとくに本事例の場合、パン販売店の強力なバックアップと協力体制が直売市場を支える大きな基盤である。限られた季節・短時間の営業、当番制の販売形態では各農家の販売金額に占める割合はさほど大きいものではない。しかし既存の商業施設との協力しながら常設施設を利用しないことによる経済的負担の軽減等の効果は大きく、農産物の量り売り販売等とあわせコスト削減が実現できている。結果として慣行品よりは割高な値段設定をした場合でも、他所で販売される高付加価値品(有機・特別栽培品)に比較した場合の低価格を実現できている。これらが一部の購買層に評価され、少量多品目で珍しい品目の販売も生かしつつ直売市場の魅力や強みを生んでいた。<br><br>■今後のローカル・フードシステムの展開の可能性 <br>地産地消をめざし地元農家と協力しながら地場産農産物の積極的な活用を実現してきたパン販売店と有機農家のネットワークにより支えられる直売市場の存在は、国の農業政策の中に位置づけられる十勝管内にあって、経済的な意義は大きいものではない。しかしながら近年、直売所の競合や需要の飽和状態という課題が諸分野から指摘されている状況で、例えば直売所の差別化を探る方策の一つとして、あるいは2011年の東日本大震災の発生に際し、直売所によって支えられるローカル・フードシステムが非常時の食料供給に重要な役割を果たしてきたという報告(大浦ほか(2012))なども踏まえながら、ローカル・フードシステムの中に積極的に位置づけること等でさらなる展開の可能性が見込まれるだろう。<br><br>■文献<br>井形雅代・新沼勝利 2004. 北海道大規模畑作地帯における環境保全型農業の展開--津別町の有機,減農薬・減化学肥料タマネギ生産を事例として.農村研究 99: 82-90.大浦裕二・中嶋晋作・佐藤和憲・唐崎卓也・山本淳子 2012. 災害時における農産物直売所の機能―東日本大震災被災地のH市直売所を事例として―. 農業経営研究 50(2): 72-77.大西暢夫 2012. この地で生きる(6)にぎわいを創り出す支え合いの朝市: オアシス21オーガニックファーマーズ朝市村(名古屋市・栄).ガバナンス 137: 1-4.<br>
著者
三石 誠司 吉田 俊幸 佐藤 奨平 鷹取 泰子 市村 雅俊
出版者
宮城大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の目的は、大災害に耐えうるローカル・フードシステムの成立条件を明らかにすることである。そのため、1)米を中心とする基礎的な食料の流通・供給システムの解明、2)東日本大震災の被災地である福島県・宮城県を中心とした被災地における関係者の連携の在り方、さらに、3)諸外国におけるローカル・フードシステムの特徴などを個別事例をもとに調査した。その上で、最終的には、米国農務省が公表したローカル・フードシステムの理論的背景・実践事例の報告書を翻訳し、国際的な視点で知見を共有可能としたものである。